縁の下の隠し事 21

〜はじめのつぶやき〜
そろそろおわりですよー

BGM:
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「……どい」

ぼそりとセイが呟くと、一瞬、総司も菊池も何かを言ったことだけはわかったが、何と言ったかまでは聞き取れなかった。どちらも、互いから気を逸らさないまでも、セイの登場は互いの立ち会いに大きく影響している。

ずるっと大刀がひどく重いかのように手に提げていたが、右手が自然に柄に手がかかると手貫緒をくぐらせていた。ひどく投げやりに刀を抜いたセイが菊池に向かって袈裟懸けに斬りつけた。

「っ!!神谷さん!」

いくらセイを侮っていようが、菊池の腕が並み以上ということは変わりない。まして、セイがいくら鍛えて上達していようとも以前の隊士として、毎日稽古をしていた時とはやはり違う。動きの速さと鋭さ、その腕は上がっていても絶対的に筋力は落ちている。

セイが斬りつけた瞬間、菊池がくるっと振り返って軽々とその一刀を弾いて、身を屈めたセイに向かって振りかぶった。駆け寄った総司が、背後から肩甲 骨の内側の肉を思い切りよく切り裂いた。利き腕側の肉を斬りつけたために、セイに振り下ろされるはずだった一刀が途中で崩れ落ちた。

前のめりに体勢を崩した菊池の喉元めがけてセイが刀を向けた。得意ではない峰打ちではあったが、喉元であれば多少力が弱くなっていようが、構うものではない。

「ごふっ!!」

喉を潰された菊池が刀を取り落して叩き潰された喉元に両手を当てながら地面に転がった。足元に転がった菊池めがけて思い切りセイが足蹴にする。

「神谷さん!」

咎めるような総司の声を無視して、セイは放り出した鞘を拾い上げると刀を振って鞘に納めた。だるそうに顔をあげると、土方に向かって怒鳴った。

「副長!」
「なんだ」

今の振る舞いだけでもさらに総司との間で火種になりそうな気がする。どうやってその場の収拾をつけようかと内心では冷や汗をかきながら土方は、隊士達に向かって顎をしゃくった。捕まえた者達と、さらに菊池を連れて行けと言うことだ。

「次に、私を囮にするおつもりでしたら必ず事前におっしゃってください。そうでなければ私にも考えがあります!」
「今回は仕方がなかったんだ。俺も好き好んでやったわけじゃねぇよ」
「そんなの関係ありません。次はありませんから!」

ぎっと土方を睨みつけたセイは、ぼろぼろと泣き出しながら言い切ると総司の顔を見もせずに、くるっと背を向けると足を引きずるように玄関に入って行って、ぴしゃりと戸を閉めた。

セイの剣幕に隊士達はさっさと捕まえた者達を引きずってその場を離れて行く。菊池も縄を打たれて、戸板に載せられると、一応、町医者に連れて行くことにして運ばれていった。

山崎は後始末と周囲の見回りをしてくると言って、そそくさとその場を離れて行った。結局、見張りといってもあまり役には立たなかったこともあって、総司にも顔向けしづらかったのだろう。

「あー……。総司」
「土方さん」
「なんだ。お前まで、神谷に特命はやらせるなとか言うんじゃないだろうな」

俯きがちに、刀を拭って収めた総司が土方の顔を見もせずに声をかける。セイに負けず劣らず不機嫌になっていることだけはわかっていただけに、正直なところ、あまり刺激したくはない。
軽く息を吐いた総司が頭をあげた。

「そんなことはもちろん当たり前のことではありますけど、今はそれを言っても仕方ないですよね。菊池という男の調べは土方さん、お願いしますね」
「……仕方ないな」

確かにほかの者であれば、あることないこと言われても敵わない。もちろん、セイが最後に喉を叩き潰してはいたが、まっとうな声は出なくても、意思を伝えることくらいはいくらでもできるはずだ。
渋々頷いた土方に、総司が振り返った。

「それから……。明日は非番にしてくださいね」
「な、お前はまだしも神谷は……」

―― ついこの前休みをとったばかりだろう

という言葉は総司の一睨みで喉の奥に飲み込まれた。仕方なく、頷くと、様子を窺って離れていた山崎が戻ってくる。屯所に戻る土方の伴として、消していた提灯に明かりを入れていた。

「ああ。総司」
「はい?」
「その、なんだ。すまなかったな。アイツにも言っておいてくれ」

そういうと、土方は山崎とともに、屯所に向かって歩き出した。
屯所からそれほど遠くない場所だけに、土方を見送りもせずに総司は自分の家へと歩き出す。玄関は閉められただけで戸締りされていなかったので、自分が入ったところで心張棒を使う。そして灯りのついた部屋へ入ると、刀を置いて部屋の中を見て歩いた。

いつもの部屋には異常は見られなかったが、寝室の雨戸は戸締りを外して開け放たれていたので、雨戸を閉じて戸締りをすると、障子を閉めた。

ここまで総司が見て歩くということは、セイの姿はそのどの部屋にもないということである。ばさっと着物を着換えた総司は部屋の真ん中に放り出されていた自分の羽織とともに、部屋の隅に着替えを押しやった。

そこまで終えてから、納戸の戸の前に立つ。

「神谷さん」

耳を澄ませると、納戸の中でぐすぐすと泣いているらしい音が聞こえる。戸を開けようとして力を入れると内側から何かをつっかえているらしく開かない。

仕方なく、総司は納戸の戸の前に腰を下ろした。

「神谷さん。大丈夫ですか」
「大丈夫なわけないですっ!!」

打てば響くぐらいの速さでセイの涙声が返ってくる。こればかりは男の総司にはわからないとしか言えない。途中までとはいえ、あんな男に、足を見ら れ、胸を揉まれ、あれこれされたとしても、一線を越えてはいないわけだし、確かに、自分も腸が煮えくり返るほど腹が立ってはいたが、とりあえずは無事でよ かったと、男の総司は思ってしまう。

「すみません……。途中から、土方さんが何を考えているのか薄々気づいてはいたんですが、貴女には黙っていました」

ぐすっと大きく鼻をすする音がして、しばらくしてから、少しだけ声を落としたセイの声が返ってくる。

「……わかってます。隊務だから仕方がないってことも」

どうやら、納戸の中では久しぶりに使ってしまった、大刀に拭いをかけて、きれいに手入れしているらしい。泣きながらも何か違う音がするのはそのせいのようだ。

「でも、ごめんなさい。男の私には貴女の気持ちがわからなくて」

うっ、ひっく、と納戸の中で再び大きく泣き出したセイの声は聞こえるものの、そこからは総司がいくら話しかけてもセイは答えなくなった。そのうち、刀を手入れしていた音も聞こえなくなって、家の中が静かになった気がする。

「……セイ。出てきてください」

辛抱強く、時間を置いた総司が声をかけると、納戸の中で身じろぎした気配はあるものの戸が開くことはない。

「セイ?あけますよ?」

確認した総司は、板戸の隙間に小柄を差し込むとつっかえていた棒のようなものを外して、あっさりと板戸をあけた。

 

 

– 続く –