縁の下の隠し事 5

〜はじめのつぶやき〜
さて、いったいどんな企みで囮なんて?!

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それから数日の間、何やかやと小さな仕事が細切れにあって、総司とセイは一日おき、二日置きにしか家に帰れない日が続いた。

「沖田先生、どうかしました?」

隊部屋で、ぼーっと空を眺めていた総司は山口に気味悪そうな顔で声をかけられた。我に返った総司は、曖昧に笑うと再びぼんやりと空を見上げている。

こういう時の総司に話しかけても無駄なことくらい、組下の者としては十分に心得ている。肩をすくめた山口はそっと、総司の茶を取り換えるとその場から離れて行った。

「……はぁ」

ずいぶん深いため息である。
もしや、まさかと思いながらも気になってしまうのは仕方がないことだ。

―― どういうことなんですかねぇ

どのくらい前になるのか数えればもう十日以上になるだろうか。総司達が仕事のせいで家に帰れなくなることはよくあることで、そんな時は屯所に泊まり、状況が許せばセイと一緒に小部屋に寝泊まりする。当然、身を慎んで大人しく休むわけだが、家に帰るならば二人きりである。

愛しい妻との時間を愉しみにするのは至極もっともな話でもあり、二人に取っては大事な時間でもあった。

ところが、もうどのくらい間が空いただろうか。初めの頃は疲れているとかなんとか言われたような気がする。並みの夫婦ならばまだまだ新婚も新婚。蜜月の真っただ中という二人であり、その時間に溺れそうな自分を律することは、幸せをかみしめることと同義でもあった。

セイよりも年も上でまして、男であるなら。
禁欲生活が長かった上に、愛しくて仕方がない恋女房を求めないはずがない。

愛すれば愛するほど花開き、変わっていくセイを知れば知るほど、いくら求めてもたりないくらいだった。ところが、ここしばらく、セイからやんわりと断られ続けている。

本当なら、セイのいうことなど聞きたくなかったが、日々、セイがどれほど大変な思いをしているのかわからない総司ではない。妻の体調を気遣うこともできないような男ではないだけに、内心ではがっかりしていたが穏やかに頷いて、セイを腕に抱えたまま休んだ。

それから屯所に泊まったり、家に帰ったりが斑に繰り返されていくうちに、すっかりご無沙汰になってしまった。

総司の中では悶々とするものがあるのだが、それをセイに無理強いするわけにもいかない。そうこうしている間に、どんどん日が過ぎてしまったのだ。

まさか、共寝することを拒否されているわけではないだろうが、そこに何も理由がないとはとても思えない。明らかにセイの態度がおかしいからだ。

昨夜は家に帰れたのに、なんだかんだと仕事があるといって、総司に先に休むように言ったセイは、時間をずらして寝間にやってきた。床に横になる前 に、待ちきれずに半分眠りかけていた総司の顔を眺めていたセイが、小さくごめんなさいと呟いてから横になったのを聞いた総司は、今宵もかと思いながら仕方 なく、そのまま眠ったのだ。

おかしい、おかしいとは思っていたが、考えてみればセイがおかしくなったのは、土方が日中不在にすることが多くなってからだ。まさか、おかしなこと はないだろうと思いはしても、相手が土方であればとあらぬ想像が頭をよぎったり、はたまた自分の閨事にセイが不満なのかと思ったり、考えれば考えるほどわ からなくなっていく。

「でも、やっぱり原因は土方さんですよねぇ」

あの男がなんの理由もないままセイに何かを仕掛けるわけがない。となれば、自分には告げられない何かがそこにあるに違いなかった。
ただ、セイを問い詰めても、セイの立場からすれば、隊士として上司の言いつけをとるのか、夫をとるのかという二択を迫ることになる。言えるものならとうの昔にセイから何かはなしているはずだろう。

―― とりあえず、様子を見るしかないですかねぇ

切ないため息をついた総司は、空の青さが目に染みて、どうにも情けない気持ちになった。

 

 

「う……」

二、三日前からの下腹の鈍い痛みが本格的になった気がして厠に駆け込んだセイは、案の定の出来事に心底、ほっとした。
月役ということなら家に帰っても堂々と総司の腕を断ることができるし、お馬の間だけは気兼ねしなくてもよくなる。
今だけはこの腹の痛みもありがたいと思えた。

小部屋においてあったもので身支度を整えると、休暇願いを書いて副長室へと向かった。

土方は、いまだに不在がちなのだが、たまに用があって部屋を訪ねると、まるで用があることを見越したように部屋にいたりする。そして、新しい書類をセイに預けたり、用事に答えたりするので、とりあえずは問いかけに来るようになった。
土方が変わっていることに今更、疑問は抱かないセイではあっても、その行動は不気味だと思ってしまう。

「土方副長?いらっしゃいますか?」

副長室の前でセイが声をかけると、しばらくして部屋の中で人が動く気配がする。するりと障子が開いて、土方本人が顔を見せた。

「何か用か?」
「用がなければわざわざ来ません。その……、休暇を三日ほどいただけないでしょうか」

女子だと知れてからはセイの申し出る休暇は、あえて理由を言わなくてもその理由が伝わるようになった。セイが言い難そうに連休を申し出てくれば、土方もすぐに事情は呑み込める。
忙しいときはごくたまに、何とかならないかと言われることもあるのだが、今は比較的落ち着いているし、土方の手伝いもほどほどに落ち着いていた。

開いた障子に手をかけた土方は何か考え込んだ後、休暇を認めるといった。

「このところまた屯所に泊まってばかりだろう。今回は三日と言わず五日ほど休んでいいぞ」
「……どうしたんですか?副長」

連続して屯所に泊まっていたからと珍しくもセイを気遣うそぶりを見せた土方が、セイは急に不気味に思えた。この鬼副長が優しい言葉をかけてくれると きは、何か裏があるか場合がほとんどなのだ。ごくごく稀に、本気でセイを気遣っている場合もあるのだが、それはもっぱら例外のようなものなのだ。

そういう土方の態度に驚くのはもっともなことで、疑いの目を向けたセイに土方がじろりと見返した。

「どうもこうもねぇよ。面倒な隠し事をお前にはやらせているわけだしな」

少しでも褒美なのだといわれれば、セイも悪い気はしない。理由が理由ではあるが、本来なら三日では辛いだけに、ありがたく休ませてもらうことにした。

「その間に少しでも書類を整えてまいりましょうか?」
「そうだな。急がない仕事ならまだあるから頼むとするか」

部屋の中にセイを招き入れた土方は、時間があるときに整えておきたかった書類をいくつかセイに頼むことにして、引き換えにセイから休暇願を受け取った。何冊か書類を預かったセイは、その足で一番隊の隊部屋に足を向けた。

久しぶりに中を覗いた一番隊の隊部屋は、ちょうど巡察の時間だったのか誰もいなかった。

「なんだ……。沖田先生いないんだ」

今なら何の気兼ねもなく顔を合わせられるのにと少しばかりがっかりしたセイは、仕方なく診療所へ戻った。どのみち、もうしばらくすれば総司とともに家に帰ることができる。
慌てることはないと自分に言い聞かせて、セイは小者たちに五日ほど休暇をもらったこと、急ぎがあればいつでも駆けつけてくることを伝えると、いない間の仕事を書き出すことにした。

必要なことは書き残したセイが小部屋に戻ると、腹の痛みを抱えながら手回りの品をまとめた。これでいつでも家に帰れるわけだ。
こんな風に気兼ねなく家に帰るのが嬉しいのは久しぶりだった。

 

 

 

– 続く –