残り香と折れない羽 5

〜はじめのお詫び〜

BGM:May’n ライオン
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「沖田先生、こちらですか?」

総司と共に昼をとっていた一番隊の半数が診療所の予備の病間と小部屋を占めていた。隊部屋に残っていた隊士が幹部棟を通って診療所にやってきた。病 人や怪我人がいないにしても、さすがに病間を占めるのはいただけないということで、隊の半数が予備の部屋で昼をとっていた。その部屋を抜けて、小部屋に現 れた隊士が、総司を呼んだ。

「沖田先生、副長がお呼びですよ」
「私ですか?やだなぁ。ご飯の最中なのに」

そう言いながらも、実際にはすでにほとんど食べ終えていた総司は、膳を抱え上げた。目の前に座っていたセイは、共に立ち上がって、その手を止めた。

「沖田先生、膳は私が下げますから置いてらして下さい。副長が呼んでいるなら早くいかないと」
「大丈夫ですよ。自分のことは自分でできますから。さあ、皆さんもご飯が終わったら戻ってくださいね」

総司は、部屋にいる隊士達に声を掛けてから、小部屋をでて行った。

 

 

「副長、総司です」
「おう、入れ」

副長室に向かうと、そこには近藤と土方がいた。

「総司、お前近藤さんと一緒に一番隊を引き連れて大阪まで行ってきてくれ」
「大阪、ですか?」

問いかけた総司に、近藤が答えた。
「ああ、会津公の下阪のお供だ。すぐのお戻りらしいので二、三日のことだろう。すまんな、総司」
「わかりました。出発はいつです?」
「公は駕籠で向かわれるが、俺達は伏見から先に船で行くから、夕刻には出発したいな」
「わかりました。隊の皆にも支度をさせますね」

総司はそう答えると、すぐに指示をだそうと立ち上がりかけて、近藤が止めた。

「総司、神谷君の冊子の件はトシから聞いた。俺にも今度見せてくれと伝えておいてくれ」
「承知しました。喜びますよ」

そう答えながら総司自身が嬉しそうに顔を綻ばせて、頭を下げると副長室を出て行った。

 

隊部屋に寄って、隊士達に下阪を伝えて支度をするように言うと、診療所に向かった。

「神谷さん、すみません」
「はい、なんでしょう?」

小部屋に入ると、にこっと笑って総司は近藤が言っていたことをセイに伝えた。

「局長が楽しみにしてましたよ?」
「ありがとうございます。用事ってそれだったんですか?」
「あ、そうでした。夕刻から二、三日大阪に行ってきます」
「えぇっ、じゃあ、お支度を……」

セイが慌てるのを止めて、総司は落ち着いて答えた。

「大丈夫ですよ。いつものように隊部屋にも支度を置いてありますから。それより、貴女はここに泊まってくださいね」
「え、家に戻っても大丈夫ですってば」
「駄目です。私が心配でしょうがなくなるからここに泊まってください」

総司がセイに過保護なのはもう何を言っても変わらない。そう思うと、反論するだけの理由もないので、セイは仕方なく頷いた。

「もう〜……わかりました。いらっしゃらない間は屯所に泊まります。沖田先生もお気をつけてくださいね」

セイの言葉に安心した総司は支度をするために隊部屋に戻った。セイは、ふと前回の下阪を思い出して診察室で胃の薬を整えると、局長室に向かった。

「局長、神谷です」

障子が開いて、すぐに顔を出したのは近藤の代わりに土方だった。うっ、とセイは身を引きながら、局長は、と尋ねた。

「いるよ、神谷君」

部屋の中から声がしたので、渋々土方が体をよけると、そこには額に冷汗を浮かべて腹を押さえた近藤が座っていた。
急いで部屋に入ると、セイはその額に手をあてた。

「やっぱり!沖田先生から下阪されると伺って、道中のために胃の薬を整えてきたんです」
「はは、神谷君はやはり鋭いな。なに、大したことはないんだよ。ちょっと昼を食べすぎたんだ」

そういう近藤の胃のあたりに手を当てると、痛み故に強張っていて、とてもそんな言い訳を信じられる様子ではない。

「副長、申し訳ありませんが、そちらから白湯をいただけますか?」

セイは、すぐ後ろに立っている土方に火鉢を指して頼むと、旅のために整えた小さな巾着から薬をだした。渋面の土方が湯のみに温くなっている湯を注いでセイに渡すと、近藤に近づいて、薬を手の上に乗せた。

「局長、これをお飲みください。すぐに痛みが和らぎますから」
「あ、ああ。すまん、神谷君」

苦い薬を飲みこんだ近藤は、再び腹を押さえている。

「局長、出発まで少しお休みになってください。体のこちら側を下に向けて休むと胃への負担が和らぎます」

そばにあった肘掛を枕がわりにして、ゆっくりと近藤の体を支えて横にならせた。土方は、こんな状態の近藤が僅かの日数でも旅に出ることをよく思ってないらしく、手を貸そうとはしなかった。
土方については、毎度のことで、セイもあえて手を貸さないことには追及しなかった。

「副長、お時間まで局長をこのまま横にならせて差し上げて下さい。私は薬をもう一度整えてきます」

頷きだけを返した土方に、頭を下げたセイは急いで診療所に戻ると、追加する胃の薬と、眠りに入りやすくなる薬を用意した。少し考えて、中身を別の巾着に分けると、一つを総司に渡して、一つを近藤に渡すことにした。

 

 

出立前にセイは門前で総司を捕まえた。

「沖田先生!あの、これをお預けしておきます。局長の胃のお薬です。先ほどもだいぶ辛そうにしていらしたので」
「ありがとうございます。よくわかりましたね」
「念のためにお薬をお持ちしたら……」

ひそひそとした囁きで先刻の話を説明しておいて、すっとセイは近藤の傍に行った。不機嫌なままの土方とともにいた近藤は先ほどよりはましな顔色になっている。

「局長」
「やあ、神谷君。おかげでだいぶ楽になったよ」
「それはようございました。これはまた具合が悪くなった時のためです。この三角の包みの方は眠くなりますので、夜半に痛む時はこれを一緒にお飲みください」
「分かったよ。ありがとう。まったく、幾日かだけの話なのに、トシが心配症なんだよ」
「それは仕方ないですよ。消化の良いものを召し上がってお大事になさってくださいね」

近藤は、ポンとセイの頭に手を置いてさらっと撫でると、隣にいた土方の肩を軽く叩いて後を頼む、といった。

「よーし、出発しよう」

掛け声とともに、近藤と総司を先頭に一番隊は出発していった。背後からは武運を祈る声が重なった。

 

 

– 続く –