残り香と折れない羽 10

〜はじめのお詫び〜
でっち上げアゲイン!作り話ですから〜(く、苦しい。。。)

BGM:藤井フミヤ AnotherOrion
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「これは、まだお前さん、一人の腹に納めておいてもらえるか?」
「なんでしょう?」

一度、松本は立ち上がって部屋の周りを確かめた。隣室にはセイが休んでいるが壁を隔てて聞こえることはないだろう。
土方の前に座った松本が苦渋を滲ませた顔を上げた。

「確かなことはわかるもんじゃねえ。それだけは頭に入れてくれ。いいか?あれは刀の柄か鞘で思いきり腹を突かれたらしい」
「ええ」
「そこそこの腕を持ってるやつが狙ってやったんだろうが……、腹の中が傷ついている。それもひどくな。とにかく今は傷ついた内臓から出てくる血が止まるのを待つしかねぇんだが……」

土方は黙って松本の言葉を待った。ひどく歯切れが悪いのは、松本がどうしても義父として娘を思う気持ちからだろう。

「確かなものはどうしたってわかるものじゃねぇが……、本人も自覚がまだ出る前だったろうよ」
「どういう……まさか……」

土方の脳裏に、ある一つの答えが浮かび上がった。土方の膝の上に置かれていた右手がぐっと握りしめられた。

「おそらくとしかいえねぇが間違いはないだろう。その上、その腹の半分がおそらく殴られたせいで駄目になった可能性が高い。そうなるともう子供は望めねぇかもしれん」
「……本人は、それを分かっていますか」
「いや、一切今の状態は言ってない。それに痛み止めと眠り薬を飲ませたからしばらくはあのままだろう」

下腹部の片側をひどく突き上げられたセイは、卵巣と子宮の片側を痛めていた。それによって、腹の中に出血し腫れて激痛を伴っていたのだ。流れ出た血 液の中に、どろりと初期の状態を思わせる塊が流れ出てきたのだ。ほんの初期であれば、確かめることさえこの時代では難しい。松本が断定しきれないことも当 然だった。

もしそうなら、初子で、順調に育てばさぞや周囲をふくめて賑やかになったことだろう。周りでも、新婚と言ってもそろそろ赤子はまだかと、総司あたりはあちこちで言われていたはずだ。男子を望めば沖田家の跡取りになる。

セイがその事実を知れば、どれだけ打ちのめされていくか想像さえしたくなかった。

とにかく、今は回復を祈るしかない。松本や土方の苦しみよりは事実を知った後の総司やセイの苦しみの方が遥かに大きいはずなのだから。

「容体が変わればすぐに知らせる。大阪なら急げばすぐに呼び戻せるだろう?沖田が戻ったら俺から話す」
「分かりました。こちらも犯人を調べたいところですが、仔細がわからないだけにどうにも難しいところです」
「いや、こっちに置いておく限りは大丈夫だろう。色々とすまねぇがよろしく頼む」

再び頭を下げた松本に、土方も深く頭を下げた。

 

 

屯所に戻る前に土方は山崎と会っていた。
床伝ではなく、茶屋の一間で二人は向かい合っていた。

「状況はわかりましたが、何がそないに、神谷はんを危険に追い込んではりますのやろか」
「あるとすれば、だが、神谷の書いた最後の一冊が問題なんだろう」
「最後の一冊とは?」

最後の一冊については、土方も総司も同意見だった。その中に書かれていたのは伊東一派の動向はもちろんのこと、それ以外には、不審な行動をとる隊士達の名前と動きが事細かに書かれていた。

伊東派は常に流動的で、もともと伊東が伴ってきた者たち以外は動きがある。

常に、諸士監察という部門を設けてまで隊内にも目を光らせているのは、好むと好まざると、どうしても不審な動きをする者が出てくることは止めることができないからだ。

しかも、セイの書き綴ったものには外部での接触なども含まれている。たとえば、どうしても脱藩した者たちは本人や親兄弟はよくても親類縁者も旧藩に所属している者たちがいる。その者たちからすれば親類縁者からの頼み事を断れない場合などがある。

そんなことまでかなり詳細に書かれているというのは間違いなくセイの身を危険にさらす。しかもそれを知られてしまっている場合、よからぬことを考えている者にとって覚書に書かれているかもしれない、という事実だけでも焦りを誘う。

「そら、神谷はん、目端がききすぎですなぁ。いっそうちに勧誘したいくらいですわ」
「あんなに目立つ監察がいるか。どこに行っても知られ過ぎてる」
「はは、確かにそうですなぁ。にしてもそんなに範囲が広ければ、誰にいう絞り込みがしずらいですわ」

確かに山崎が言うことはもっともだ。セイの見聞きする範囲がよくも悪くも広すぎる。
腕を組んだ土方はため息をついた。とにかく、セイの回復を待たなければ詳しい状況さえ分からない。その上、鍵がないためにもう一度あの中身を改めようにもあの覚書を取り出すこともできないでいる。

「とにかく、噂を流した出所だけでもあたってみてくれ」
「承知」

頭を下げた山崎を残して、土方は茶屋を後にする。

心の中で土方はどちらに向けるともなく、早く戻ってこい、と思い、戻ってくるな、とも思っていた。
総司が戻れば、少なくともセイを預けることはできるだろう。同時に、辛い事実も知ることになる。
セイの意識が戻って、回復すればこの状況をどうとでもいい方へ変えられるだろう。それには、事実を伏せておくしかないと思っていた。些細な隊内の戯言にも心を痛めていたセイが、受け止められはしないだろう。

土方という男が、皆が知る以上に心優しく、熱い男ということはあまり知られていない。
こうして心を痛めていることを知る者が少なかったとしても、新撰組という隊を支えるには近藤の大きさと懐の広さ、そして土方のこうした気性なのだった。

 

 

原田と永倉は膝を突き合わせていた。

「どうなんだ?何もなかったんだろ?」
「斎藤が神谷を連れて出ていったらしいな」
「てことは何かあったのか?」

ひそひそと小声で語り合う。屯所内だというのに誰が聞いているのか分からなければそれも仕方がない。

「組長、聞きました?」
「おう、なんだよ?」
「なんか、神谷が隊内を調べてるって話っすよ」

原田の隊の者が二人を見かけて寄ってきた。

「そんな出まかせ、まだ言ってんのか?」
「出まかせじゃないっすよ。どうやらそれで神谷は鬼副長に怒鳴られていじけちまったらしいっすよ?」
「いじけるってなんだよそりゃ」
「いや、なんか斎藤先生が飲みに連れ出したっきりらしいっすけどね」

斎藤が飲みに連れ出すなど、今の状況ではないだろう。さりげなく原田は話を探り始める。

「飲みつってもあいつ今日非番か?てか、お前どこからそんな話聞いたんだよ?」
「門脇の奴にですよ。監察方の浅野としゃべってるのを聞いたんですよ」
「ほぉぅ。監察方のやつが門脇あたりでうろちょろしてるなんて珍しいな」

永倉の目が微かに細められた。素知らぬふりで原田は続ける。

「そういや、あいつよく見かけるかも。加納と最近仲良いみたいっすね」

そういうと、隊士は離れていった。

「加納って伊東さんの一派だったよな」
「そうだな。でも監察の奴があの一派に近付くか?」

なんであれ、糸口は見つけた。原田も永倉もそれ以上追求するなら土方の帰りを待つしかない。そのまま、二人は何事もなかったように、隊士達の間を歩いて、さらに彼らの話に耳を傾け続けた。
 

– 続く –