残り香と折れない羽 15

〜はじめのお詫び〜
とにかく終わりまで行かないと。

BGM:ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA 楽しみを希う心

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しばらくして、近藤は屯所に戻った。副長室に集まっていた土方達に、松本の言葉を伝えてセイの様子を話した。

「そ、本当なんすか?」
「ああ、本当だ。松本法眼と南部先生がそう言われたんだ」

誰より一番、原田がほっとしたようだった。

「よかったなぁ……。近藤さん、神谷は元気になるのにどのくらいかかりそうなんだよ?」
「そうだな、少なくとも半月は動けんだろうな」
「じゃあ、それまでにあたりだけつけようぜ」

原田はそういいながら、胡坐をかいていた姿勢からきちんと座りなおした。

「近藤さん。俺からの頼みだ。やった奴がわかったら、その始末は神谷と総司につけさせてやってくれ。この通り頼む!」

頭を畳に擦りつけるようにして頭を下げた原田の肩を永倉が思いきり強くたたいて、すぐにそれに倣った。

「俺からも頼むぜ。近藤さん、土方さん。この話は大げさにしたところで誰の得にもなりゃしねぇ。なら、あの二人の好きなように始末をつけさせてやろうぜ」
「しかし、それ以上に問題が起きたらどうする」

腕を組んだ土方が頭を下げた二人を見て言った。知られてはならないことをしているからこそ、セイを襲い、奪おうとしたのだ。覚書の冊子がなくても、それを知っているセイがいればまた襲われるかもしれないし、知られてはならないことが隊によからぬことだった場合のこともある。

「その時は俺達で始末をつければいい。違うか?トシ」
「……近藤さん。アンタって人は……」

近藤は手をついた原田と永倉の肩を押して、顔を上げさせた。

「い、いいのか。近藤さん」
「もちろんだ。でなければ俺が始末をつけたいくらいだよ」
「あ、あんたは駄目だろう!」
「お前だって駄目だぞ!トシ!」

近藤の言葉に慌てて割って入った土方に近藤が言い返した。

「お前だって今すぐにでも全員を責めてでも襲ったものを見つけたいくらいだろう!そのくらい俺にもわかる。だが、それは総司と神谷君の仕事だ」

ぐっと黙り込んだ土方はしばらくして、ようやく頷いた。それだけ土方の中でも隊内を乱すもの、そしてセイを害した者への怒りが譲れないほどにはある。

「……話の腰を折るようですが、どうも噂を流したものと神谷を襲ったものは別なようです」

淡々と斎藤が口を開いた。斎藤にとってはいずれにしても捨ててはおけない状況であり、始末をつけるところまで黒谷への報告の必要もあった。

山崎と協力しての調べは思ったよりは捗々しくない。肝心のセイの覚書を読んでいないせいもあるが、疑わしいといえば伊東一派が最もそうであるし、それ以外でも大なり小なりの悪さはそこら中に潜んでいる。
諸士監察から土方のところまであがっていないのは、確証が得られていないだけで、不義密通、金策、他藩への働きかけなど、数え上げたらきりがない。

とにかく、動きがあるものを当たったところ、伊東一派では新井が妙に積極的に動いている。基本的には、山崎以外にはセイのことも含めて話はしていないにもかかわらず、セイの不在まで掴んでいたために、別の隊内の仕事を割り当てた。ところが、その最中にあちこちに顔をだしている節がある。

「そんなに奴は顔が広かったか?」

土方がそんな疑問を持つのも当然のことだ。もともと監察方の人間は諸士監察ということで国事探偵方と異なり、市井に潜む不逞浪士達の探索の他、隊内の探索も行うため、同士であっても顔を知られないようにしている者が多いのだ。
幹部でさえほとんど顔を合わせない者が多い中、いくら隊内の仕事を割り当てられているとはいえ、あちこちに顔を出して顔を覚えられるような真似をわざとするとは思いにくい。

「彼は広島随行の際同行したが、よく働いてくれたんだが……」
「伊東派で動きがいつもと違うのは他にはおりません。まあ、しいて言えば常におかしいのが伊東一派ともいえますが。その他に問題といえば、この二人でしょう」

懐の書付を取り出した斎藤は、それを土方に渡した。その名前を見た土方の顔には驚きより納得が浮かんだ。そのまま近藤に書付をまわしながら、続きを促した。

「伊東参謀の参加で軍事方としての役割が薄れていたのは確かですが、洋式調練のお達し以来、あの方が表に出ることは少なくなっています。その代り、どうやら伊東一派の三木先生と昵懇になっていたり、薩摩との接触を図っている節があるようです。浅野はどうもその接触に一役買っているのではないかと」
「ふん。よし、原田と永倉、斎藤で総司がいない間の一番隊の面倒を見てやれ。それから、斎藤は引き続き山崎と協力して、もう少し詳しいところを掴んでくれ」

その上で、セイはひどい風邪をひきこんで、南部の元へ預けたということで口裏を合わせることにした。総司は、大阪出張の後の休暇と付き添いのために不在にしているということで皆が頷いた。

「ぬかるなよ」
「「「承知」」」

勢いを取り戻した土方の言葉に男達は頷きを返して、それぞれの仕事のために動き出した。

副長室へ自身も戻ろうとして立ちあがったその肩に、近藤の手がかかった。

「トシ、あまり気に病むな。俺達が気に病んでいたらあの二人がもっと苦しい」
「……そんなんじゃねぇよ」

顔をそむけた土方の顔に隠しきれない苦渋が浮かんだ。長い付き合いである。近藤にはこんな時の土方がどう思っているのかなど、手に取るようにわかる。
例えば、狙われるのが近藤や土方自身であったなら、それが伊東一派であったにせよ、やられる前に証拠を掴んで打って出るなりするだろうし、その盾になるために自分自身や総司が怪我を負うことがあってもそれが志の元のことであればこれほどまでに苦々しくはないだろう。

どうみても今回のことは、論を違えたためのことなどではなく、己の保身のためにのみ行われたことのようにしか思えないだけに、許せないのだ。
そして、その相手がセイであることも。

それなりの覚悟をもって隊に残したとはいえ、女子の身にかわりはない。それが近藤の為や隊務の為であれば容赦なく土方もどれほど危険でも任につかせただろう。だが、こんな身勝手な一部の者のためにこんな目にあっていい道理がない。

その顔に滲んだ苦渋はそのまま土方の優しさでもあった。どれほど鬼といわれても、この男は優しいのだ。まして、総司以上に可愛がっていたセイをこんな形で傷つけられて憤らないはずがない。

「俺達が総司の親代わりなら神谷君は娘同然だ。俺がいない間にお前ひとりに辛い思いをさせたな」
「違う。……俺はただ……」
「いいんだ、トシ。俺にはわかる。あとでゆっくり飲ろう」

ぽんと、肩から離れた大きな手の感触が土方の心に余計に響いた。

 

―― すまん。神谷

決して、土方がどうこうではないことも充分に分かっていて、それでもこの機会に隊内の不穏分子の洗い出しと殲滅ができると思ってしまう自分がいる。
土方が心の中で詫びるのはその事だ。買いかぶらないでくれ、と近藤には言いたかった。俺はそんなに優しい男ではないのだと。

そんな嘘が通じる相手でもないことは、誰よりも自分がよく分かっていたのに、そう言いたくて仕方がなかった。

 

 

– 続く –