縁の下の隠し事 4

〜はじめのつぶやき〜
まだまだぎこちないところがあるので、夫婦間でも悩みはつきないのです

BGM:
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「う、その、てっきり副長の代わりに屯所に泊られるのかと思っていましたので……」

どこかに行こうとしていたはずのセイが、階段を上って小部屋に戻っていくところを一緒に上がりながら総司は、はてと思った。
確かに、土方は不在だが、だからと言って今は特に何か急ぎがあるわけでもないし、近藤も出かけていることもあるが、遠方に出ているわけではない。
普段なら鬼副長がいないなら、今のうちにさっさと帰りましょう、くらいは言いそうなセイがどうしたのだろうかと思う。

「珍しいですね。神谷さんが土方さんの不在を気に掛けるなんて」
「その、頼まれていた書類の件がありましたから」
「ああ。どうせまた、後はよろしくってたくさん頼まれたんでしょう?」

苦笑いを浮かべて、総司が頷くとセイも曖昧な顔で頷いた。よほどたくさんを頼まれたのか、困った顔のセイについて小部屋に入った総司は、文机の周りを見回した。

「屯所に泊ったほうがいいなら、今日は私もこちらに泊りますがどうします?」

―― お仕事、たくさんなんでしょう?

首を傾けた総司に、セイは片手を頬にあてて、うう、と小さく唸った。仕事がたくさんで屯所に泊ったほうがよかったのかと誤解した総司だったが、本当は違うということを知らない。

セイの様子に、仕事はあるようだが帰りたいことは帰りたいらしいと受け取った。

「じゃあ、私も手伝いましょうか。それなら早く帰れるでしょう?」
「いいいいえ!その、流れがわからないと続きものなので」

慌てたセイはぶんぶんと勢いよく首を振った。ここで総司に手伝ってもらって、あっという間に終わってしまっては、家に帰ることになり、結局のところ、セイが困っている状況は変わらないことになる。

申し訳なさそうにセイは上目づかいに総司を見上げた。

「……申し訳ないんですが、今日は屯所に泊まってもいいでしょうか」

総司と一緒になってから、極力、総司が家に帰れる時はどうしようもなくて仕事を持って帰ることはあっても、できる限り家に帰るようにしていた。そのセイが言うことに、総司は疑うことなくすぐ頷く。

セイが隠し事をするなど少しも思っていない総司は、セイの傍まで頭を下げると自分の額を近づけた。

「当たり前でしょう?私達は互いに働いていますし、互いにやるべきことも違うんですからね。そんなこと、いちいち気にしなくったっていいんですよ」

―― いつも言ってるでしょう?

確かにいつも総司はセイに繰り返しそういっているが、変わらないのはセイも同じだった。
仕事だからどうしても譲れない時はきちんというのだが、それとこれとは別で、申し訳ないことに変わりはないらしい。だから、いつも本当に申し訳なさそうに、詫びてくるセイに、総司はいつも同じように言って聞かせることになる。

屯所の中だというのに、間近で総司の顔を見たセイは薄らと赤くなって、すぐに身を引いた。

「ごめんなさい」
「わかりましたってば。その代り、こちらで一緒に休んでもいいですか?」

小部屋とはいえ、屯所であれば静かに語らいながら隣で休むことになる。一緒にいられることは嬉しいことなので、セイも素直に頷いた。

「どうせなら、夕餉も」

総司から一歩分離れたのに、思わず総司の袖の端をくいっと掴んだセイにふっと総司が笑った。

「ありがとう。じゃあ、後で来ますね」

なかなか離れがたい心境になるのは、こういう時のセイが本当に可愛くて仕方がないからだ。我ながらどうかしていると思いもするのだが、夫婦になって時間がたてばたつほど、一緒にいる時間が長くなればなるほど、こういう想いが深くなっていく気がする。

肩から離した手をもう一度、セイの頬に触れさせてから総司は来た時と同じように、表を回って隊部屋へと戻っていった。家に帰らないことになったことは総司にとって、大きな問題ではなくて、それよりもこういう瞬間のほうが照れくさいほどに幸せを感じる。

「あれ?沖田先生、お帰りじゃないんですか?」
「ええ。神谷さんが仕事があるみたいなので、今日は屯所に。診療所のほうで夕餉をいただきますから」
「承知しました。何かあれば診療所のほうに、ですね」

てっきり帰り支度かと思った総司がゆったりしているのを見て不思議な顔をした山口はすぐに後悔することになる。山口がわけを聞くと、先ほどの気分の名残でひどく幸せそうな顔を見せる総司に見ているほうが恥ずかしくなりそうだ。

その様子をさりげなく見張っていた監察方の隊士の一人が、そっと裏門から表に出て総司達の家を見張っているはずの山崎の元へと駆けつけた。

「ほな、今日は神谷さんも沖田先生も泊まりかいな」
「ええ。何でも神谷さんが仕事がまだ残ってるっていうことで」
「はは。何の仕事だか……。まあ、そのほうが俺も気ぃ遣わんでいいから助かるけどな」

屯所の近くの蕎麦屋で総司たちの帰宅を待っていた山崎は、知らせを聞いて、にやにやと意味ありげな笑みを浮かべると、知らせに来た隊士を帰してしまった。代金を払って、なぜか総司たちの家の方へと向かう。

家の主がいないというのに、わざわざ足を向けた山崎は、さりげない風を装って家の周囲をゆっくりと歩いた。

「……全く、人使いが荒いのはあのお人の事だから今更、驚くことやないけど。こればっかりは大分、タチが悪いんとちゃうかなぁ」

ぶつぶつと独り言を言いながら山崎は二回ほど家の周りを歩くと、何気ない風を装ってその場から離れる。そして、今度は屯所へと向かった。

日が暮れれば裏門は閉めてしまうので、見張りに立つ者もいなくなる。その様子を確かめると、軽々と塀を乗り越えて屯所の中へと入った。

なるべく砂利で足音が響かない場所を選ぶと、縁の下を潜り抜けて慎重に移動していく。廊下を歩く隊士たちに気づかれることなく幹部棟まで辿り着くと、誰もいないはずの副長室へするりと入り込んだ。薄暗い部屋の中からいないはずの土方の声がする。

「早いな。あいつら、今日は家に帰らないのか」
「まったく、正直に話したほうが後々面倒はないと思うんですけどなぁ」
「いいんだよ。今のあいつらにそんなことできるはずもねぇ。それに知らないほうがうまく動いてくれるだろうよ」

不在と偽った土方は、表の門から堂々と外出した後、こっそりと裏門から戻って自室に引きこもっていたのだ。不在と言い置いてあれば、わざわざ土方の部屋まで来る者などいない。
薄暗い部屋の中でぼそぼそと抑えた声が続く。

「だからって……。神谷さんを囮になんて、あとでばれたら沖田先生、えらい怒るんとちゃいます?しかも、あの夫婦の間で喧嘩にでもなったら、大事ですやろ」
「まあ、な」

しぶしぶと顎のあたりを撫でた土方は、そこだけは同意をして見せる。だが、今回は沖田の嫁ではなく、どこぞの武家の妻女風だが、ほかの女とは少し違うという条件だからこそ、囮には最適なのだ。しかも、嫁を溺愛している夫のいる、だ。

「はぁ……。まあ、仕事ですからやりますけど、神谷さんがかわいそうな気がしますわ」
「だから見張りをお前だけに頼んでるだろうが。俺だって一応、あれが女だってことくらいわかってるぞ」
「それにしてはあんまり……」

いつまでもぶつぶつと非難めいたことを口にしていた山崎を土方はじろりと睨みつけた。暗闇で光るその眼光に、ぴたりと口をつぐんだ山崎は、ため息をつくと、懐から何やら文らしきものを取り出した。

「ほんなら、これがやり取りした文ですわ」
「ふむ。首尾はいいようだな」

山崎の仕事には全幅の信頼を寄せている土方は、頷きながらそれを受け取ると、灯りを絞っていた行燈の覆いを外して、部屋の中を明るくした。
もうすぐ夕餉の時間なので、屯所の中もざわついており、主が不在のはずの土方の部屋に明かりが灯ったことなど、誰も気にも留めなかった。

– 続く –