残り香と折れない羽 20

〜はじめのお詫び〜
ついに20かい!

BGM:氷室京介 SLEEPLESS NIGHT 〜眠れない夜のために〜

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時間は戻る。

 

覚書を持って戻った総司は、セイにそれを渡した。横になっていたセイは、総司を見上げた。

「総司様、持ってきてくださったんですか」
「ええ。とにかく話を進めるにはこれがないとどうにもなりませんからね」

セイの目が重なった冊子に目をやった。覚書が十一冊あることに気づいたセイは、驚いた。

「どうしてわかったんですか?!総司様私が隠していた……」
「それは秘密です」

そういって、総司はセイの髪をいつものようにさらりと撫でた。セイの顔をみて、安心した笑顔を見せる総司にセイがおかしそうに笑った。

「総司様、たった半日じゃないですか。心配しすぎです」
「心配しすぎてなんかいませんよ。貴女のことですから至極当然のことです」
「いくら私だって、無茶なんかしませんよ」

駄目押しのように言われたセイが少しだけむっとして反論した。その後ろから声がかかった。

「ほぉ。じゃあ、沖田のいない間に起きだそうとしてごそごそやってたのは無茶っていわねぇんだよな?セイ」

その声にセイが、げっ、と小さくつぶやいた。背後から現れた松本がじろりとセイを睨んだ。余計なことを、とセイが恨めしそうな顔で松本を見上げる。

「セ〜イ〜!」
「違いますってば!着替えをしたいなと思って、ちょっと……その……動けるかなって……」

「「セイ!!」」

二重音声で怒鳴られたセイは、布団の中にもぐりこんだ。布団の中から小さく、ごめんなさい〜、と声がする。松本と総司は顔を見合せてため息をついた。だから誰かが見張っていないとだめだというのだ。誰もいないとすぐ、無理をしようとする。

総司は、覚書のほかに家に寄った際に、セイの着替えをとってきていた。その包みをぽんと、手で示して総司はセイに見せた。

「着替えなら持ってきましたよ。あとで手伝いますから」
「や、そんな、とんでもないですっ!一人で着替えられますから」
「うるせえんだよ、お前は。どれだけ血が足りてないと思ってやがんだ。起き上がっても、さっきみたいにすぐ倒れっちまうぞ。……で、あっちはどうだった?」

屯所の様子を聞かれて、総司は軽く頷いた。

「何か分かったみたいです。おそらく後で土方さん達が顔を出すと思います」
「そうか。ここでよければいくらでも使ってくれ。つっても俺の家じゃねぇけどな」

豪快に笑い飛ばしながら松本は、セイが薬を飲んだのか、確かめに来たらしい。枕もとの薬包が開いているのをみて、頷くと部屋を出て行った。
すぐに後をついて部屋を出て行った総司は、桶に手拭を浸して戻ってきた。

「セイ、さ、着替えたいのでしょう?」

慌てたセイが総司の手を止めた。

「総司様、本当に自分でしますから!」
「何言ってるんです。一人で起き上がっていることも難しいのに。それにもう少ししたら土方さんたちがくるでしょうから早く着替えた方がいいでしょう」
「あの……いえ、本当に一人でさせてください」

しばらくの間、傷ごと抱え込むつもりの総司と、傷を見せたくないセイとの言い合いになったが、結局、総司が退いた。
新しい着替えをセイの肩から掛けて、セイの枕元に桶を置くと、総司は部屋を出た。

障子を閉めた後、総司はしばらくそこから離れる気になれなかった。

まだ、痛む傷も心も痛いだろうに、それを受け止めるつもりで言い出したことを、セイはきっぱりと断った。傷を見せたくないという気持ちには、女心もあるだろうが、それよりもセイにとっては傷を見ることで総司が気にすることが分かっていた。
誰が悪いわけでもなく起こってしまったことは、取り戻しようがない。どうしようもないこととわかっていても、総司は苦しむだろう。それがセイは嫌だった。

―― 貴女が苦しむこと以上に私が苦しいことなんてないんですよ。

分かり合っていることが、時としてもどかしいくらいお互いの心を縛ることもある。

 

閉められた障子の向こうに、消えない気配を感じてセイはそちらには背を向けた。肩から掛けた新しい着物の下で、着ていた着物から腕を抜くと、濡れた手拭で体を拭き清めた。
体が軽くなるような気がして、セイは思わずため息をついてしまった。

自分の状態と処置を告げた時、松本と総司がひどく緊張していた。それを感じた時、セイには心に思うことがあった。
仮にも自分も医師のはしくれでもあり、当然あり得ることだけに、その事実にはそれほど驚きはしなかった。
ただ、二人を前にして、何一つ表に出すことはやめようとすぐに決めた。

肩から掛けていた着物に袖を通すと、今まで着ていた着物を取り去って、きちんと身仕舞を整えた。
替えた着物をきちんと畳み、汚れた手拭を桶に戻すと、ゆっくりと立ち上がった。

立ち上がると、一瞬ふらりと目の前が歪む。
セイは眼を閉じてその瞬間をやり過ごすと、再び目をあけて部屋の入口へ足を向けた。障子を背にして、動くことができないでいる人がいるところへ向かっていくと、すいっと障子を開けた。

「……!」

はっと顔だけを後ろに向けた総司の背中に、そっと寄り添ったセイは、総司の広い背に腕を回した。

「……お待たせしてすみません」

 

―― 私は大丈夫です。

回された腕から、セイの声が聞こえた気がした。総司は少しの間、そのまま動かずにいた。

 

「ごめん!」

玄関口から土方の声がして、土方達の来訪を知らせた。二人はその声を聞いて、総司は顔を上げるとくるっと振り返ってセイを抱き上げた。

「総司様っ」
「ほら、暴れないでください。無理すると長引きますよ!」

総司は、セイを抱きあげて布団に戻した。それからセイが畳んだ着物を片づけると、土方達を迎えられるように部屋を整えた。
土方を案内してきた南部が、総司から桶を受取って、土方を中に招き入れた。

「邪魔するぞ。どうだ?神谷」
「すみません。こんな姿で失礼します」
「いや、こっちこそすまん」

総司は土方の座をつくって、セイの枕元に移動した。

「土方さん一人ですか?」
「後から斎藤達も来る。例のやつはこっちに持ってきたのか?」
「ええ。セイ?」

横になったままセイは小さく頷いた。

 

– 続く –