残り香と折れない羽 34

〜はじめのお詫び〜
ごめんなさい。やっぱり切り良くあと一本。

BGM:

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診療所に戻ったセイは、稽古着から着物に着替えた。その間に、総司は、一日ひどい二日酔いで倒れ込んでいた分、隊士部屋に顔を出しに行った。

部屋を片付けたセイは、屯所に置いていた着替えを持ち帰るべく、総司の分も整理して帰り支度をした。

戻ってきた総司がと小部屋をでると、そこには伊東が立っていた。

「やあ、清三郎」

伊東だけは神谷と呼ばずに今でも清三郎と呼んでいる。にっこりと愛用の白扇を片手にセイが下りてくるのを待っている。
総司はセイを庇うように先に降りた。

「伊東参謀、何か」
「いやいや。なにもないよ、沖田君。久しぶりに戻った美しい花を愛でようと思っただけだよ」

総司の眉間に土方譲りの皺が寄った。伊東は総司には目もくれず、セイの方へ近づいてにこにことセイの顔を眺めた。セイは、舐めまわすような伊東の視線にひきつった笑いを浮かべた。

「今回は本当に可哀そうなことをしたね。だが、清三郎?心しておいた方がいいと僕は思うんだよ」
「な……何をでしょう」

かろうじて答えたセイに、伊東の表情が変わった。

「手の届きそうにない高嶺の花に棘があっても皆、当然だと思うだろうね。でも、手が届くところにある花に棘があると、踏みにじりたい者も出てくるものだよ?もちろん僕は、踏みにじるなんて無粋な真似ではなく、人が育てた花がどんなに素敵な蜜を零すのか味わってみたいと思う方だけどね?」

流し目と表情がまったくそぐわないままで伊東がセイから総司へ視線を移した。総司がふわっと殺気を漂わせた。

「伊東参謀。あまり良い例えではないようですが、心して承りますよ」
「ふふ、沖田君は、近藤さんと土方君に清三郎まで守るのかい?忙しいねぇ。せいぜい頑張ってくれたまえ」

そういうと、伊東は幹部棟の方へ歩いて行った。
セイは総司の袖をぎゅっと掴んだ。総司が纏っていた殺気を緩めて、セイの肩を抱いた。

「大丈夫ですよ。貴女は私が守りますから」
「はい……」
「さあ、その荷物を持ちましょう。着替え溜めちゃいましたね」

セイの持っていた荷物を受け取ると、総司はセイの手を引いて歩きだした。

 

 

家につくと、セイは一月近く開けていた家に入った。空気を入れ替えて、あれこれしなければ、と思っていたのに、思ったよりも家の中はいつも通りで、甕に張った水も新しいもののようだった。

「あれ……どうして?」

部屋の中を見て歩いて驚いた声を上げたセイに、総司が事もなげに言った。

「貴女の代わりに、ちゃんと寄れる日は寄って、空気を入れ替えたり、お水を替えたりしてたんですよ」
「あ……、ありがとうございます」

とりあえず持って帰った着替えと、夕餉の支度をしなければならなかった。
晩に洗濯ものを干すものではないとは分かっていても、仕方がないので、急いで最小限だけ洗うと、洗濯物を庭先に干した。

いつの間に頼んだのか、セイが支度をしようとすると、屯所から夕餉が届いた。

「だって、貴女がいなかったから何もありませんし、あれこれと動いていたら疲れちゃうでしょう?さあ、一緒にご飯食べましょうよ」

いそいそと夕餉の膳を整える総司に、セイは頷いて膳の支度を手伝った。

「総司様、ご飯を前にするとほんとに嬉しそうですね」
「違いますよう。ご飯も嬉しいですけどね、貴女と一緒に食べるのか嬉しいんです」

そういうと、本当に嬉しそうに総司はセイと膳に向かった。

膳の上には、蛸のごまあえと冷奴、にしんと茄子をたいたものに蜆汁が乗っている。
江戸であれば黒胡麻だろうが、こちらでは白胡麻であえてある。

「江戸で食べるならこれも烏賊なんでしょうね」
「そうですね。身欠きニシンとお茄子を炊いたりもこちららしいですよね」
「でも、どれも私、大好物ですよ」

嬉しそうに箸を動かしながら総司が言った。セイがおかしそうに笑った。

「総司様、何を召し上がっても大好物っておっしゃるじゃないですか」
「だって、大好物なんですもん。いいじゃないですか」
「お好きなものを作りたい私には困りますよ」

確かに武士たるもの、食べるものにあれこれと言わないものなのかもしれないが、総司の場合はなんでも喜んで美味しそうに食べる。作る側のセイにすれば、それも嬉しくてありがたいがいつも困るのだった。

夕餉を食べ終えて、セイがお茶を入れてくると総司がセイの手を掴んだ。

「セイ。少しお話しませんか?」
「……はい」

総司の隣にセイは座った。

「なぜ、立ち会ったんですか?」
「え?ああ。武田先生ですね。五番隊が稽古に向かうのが見えたんです。それで思いついちゃって」
「思いついちゃった……って仮にも軍事方を務めた組長によく向かっていきましたね」

本当は、総司も道場に駆け付けるまでは死ぬ気かと慌てたのだ。敵うはずもないと。
しかし、向い会ったセイと武田を見て、セイの方に分があるように見えた。

「あの構え、何か考えがあったんですか?今まであのような構えはしたことがないですよね」

自分の構えを思い出して、少しだけ考えたセイは、何ででしょうね、と言った。

「なんとなく、武田先生は、当然お強いでしょうから私を見下していらっしゃると思ったんですね。だからきっと、上段に構えられると思ったんです。だったら下段に構えたら、間合いを外せるんじゃないかなと思っただけなんですけど」
「……本当に、度胸だけはいいですよね」
「あの……、呆れてます?」

ため息をついた総司に、セイが上目遣いに聞くと総司は首を振った。

「いいえ。貴女に剣術を教えたのは私ですよ?よくそこまでと思っただけですよ」
「それは教えてくださった方がいいからですよ」

どこか自慢げにいうセイに、総司が吹きだした。

「だって、貴女最近、稽古してないじゃないですか」
「してますよ?」

そういうとセイは恥ずかしそうに話し始めた。一番隊の稽古の時、時間があればセイは時々道場を覗いていた。時には総司が一人で稽古をしている姿を見るときもある。それを見ながら、自分が向かい合って、稽古をつけてもらっているつもりで、頭の中で立ち合っていたのだ。

「実際に動いていないので、脾力は落ちてきてますけどこれならいつでも稽古できるので都合がいいんですよ」

確かにそういう鍛錬の方法もある。それを教えたわけでもないのに、いつの間に身につけて行く。

「本当に、貴女には敵いませんよ」

そう言うと、総司はくすっと笑った。

– 続く –