爪跡と痛みの棘 3

〜はじめのお詫び〜
土方さんが女修行をつんでるのは伊達じゃないのね、みたいなー。実は新撰組ってタラシがおおいのでは!!BGM:Erik Satie Je te veux
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「どうだった?近藤さん」
「やはり、だいぶ気にしているみたいだよ」

土方の部屋にやってきた近藤が、困った顔をしている。
先ほど、散々泣いた後、にこっと笑ってセイが頭を下げた。

「すみません!局長」
「いいんだよ。どうしても男所帯で気が回らないものが多いからね。気にしちゃいけないよ」
「いえ、私が未熟なので仕方ないんです。局長にご心配かけるなんて、申し訳ありません」

無理して笑うセイは近藤にとっても養子にしようとしたくらい大事な息子、いや娘同然なのだ。たまにはこうして心配をかけるくらいの方が、いっそ可愛気があるのかもしれない。

「心配をさせてもらうのも嬉しいものだよ。何かあったら遠慮しないで話においで。総司には言いたくないだろうから」

セイの心中を見透かして近藤がそう言うと、恥ずかしそうにセイは頷いた。

 

土方はその話を聞いて、う〜、と唸り声をあげた。

「ったく、総司の野郎、てめぇが気にしないからって女の立場くらい考えてやれっての」
「仕方ないなぁ。総司はもともと奥手だったからまだまだ神谷君を嫁にしてそれしか見えないんだろう」
「甘い!甘すぎるだろ、近藤さん」
「そんなことはないよ。トシこそ神谷君に甘いだろう?」
「そりゃ……あれは女じゃねぇかよ……」

珍しく薄く赤くなった土方をみて、もともとセイを天邪鬼に可愛がっていたのだと思いだした。初めに今回のことに気がついたのも土方だった。

 

書類の推敲を頼もうと、いくつかためておいたものを持って診療所の小部屋に向かった土方は、外から障子を開けようとして、その部屋の中から微かな泣き声を聞きとって、手を止めた。

「……っ、……ひっく……・」

セイが泣き虫なのは、清三郎時代から変わらない。また夫婦喧嘩でもしたのかとため息をついて時間をおくために引き返した土方は、外で槍や刺又などの手入れをしながら片付けをしている小荷駄方の者たちの話声が耳に入った。

 

「そりゃあ、剣術も一番なら閨事も一番ってか?」
「そりゃ、お前、水浴びてる先生の姿見てみろって。色っぺぇ爪の跡がくっきりだぜ?」
「可愛がってる女がまた始終一緒っていいよなぁ」

そこまで聞いて、誰のことを話しているのかわかった。建物の影を歩く土方には気づかず話は進む。

「神谷も昔は一番隊で腕もたったけど、今じゃ医者つっても怪我人や病人がいなきゃ暇なもんだしよぅ。いいよなぁ」
「一応幹部だぜ?そのくらいありなんじゃねぇのか?」
「つっても他に何やってるのかわかんねぇだろ?暇なんだろうなぁ。あ!診療所の部屋で沖田先生と……」
「さすがにそりゃねぇだろ、いくらなんでも」
「なんにせよ、いいよなぁ……」

立ち止まって話を聞いていた土方は、眉をひそめながらセイの泣いている理由を理解した。
男同志のことだ。セイがいて、二人の中を想像するくらいは笑いながら話す程度のことだし、全体に聞いていても二人を悪く思っているような口ぶりではない。 だが、平隊士の多くは、ずっと幹部に近しく隊の中枢に近い仕事をしてきたセイの細々とした仕事や、苦労などはわからない。
そこに、総司と夫婦になって、幹部扱いで務めることになったとくれば、軽いやっかみくらいはあるだろう。

診療所は、幹部棟からも近いが、こうして隊士達の出入りにも近い場所に立っている。もちろん、怪我人や病人を運び易くするためだが、こうした会話を日々耳にするのであれば、先ほどのように、セイが気にして泣くのもわからないでもなかった。

これが男であれば気にすることもなく、笑って聞き流せるところだが、セイはもともと敏いだけに余計に気にする。

だからといって、すぐ、雑談していた隊士達を締め上げても逆に反感をあおるだけにしかならない。土方は、面倒なことを聞いてしまった、と思った。隊内の人事や規律を見るのが土方の仕事であるから、当然とはいえ、なかなか神経を使いそうな事である。

 

それから気をつけていると、最近特に大きな捕り物もなく、怪我人も少ないため、皆暇を持て余しているのかそんな雑談はそこかしこで行われているのがわかった。

きっかけの一つは先日の中村の一件もあるらしい。総司の悋気をきっかけに、決して悪気があるわけでもなく、総司やセイが悪く思われているというわけではないにしても、艶話から仕事までいい話のネタになっていることだけはよく分かった。

そこまで確かめてから、土方は近藤にそれを話した。セイを可愛がっている他の者たちに言っても、笑い話か、逆効果に動くことしか想像できない事は十分に分かっている。
話を聞いた近藤は、思いのほか穏やかに話を聞いていた。

「驚かねえのか?近藤さん」
「ああ。早かれ遅かれこういうことになるとは思っていたよ」
「勝っちゃん?」

土方が先を促すと近藤は予想していたと言った。

「これは神谷君も総司も越えるべき一つだと思う。俺が神谷君を幹部待遇にしたことがその一つなんだよ」

これまでセイが務めてきた仕事は、通常の隊務のほかに、密偵や幹部の小姓など幅広い。その上、勘定方の手伝いや賄いの手伝いなども含めれば新撰組という隊全体の仕事に万遍なく関わっているのはセイくらいなものだろう。

しかし、それはあくまで平隊士として指示された手伝いだから快く、微笑ましく受け取られていた。今は医者であり、幹部待遇ということは自由度が上がる分、平隊士たちからもやっかみが増える。

「神谷君が他の者たちと同様に一度でも幹部として認めさせるような何かがあれば、すぐにそんな話は収まるよ」
「なるほどな。確かにヤツはまだ、どっかで自分自身幹部待遇の意味を分かってないだろうからな」

土方は納得して頷いた。そして今度は近藤が苦笑いを浮かべる。

「総司についてはなぁ……」

さすがに情事を思わせるような跡を残すのはやめろ、というのはあまりに無粋すぎる。そのあたりも考えてやるのは男の方だろうと、二人は思うが、これまでも女性関係に乏しい総司にそれがわかるかといえば難しいだろう。
まして、大事な大事な嫁の話を正面からしても、頑なに聞き入れないか、逆に過剰に反応するのは目に見えている。

「俺達の育て方がまずかったよな。これに関しては」

女扱いにかけては近藤の上をいく土方が情けなさそうに言う。しかし、こればかりは教えられるわけでもないし、今更遊里に足を運ぶかというと、それもあり得ないだろう。

「まあ、当面はしばらく様子を見よう。あまりに続いてひどくなるようなら何か考えればいいさ」

朗らかにいう近藤に対して、土方は内心、複雑な心境のまま頷いた。

 

 

その日の昼過ぎ、セイがいつもの様の報告に現れた。

「副長、神谷です。よろしいでしょうか?」
「おう」、

セイが障子をあけると、そのまま開け放ったままで淡々と報告をする。特に重い患者もいない今、すぐにそんなものは終わってしまう。

「他に、何か書類を整えるなどありましたら申し付けてください。今は手が空いていますので」
「ああ、わかった」

生返事を返した後、土方はセイの顔をまじまじと眺めた。

前髪だった頃より後ろ髪は結いあげていても肩にかかるくらいまで伸びて、結おうとすれば女髪も結えるくらいの長さになっている。月代の名残りなのか、前髪から横にかけて輪郭をなぞるように伸びた髪が女らしい顔立ちを引きたてている。

そして、何より以前と違うのはその身を包む柔らかい雰囲気だろう。女になったものだけが纏う、花開いたものの漂わせる匂いにさすがの土方でさえ、目を奪われる。

「副長?どうかされましたか?」
「あっ、いや、すまん。何でもない。下がっていいぞ」
「わかりました」

土方の小姓を務めていただけに、セイもさすがに土方の扱いには慣れている。何かを問取り立てて問いかけることはせずにセイはそのまま診療所に戻って行った。
セイが去った後、文机に頭を抱えて土方は呻いた。

「なんだよ、俺でさえこうかよ……」

 

一瞬とはいえ、自分が動揺してしまったくらいだ。他の者たちのやっかみは近藤が言うように、簡単に収まるとはなかなか思えなかった。相手が沖田総司という男だからというのもこの場合、大きい気がする。

「だからって、女の扱いを教えろってかぁ……?」

それもまた頭の痛い話なのだった。

 

 

– 続く –