縁の下の隠し事 20

〜はじめのつぶやき〜
こまったから焦って頑張ってみました。

BGM:
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一番隊を引き連れた総司は、屯所を出ると足早に家に駆け戻った。家の玄関前までたどり着くと、総司は家の周りに隊士達を散らした。

「何かあればお願いします」
「承知!」

玄関の引き戸に手をかけた総司は、戸締りがされていることに気付くと、足元の戸締りの場所を強く蹴った。からん、と乾いた音がして、心張棒が外れた のを確かめて勢いよく引き戸を開ける。いつものセイならば、家に近づいてくるこれだけの足音を聞けば飛び出してくるはずである。それだけでも異常を知らせ るには十分だった。

だだっと、足音も高く部屋に駆け込んだ総司は、セイに覆いかぶさった姿勢のまま顔をあげた菊池を見た。

「おや。残念やなぁ。ご亭主のご帰還や。とんだ邪魔がはいったなぁ」
「貴方がそうですか」
「ほほう。そうや、俺が間男や」

刀を手にした総司はそのまま部屋に上がると、鞘のまま菊池の顔の前に刀を向けた。

「失礼なことは言わないでください。セイには間男なんていません」
「そうかぁ?ご亭主よりも俺の方がいいのかもしれんぞ?」
「それはあり得ません」

にやりと笑った菊池がセイの前身頃の片側をぐいっと引いた。

「答えは女房の体に聞くか」

身動きの取れないセイがぎゅっと目を瞑った。家にいて、晒を身に着けていなかったセイの胸が肌蹴けて見える。刀を差し伸べたまま総司は羽織を脱いで、身動きのできないセイにばさりとかけた。

「ここでは狭いですし、私の家です。表へどうぞ」
「修羅場に踏み込んできた亭主にしてはずいぶん落ち着いてはるなぁ」
「そんなことはありませんけどね」

菊池と総司は互いに視線を外すことなく、菊池がゆっくりと動いてセイの体から離れて立ち上がった。にやにやした顔は崩さずに、菊池は総司の後に続いて玄関から表に出た。玄関前に出たところを見て、隊士達がちらりと様子を見ている。

「さて」
「おおうい。お前ら頼むわ」

菊池を向き合った総司が口を開いたのを遮るように菊池が大声を上げた。その声を聞きつけて家の周りからにじみ出るように二人、三人と暗闇から出てきた男たちが、それを阻むように移動した隊士達と睨み合いになる。

「天下の沖田の女房を寝取ってやる前に亭主のご帰還とはなぁ」

―― 面白くもないやないか?

男達は下司な笑いを浮かべたが、一番隊の隊士たちは一斉に殺気を漂わせた。山口が一歩前に踏み出す。

「くそう。俺達がただで行かせると思うなよ!」

それを掛け声にして、山口は相手に向かって斬りかかった。あちこちで刀を抜いた者達が斬り合いを始める。ただし、今回は相手を殺してしまうわけにはいかない。どれほど腹が立っていても生かしておかねばならないところが苦々しかった。

それでも相手の力量を考えれば、一番隊の隊士にそれができないわけもない。総司と菊池が向き合っている間に、次々と捕縛していく。それを見ながら、菊池はつまらなそうに刀を抜いた。

「おもろないなぁ」
「それは私も同じですよ」
「アンタの鼻を明かせばおもろかったのになぁ」

間の抜けるような口調で話す菊池を見ていると、腕の立つ剣豪と言ってもどこかがずれている。金で雇われて人を斬ることを生業にしているくせに、どこかでまめだったり総司が戻ってきたというのに、のほほんとしている。

「腹が立ちますけど、貴方、変わってますね」

こんなふざけた仕掛けに乗った自分も自分だけに、こんな男が本当にそれだけ厄介で危険なのかと思ってしまう。いつの間にか縁の下を抜け出した山崎が、屯所の方から現れた土方と共に姿を見せた。

「こいつか」
「遅いですよ」
「うるせぇ。お前、あれは大丈夫なのか」

仏頂面の総司にむかって、言い難そうな土方が奥歯に挟まったような言い方をすると、一瞬、総司が土方へ視線を向けた。

「さあ。どうでしょうね。ひどく怒ってるとは思いますけど」

ちっと舌打ちした土方が小さく面倒くせぇな、と呟いた。それはそれでどうかと思うが、とにかく菊池を捉えるほうが先だ。総司も刀を抜いた。

その瞬間、菊池の気が変わった。脇構えの面が変わる。

「やるか」
「おふざけはここまでのようですね」

互いに間合いを取り合いながら、斬り合いというより立ち会いになった二人がじり、と軸足をずらす。ふっと息を吐いた総司が先に動いた。いつもならもっとじっくりと動くだろうが、今日は急いているような太刀筋で猛烈に打ち込んでいく。

「はぁっ!!!」
「はっはっは!なんだ、沖田の剣はこの程度か!」

次々と交わされた総司が大きく横に刀を振るった。ざざっと大きく左足を開いて腰を落とした総司に、菊池は効き足ではないほうの足を軸にしてくるりと身を翻した。

菊池と総司とではどちらの腕が上というより、今は余裕の差に見えた。有利なのは隊士達を控えている総司のはずだが、そこにはやはり餌にされたセイの 事がある。逆に、逃げ場がないように見えて、菊池には捕らえられたとしても、自分を捕らえれば幕閣にも困る輩が大勢いるからだろうか。
捕らえられるのも一興と思っている節がある。

じり、と睨み合ったところで家の玄関が開いた。着物を整えて、袴着なおしたセイが大刀のほうを手にふらりと現れた。一番隊の隊士達が慌ててそちらへ駆け寄った。

「おい、神谷っ」
「大丈夫か?」

心配して声をかけた小川と相田の手を振り払うと、どこか重い足取りで歩いてくる。立ち位置を入れ替えていたために、総司は菊池の姿の向こうに玄関が目に入る。セイの姿をみて、目を見開いた総司に菊池がちらりと視線を向けた。

「ほお……。確かに、あの痺れ薬の部分の効き目は早く効く分、短いがそれにしてもその気の強さ、なかなかだ」

くっと笑った菊池には構わずに、セイは立ち会う二人の向こう側に立っている土方をじろりと見据えた。すっかりその目が座っている。

「副長。これ、このために私を囮になさったんですか」
「……ま、平たく言えばそうだな」

ひぇっと肩をすくめた山崎の横で、腕を組んで袂に手を入れた土方が答えた。ここで嘘をついても今更である。総司からも責任は取ってもらうと言われているので、ここはすべてをかぶるべきかとせいぜい、当たり前のように振る舞った。

じろりとその隣にいる山崎を睨んだセイは、次に総司に向かってその目を向けた。

「沖田先生も、まさかご存じだったんですか」
「それは今論じる場合ではないでしょう」

いくらなんでも菊池と立ち会っている最中にいきなり出てきてそんな質問を投げかけるのは、場をわきまえないことだ。だが、こちらも怒りが突き抜けるほどだったセイも、そんなことはお構いなしだった。

「じゃあ、ご存じだったんですね。ご存じなのに、わかってらっしゃったのに知らないふりをされてたんですね」

それが隊務ということも、特命だということもわかっている。それ故、口にしなかったということも頭では理解できる。それでも今のセイは、襲われかけたこと、それに薬を盛られたせいで、ひどく感情的になっていた。

 

– 続く –