残り香と折れない羽 21

〜はじめのお詫び〜
この全体の美味しい思いランキング一位は土方さんらしいですよ

BGM:FUNKY MONKEY BABYS 夢

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土方が覚書の一冊に手を伸ばしてぱらりとめくる。
前はぱらぱらと目につく名前を読み流していた程度だったが、今は違う。

「お前、よくここまで調べたな」

改めて土方が感嘆の声を上げた。伊東一派の流動的な動き、それ以外の者たちの不穏な動き。

「調べたわけじゃないんです、本当に。これまでと同じように隊内の細々とした雑用をお手伝いすることは、存外、皆さんの体調を知ることに役に立つんです。そうしているうちに、私が細々としたことをうまく使って、体調管理や、食事の管理をしていることを理解してくださった皆さんが、少しずつ色んなことを教えてくださるようになって……」
「だからって、茶屋の利用具合なんかわからんだろう」
「ああ……」

簡単ですよ、とくすくすセイが笑った。セイは、時々隊士達のツケの交渉を代わってやっていたのだ。そうこうしている間に店の女将や番頭達と親しくなっていったのだ。それだけにセイが間に入るなら待ってくれることもあるし、その場合は必ず支払いに行くように仕向けていただけに余計に信用を得ていた。

それは遊里でも同じだった。

土方と総司が思いきり呆れて顔を見合わせた。

「貴女、そんなこともやってたんですか?」
「そんなことっておっしゃいますけど……、たとえば花柳病の方とかはどの店に行っているのか、馴染みの娼妓が誰なのか知らないと治しようがないんです。相方の方ともども治していかないとこればかりは……。それに、遊里で病にかかった者がその……遊里以外で相手の方がいるとそれこそ困るじゃないですか。皆さん、そんなことちっとも気にしてないでしょうけど、相手の女子の立場も考えてあげないと」

確かに、セイが言うことももっともである。ほとんどの男達は、独り身で島原も祇園もお得意様である。これほどまでに新撰組が大きくなってしまえば、市中に与える影響も今まで以上に大きい。何一つ疎かにできるわけではないのだ。
いくら俸禄が出るようになったといっても、潤沢なわけではないだけに、勘定方やこうしたセイの配慮がなければもっと不届きなことをする輩がでてきていてもおかしくはない。

「まあ、その、お前、よくやってくれているな。すまない。そこまで配慮しているとは知らなかった」
「いえ、言ってしまえばそんなこと、でもあるんです。私が勝手に必要だと思ってしていたことですから」
「いや、そうだとしても、必要なことに変わりはない。すまん。助かる」

土方は隊を預かる身として頭を下げた。セイがここまでしていたとは確かに目が行き届いていなかった。
そこに、障子が開いて南部が顔を覗かせた。

「皆さん、いらっしゃいましたよ」

そこに顔を出したのは、斎藤と山崎、原田の三人だった。永倉は隊内の様子を見張るために残ったらしい。

「神谷〜!!」

横になったままのセイをみて、原田が一番に声を上げた。他の者以上に原田には余計に思うところがあるのだろう。
セイは、そんな原田に、笑って見せた。

「原田先生、心配掛けてすみません。斎藤先生も」

原田の後ろにいた斎藤にもセイは目礼を送った。斎藤は、セイの顔をみて思うよりずっと自分が心配で囚われていたことを、そして、この笑顔をみてどれほど自分が安堵しているか、後になってからしみじみと思い返すことになった。

山崎は、その二人を見ながらいつもの悪戯っぽい笑顔でセイに向かって軽く手をあげた。

「えらいご活躍だそうで」
「お恥ずかしい限りです」

それぞれ皆が座ると、土方は斎藤と山崎から話を聞く前にセイに向かって問いかけた。

「で、どう思う?神谷」
「私を襲った者が誰か、ということですか?」
「そうだが?」

セイは一瞬、総司に眼を向けてから、土方へ視線を戻した。

「私がこの覚書を書いたことを知ったのは伊東先生の一派だと思います」

セイはあえて、違う答えを口にした。ずっと横になっている間に考えいていたのだ。まず初めに、セイが覚書を書いていることを聞きつけたのは誰か。そしてそれを噂として流したのはなぜか。

「何故だ?」

土方が聞き返した。セイはまっすぐに淀みなく考えを口にした。

「おそらく、診療所に副長が沖田先生と一緒に来られたところを見て、何かの用談かと思われたのでしょう。そこで小部屋の様子を探られたのだと思います。覚書があって困るのではなく、これ以上知られては困る、けれど覚書や私を始末するまでではない。動きを封じるためだけだから噂を流したのだと考えました」

セイの話を聞いて、土方はため息をついた。山崎がくっくっ、と堪え切れずに笑い声をあげた。

「沖田先生、ほんにえらい育て方されましたなぁ」

ずっと、年若く、未熟でそれゆえに、子供じみた間違いや過ちを仕出かしたこともある。そのセイが、今誰よりも冷静に誤りなく、その場にいる者たちと同じくらいの視野をもって判断を下している。決して、経験が追い付くことはないのに、セイはどこまででも彼らと共に闘うために追い縋ってくる。

総司は、ふっとセイを見て微笑んだ。総司より先に、セイが口を開いた。

「沖田先生だけじゃないですよ。今の私を育ててくださっているのは先生方もです」
「そうですね。私だけじゃなく、皆さんがこの人をここまで育てているんだと思いますよ」

後を追って総司もセイの言葉を肯定する。
隊士にも様々な者がいて、それぞれが己を鍛えているが、セイほど皆から愛されて、様々ななものを受けついで行く者は他にいないだろう。

「副長、私の考えは間違っているでしょうか」

セイがそう言うと、土方は手にしていた覚書を山崎に渡した。

「間違ってはいないと思う。まだ調べの最中だが、噂を流した可能性の高い奴のあたりは付いてる」
「監察の方ですか?」

さすがにそこまで言い当てられると、山崎が苦笑いを浮かべた。

「そこまでは首を突っ込まん方がいいと思いますが」
「いや、神谷は当事者だ。それにその覚書を見てみろ。どうせすぐわかる」

山崎が渡された覚書をめくると、新井の名前もそこにはちゃんと載っていた。

「は……神谷さん、本当に監察に勧誘さしてもらいますわ。今度から調べる前に神谷さんのところに当たった方が話が早そうだ」
「じゃあ、その方の目は今後も向いてくると思いますが、当面手出しをしてくることは少ないと思います」
「それは同意見だ。なら、襲ってきた方はどうだ」

問いかけられてしばらく、セイが黙りこんだ。襲われた瞬間を思い出して、それが誰だったのかを考えると、やはり、その時に感じた恐れを思い出してしまう。
セイの代わりに、総司が問いかけた。

「調べではどうなんです?」

先に、不審者として名前が挙がっている方を訪ねた。

「二人、そうではないかという者が上がっている」

今度は斎藤が答えた。セイは、土方に問いかけた。

「副長。その誰かが私を襲ったことは、処罰の対象になるのですか?」
「どういうことだ」
「私に対しての襲撃だけをいうならば、私が不遜な行動をとったために諌めた、ということにはなりませんか」

確かに、今は他に何をしたかが分かっているわけでもない。セイの問いかけは的を射ていた。

– 続く –