残り香と折れない羽 7

〜はじめのお詫び〜
痛そう……です。

BGM:May’n ライオン
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「私、これを沖田先生に話したのは数日前なんです」
「それは俺もぜひ聞きたいところだな」

隣の部屋から小部屋の障子を開けて斎藤が顔を覗かせた。セイは驚いて顔を上げた。

「俺もその話を耳にしてきたところだ」
「斎藤先生。誰から聞かれましたか?」

耳にした話が事実ならば、隊内を調べるなどという特命をなぜこれだけ知られることになったのだと、叱るつもりで現れた斎藤は、部屋の中で交わされていた話を聞いていたらしい。いつもの仏顔が難しい表情になっている。

「俺も組下の者だが、もはや誰が言っていた、という状況ではないな」
「どうして……。私、沖田先生にお話したのが初めてで、それが数日前なんです。その後、すぐ副長にお話しましたが、それだって黙っていろと言われたんですよ?」

皆が、顔を見合わせた。
これは明らかに、誰かがその様子を見聞きしていて、計画的に幹部より先に平隊士から広めていったとしか思えない。しかも、近藤と一番隊の不在と、土方の不在だ。

「俺は、今夜は巡察だが、それまではここにいよう」
「左之、お前はこの後非番だろ?俺は斎藤がいない間、様子をみるか」

斎藤と永倉がセイを守るための話を始めたことにセイは慌てた。

「待ってください。先生方、駄目ですよ。私は大丈夫です」
「何が大丈夫だと言うんだ?」
「隊士棟の方へ行っていれば誰かがいますし……」

セイがそう言いかけると、斎藤がそれを止めた。

「いや、それは止めておけ。一番隊がいれば話は別だが、すでにこの噂が広まっている以上、隊士棟にいたからといって安全とは言えないぞ」

斎藤の言葉に原田と永倉もあっさりと同意した。確かに、この二人、いや三人でさえ疑ってここに現れたくらいだ。
原田が、ぽりぽりと鼻の頭を掻きながら、俺も残ろうかなぁと言いだした。

「そんな!だっておまささんが待ってるじゃないですか。せっかくの非番なのに」
「でもよ。なにがあるか分かんないぜ?この状況じゃ」
「いくらなんでも……大丈夫ですってば!」

さすがに迷惑はかけられないと強く言うセイに斎藤が妥協案をだした。

「原田さんはそのまま帰った方がいいな。残れば、こちらの警戒を悟られてしまいかねない。夜の巡察が終わったら、俺がこの隣の部屋に来て朝まで様子を見よう」

仕方なく、セイはその提案に頷いた。また彼らに迷惑をかけてしまう、という思いと、彼らに守られることで平隊士の間からはまたどう思われるかと考えただけで表情が曇ってしまう。
その表情をみた斎藤は、セイの肩に手を置いた。

「今は仕方がないと思って我慢しろ。堪え所だぞ、神谷」

こくり、とセイが頷くとすぐ、三人は部屋を出て行った。まだ夕餉の前だ。できることを今のうちにするのだろう。
セイも、立ち上がると診療所の中と周りを見て歩くことにした。この部屋の様子を伺うことができる場所を少しでもなくすかを確認しておきたかった。

 

 

巡察前に斎藤が立ち寄って、セイの様子を見にきた。
大丈夫だから、斎藤こそ気をつけて巡察に行ってきてくださいと言うと、斉藤はセイの頭を撫でた。

「お前に何かあったら、沖田さんに恨まれそうだからな」
「大丈夫です。兄上、心配のしすぎですよ」
「警戒してしすぎるということはない。用心しろ」
「分かりました」

 

しかし、セイも斎藤も誰もがそこが屯所であるということに油断していた。

 

セイは、斎藤が行った後、棚の鍵を開けた。そして、害のないと思われた覚書を別の鍵の棚に、そして総司にも危ないと言われた一冊だけは別の場所に隠した。
そこまでを行ってから、セイは斎藤が戻った時のために隣室に床を用意して、小部屋に戻り、自分の床をひいた。

誰が何のために、という疑問はずっとあった。セイを狙うだけならいくらでも機会はあるはずだが、この覚書がきっかけであれば、それほどまずいことがかかれているだろうか。

 

答えの出ない思考からか、緊張しながら斎藤の帰りを待っているうちに、セイは火鉢の脇に体を丸めて眠ってしまった。
薄らと部屋の明かりを意識しながらだったので、完全には寝入ってはいなかったが、うとうとと意識は彷徨っていた。

 

ふっ……

 

不意に部屋の明かりが消えた。
明るいと思いながら目を閉じていただけに、急に暗くなったことで目が覚めた。
芯が倒れたかして、灯りが消えたのだろうか。

外から入る明りでかろうじて部屋の中の輪郭だけを捉えることができる。
セイは体を起して、灯りをつけようと立ち上がった。

その瞬間、激痛がセイを襲った。

 

おそらく刀の柄か、鞘だろう。帯の辺りを掴みあげられたと思ったら、力いっぱい突き上げるように下腹部を殴りつけられる。

「ぐえぇっ」

思いきり腹を突かれて、その勢いにセイの体は壁際まで吹っ飛んだ。あまりの激痛に息ができない。

肺にも入らない位、浅く必死で息を吐くと胸元からこみあげてくる不快感が襲う。夕餉に食べたものだろう。こみあげるままに、セイは吐き出した。起き上がることもできない位の痛みに体が強張って、吐き気と満足に呼吸ができない苦しさに涙が出てくる。

苦しむセイに誰かの手が掛かった。

痛む腹を抱えるように転がったセイの胸元をぐいっと引っ張られる。懐を探るように手が動いて、帯の間にさしこんであった鍵を探りだした。

「はっ……だ……れっ……」

かろうじて、苦しい息のなかセイは相手を誰何した。しかし、暗闇の中でセイに伸ばされた手はそのまま離れて行き、鍵と棚を漁る気配だけで、それが誰 なのかまではわからなかった。なんとか、片腕を突っ張って、体を起こそうとするが、その体の中心にあたる腹を殴打されているために、痛みで力が入らない。

室内にいた気配が障子を開けた音がして去っていくのを知ると、セイはそのまま意識を手放した。

– 続く –