残り香と折れない羽 8

〜はじめのお詫び〜
総ちゃんがいない間に何かが起こるのはお約束すぎでしょうか。すみません〜

BGM:May’n ライオン
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「う……ごほっごほっ…」

幸運といえるのか、斎藤が戻る前にセイは意識を取り戻した。
まだひどく痛むものの、なんとか息を吸うことはできる。ゆっくりと目をあけて部屋の中を確認する。
口元を手の甲で拭うと、手をついてゆっくり体を起こした。

「うっ……つぅ……」

体の奥に針を突き刺すような痛みが走る。息が一瞬止まって、痛みが去るのを待って、少しずつ体を起こした。
這うように進んで灯りをつける。

ようやく室内が明るくなって、その眩しさに目を細めた。ぺたりと灯りを前に座り込んだセイは、目が慣れてくると部屋の中を見渡した。そう物が多いわけでもない部屋だが、布団がぐしゃぐしゃになり文机のあたりは乱雑に散らばっている。

とにかく、斎藤が戻る前になんとかしなければ心配をかけてしまう。痛みをこらえて、部屋の外にでると、井戸に向い、戻した口の周りや顔を洗う。手桶に手拭をひたしたまま、部屋に戻ると、戻した吐瀉物を拭き清めた。

あの時、セイを襲った誰かはセイの懐を探ったが、セイ自身に触れるようなことはなかった。
急いで着物を着替えて整えると、いくらか気持も持ち直したセイは、部屋の中を整え始めた。床を整え、文机の周りを片づけ始めると、棚の前には引っ張り出された冊子が散らばっていた。数えるとすべて揃っている。

他に移しておいたあの一冊は見つけられずに済んだようだ。開けられた形跡がないことから、今開けて中を確認するのはやめて、セイは自分の殴られた場 所に手をあてた。ひどく突かれたのは分かっているが、殴られた場所が下腹なので、痛みの具合がどの程度なのか自分でも上手く図れない。

ざわめいた声が聞こえて三番隊が帰ってきたらしい。しばらくすると、障子の前から斎藤の声がした。

「神谷、障りないか」

一瞬、セイは戸惑った。

襲撃されたというべきか、だとしたら隊内で襲われたなどとどういえば……。

「神谷?どうかしたか?」
「あっ、はいっ。大丈夫です」

はぁ、と息を吐いて障子をあけると斎藤が心配そうな顔を覗かせた。

「どうした、大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません、斎藤先生」

決して斎藤を信用していないわけではなかったが、セイは襲われたことを言えなかった。
斎藤は隣の予備の部屋に入ると、床の支度がされているのを見て、床を二つ折りに畳んだ。そのまま座りこんで壁に背中を預けた。

どうもよくわからない。
神谷が隊士達の特徴をまとめたからといって何が問題というのだろう。神谷が話した相手が総司と土方の二人であれば、漏れるということも考えにくい。ならば話していたところを聞かれたということになる。
たまたまその会話を聞くために診療所の様子を伺っていたのか、常に診療所は監視されているのか。

なんにせよ、この小部屋も安全ではないということだけは、明らかになった。総司が自分の不在時には屯所に置きたがっているが、これでは下手をすると不在時は家に戻した方が安全なのかもしれない。

斎藤はそんなことさえ考え始めていた。屯所内でこういう探りがあるのは自分と監察くらいのはずが、他にも耳目が光っているということになるなら、安全を考えるならば家に戻した方が確実ではあるのだ。

 

 

隣の部屋でセイは、灯りを消すことができずにいた。寝る際に灯りを落とすのが当たり前だが、それさえも怖い。先ほどの襲撃で、はなから隠してある1 冊が元々ないものだと確信してくれればいい。だが、あることだけは確かに知っていて先ほどの襲撃で発見できなかったのであれば、次が必ずある。
さすがにそれが同じ夜に行われる可能性は少ないと思ったが、この夜の機会を逃すことを考えれば、いつ来るかわからないといえる。

何が目的なのかがわからないだけに余計に恐ろしいと思った。

床に横になる気にもなれずにいたセイは、腹部の痛みのために、床には入らず掛布団の上に体を横にした。

 

早く夜が明ければいい。
そんな風に思ったのは初めてだった。そのうち、痛みのせいなのか、セイは浅い眠りに落ちた。

 

 

翌日、ろくに眠れなかったセイは、ぼんやりしながら土方の帰りを待った。斎藤は巡察がないために稽古は他の幹部に任せて診療所の小部屋に籠っている。

黒谷から土方が戻った知らせを聞いて、セイと斎藤はすぐに副長室に向かった。
簡単に経緯を説明すると、土方の顔も思案顔になった。

「お前は誰にも言ってないんだろう?神谷」
「もちろんです。それにあれからたった数日ですよ?こんなに広がるなんておかしいです」

言い募るセイを手で制すると、そっと障子をあけて部屋の周りを確かめる。局長室や副長室には普段でも目が向いているために、用談の際は気を遣っているが、セイの個室扱いの小部屋でさえ耳目が光っているというのは驚きの事実である。

しばらく黙っていた土方が突然大きな声をだした。

「ああ?!お前、俺はそんなこと言ってねぇ!馬鹿じゃねぇのか!」

あまりの声にびくっとしながら、セイは呆気にとられて呆然と土方を見た。そのセイに対して土方は小声で話を合わせろ、といった。

―― どうしたらいいのか、と問え

セイはわからないながらも声を張り上げた。

「そんな!副長がおっしゃるからどうしたらいいのか、斎藤先生にご相談に乗っていただいていたのに!」
「ばぁか!俺はな、病を調べてまとめてくれ、って言ったんだよ!」
「今更それですか!わかりましたよ!!じゃあ、やりませんからね!」

わざと、怒鳴り合うような言い合いを作り出すと、土方は声を落とした。

「とにかく、神谷は家に戻れ。どうせ、明日か明後日には総司も戻ってくる。それまで昼間はまだしも日が暮れてから屯所にいるのは避けた方がいい」

セイと、斎藤が頷くと土方はわざと話は終わりだと大声で叫んだ。

「とっとと、仕事に戻れ!」

部屋を出ようと立ち上がった斎藤の横で、同じく立ち上がったセイの体がぐらりと倒れた。

「神谷?!」

斎藤が手を出して支えようとするが、そのまま腹部を押えてセイが崩れ落ちる。

「お、おい。なんだ、血の道か?」
「いえ、副長。様子が変です!おい、神谷?」

斎藤が傍によって、顔を覗き込むと、顔面が白くなって冷たい汗が額に滲んでいる。セイが必死で違う、と首を振っていると、斎藤がセイを抱き上げた。

「南部医師のところへ運びます!」
「分かった。あとで報告しろ」

斎藤はセイを抱えて、南部の元へ走った。

 

– 続く –