四海波 4

~はじめのお詫び〜

実は!!そんなことがあったんですね。
本人たちが知らないところで。
BGM:Metis  One by One
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話はしばらく前に戻る。

二人がお里の家で過ごした後。

小姓に戻っているセイも、総司自身も気がついていなかった。

初めは、稽古の後に井戸傍で汗を流しているときに、一番隊の隊士達が思わず釘付けになったのは、総司の背中と腕に合った印。

これまで小花の元へ通っていた時には一度たりともなかったのに、腕と背中に艶めかしい爪の跡がついていたのだ。これまで一度たりともそんな様子を見せたことがなかった総司の姿に隊士達が動揺したのは仕方のないことである。

「お、おい。あれっ……なぁ」
「いや、だって、そりゃ沖田先生も男だし、昨日の非番に島原にでも行ったんじゃないか?」
「いや、昨日は原田先生たちが一緒に飲んだ後、上がらずに沖田先生だけ帰ったっていってたじゃないか」
「じゃあ、一体どこで……?」

往々にしてこういう話は本人を避けて広がるもので、その日のうちに総司の艶話は屯所中に広まった。

日頃そういう話がとんと少ない総司だけに、本人の知らぬところで多大な盛り上がりを見せていた。腕についた手の跡が小さいとか、総司が抱えてそのくらいの女子だとどうの、と皆の好奇心はとめどなかった。

その話を聞いた斎藤は、まさかその相手がセイではないだろうと思っていた。ぎくしゃくした二人の様子は相変わらずだったし、まさか、と思った。

そして、同じくまさかと疑った者がいた。土方である。セイのことを女子と疑い始めていた土方は、その噂を聞いて、衆道というより、男女の中を疑った。

そして、松本の元を訪れたのだ。問い詰めた土方に、松本は真実を話した。

「で、ではっ、総司と神谷は互いに想いあっているということですか?!」
「どうみたってそうじゃねぇか。あいつ~!本当にセイに手をだしてやがったらただじゃおかねぇ!」

これまでは、総司にセイを嫁にとれと言っていたにもかかわらず、掌を返したような言い草で松本が唸った。それを聞いていた土方は、別の意味で唸る。

総司に関しては、さすがに近藤に計らずに勝手に進めることはできない。

後日、日を改めた土方は近藤を伴って松本の元を訪れた。

そして、再び同じ話を聞いて、驚きはしたものの、土方よりは穏やかにその事実を受け入れた。

「総司のためにも喜ばしいことじゃないか、トシ。神谷君ならその気性もよく分かっているし、総司とは似合いの夫婦になるんじゃないかな」
「近藤さん、あんたはどれだけ甘いんだ。性別詐称は士道不覚悟、切腹もんだぜ?」
「だが、神谷君は古参の隊士だし、十分な働きをこれまでもしてきたじゃないか」
「他に示しがつかねぇだろうが!」

確かに、土方の言うこともよくわかる。これまでも、隊のために働きをしてきた者たちも、処罰に際しては斟酌せずに行ってきたのだ。

セイだけが特別扱いということも、それを知っていた総司が何の処罰もされないということも許されることではない。

そこに、にこにこと南部が割って入った。

「近藤殿、メースにお話を伺って、会津公に四方山話としてお話してしまいましてね。公がそれでは、その神谷というものを養女にすると申されているのですよ。養女として嫁がせれば問題はあるまいとおっしゃいましてね」
「「よ、養女?!」」

確かにセイがいくら元直参であり、医師の娘であったとしても今は身寄りもない、一人の女子でしかない。
浪人とはいえ、総司の嫁にと言われると些か心もとないのは事実。

「公におかれましては、以前、大樹公の東帰をお引き留めした際のことを覚えていおいでなのですよ」

そういわれてしまうと、そこまで会津公の覚えもめでたいセイを軽々しく処分できるものではない。

もちろん、これは松本と南部が相談した上でのことだった。

近藤ならば、情にもろく義に熱い男である。セイのことを聞いても切腹などは無いだろう。しかし、頑なな土方はそうは行かない。おそらく、セイだけでなく、庇ってきた総司も切腹だと言い出すだろう。それを防ぐには新撰組の雇い主である会津藩の力を借りるのが一番いい。

顔を見合わせた近藤と土方に、松本が切り出した。

「今までもそうだったように、表向きは如心選が進んでの離隊でどうだぃ、近藤さん。その上で、俺の養女にして沖田に嫁がせるってのは」

じっと腕を組んで考えこんでいた近藤が、ぱっと顔を上げた。

「松本法眼。いずれにしてもお手を煩わせるのであれば、いささか私にも腹づもりがありましてな。それを聞いてはいただけないでしょうか?」
「ほう?」

そう言うと、近藤が話し出した。

「確かに、一時の方策としてはそれでいいかもしれない。だが、ずっと先を考えたらそれだけでいいのでしょうか?神谷君は、これまで男の姿で厳しい隊務に耐えてきたのは、総司の傍で戦うことを願ってきた。それが、妻としてただ家を守っていることがあの子にできますかな?また、総司がいくら腕が立つと言ってもいつどうなるかわからない身の上です。もし何かあった時に、あの子が生きていけるようにしなければ」

真剣な眼差しは、近藤が一度は養子にと望んだくらい、セイを気に入って慈しんでいたことを示していた。苦虫を噛み潰したような顔で土方は先を促した。

「それでどうしろってんだ。総司にしたって、アンタにしたって、神谷を隊に置いておきたくはないんだろう?」
「いや、それは少し違うんだ、トシ。俺は、あの子が隊にいてもいいと思ってる。そこで松本法眼のお力が必要なんだ。もちろん南部先生にも」

そういうと、近藤は屯所内の診療所の設置を口にした。もともと、医師の手は必要だったのだ。

刀を持たせる代わりに、セイに医術を持たせて隊の専属医師として迎えたいというのだ。

さすがにとんでもない案に土方があんぐりと口をあけた。

「じゃあ、夫婦そろって隊で働かすってのか?そりゃ、本人達がどう思おうが、よく思わない奴らも出てくるだろうよ」
「そうだな。それがあの二人が今まで隠してきたことへの責めとして背負うべきものだと思うがどうだ?」

当然、二人がこの後、男女として発覚した場合に、さまざまな感情が起こるだろう。非難の声も当然あがるだろう。それを受け止めることが二人が隠してきたことへの償いだというのだ。

「それにな、トシ。新撰組の沖田の妻だって事は、旗印になるだろう。もしかすると、名を上げたいものからすれば、俺よりも狙われる確率は高くなる。そんな神谷君を危険にさらすことができるか?」

近藤の家や伊東参謀のところは、明らかに身請けした妾宅と世間にも知れている。しかし、総司の場合は、元隊士で妻なのである。確かに狙われる可能性は高くなる。

それを聞いていた松本が感嘆の声を上げた。

「近藤さん。アンタは本当に懐が深いなぁ。ありがてぇ。セイのことをそこまで思ってくれて、親代わりとして礼をいわしてくれ」

松本が深く頭を下げると、近藤が慌てた。

「松本法眼、手をあげてください。二人はどちらも、俺達の子供みたいなものなんですよ。礼を言われるに及びません」

南部がその会話を聞きながら、大ぶりの徳利と茶碗を持ってきた。男所帯なので、こんなものですみません、と南部はなみなみと、酒を注いだ。

「トシ、おまえはどう思う?やはり駄目か?」

黙りこくっていた土方に、心配そうな目を近藤が向けると、いつもの皮肉な笑みではなく、心からの笑みが広がった。

「……負けたよ。勝ちゃん。詳しいことを詰めようぜ」

そうして、すぐに話は決まった。

ただ、本人たちがどうなのか。もし、これまでどおりに過ごすつもりだったら。

それは最早許されることではなくなっている。今すぐ決断が出るとも思えなかったので、しばらくは様子を見ながら準備を進めることで話がついた。

それとは別に、隊士達の間でもさざ波のように、相手がセイではないかという話が広がりつつあった。

ある隊士がたまたま、洗濯でもしていたセイの姿を見かけた時に、何気なく動いたその肩口に赤い印を見てしまった。もう日がたっていて、いくらか薄くなっていたとはいえ、男がその後をみて何も想像しないはずはない。

まして、今話題の総司の相手といえば、セイを連想しない者はいないくらいである。お里がいるとはいえ、セイの方が跡をつけられるという場所ではない。

そうして、二人の恋は屯所中の注目を一身に集めることになっていたのである。

何気ない会話や、二人の動向は逐一、誰かの眼が光り、特に近藤と土方に引き込まれた斎藤は、心の中で『いつか、あの男ぶん殴ってやる!!』という野望を胸に、二人を追い続けた。

しばらくして、松本のもとをセイが訪れた時に、松本が思ったよりも驚かなかったのはすでにこんな話が裏で進んでいたからだった。近藤宛に書いた文には、即日離隊と打ち合わせるべく来訪を請うものだった。

松本と打ち合わせた後、屯所に戻った近藤からセイは、呼び出された。

「神谷君。松本法眼から話は聞いたよ。これまでの君の働きには感謝している」

セイは覚悟していたものの、背中を冷たい汗が流れた。しかし、告げられたことは全く予想を裏切るものだった。

「私たちは、君の能力を買っているんだ。無くすには惜しいとね。どうだろうか、女子の身に戻ったうえで、松本法眼の弟子となって、隊の専属医師なる気はないかい?」
「えっ……。私がですか」

あまりのことに驚きを隠せずに、セイはうろたえてしまった。近藤の言葉は柔らかく、セイを包み込むように続いた。

「神谷君。君が総司を想ってくれていることも松本法眼から聞いているよ。兄分として嬉しく思う。ありがとう。しかし、もし君が総司と夫婦になったとして、隊士として過ごしてきた君が、家を守る妻という立場だけで生きていけるのだろうか?私にはそれがどうしても考えられなかったんだ」

「局長……!」

セイの目に涙が浮かんだ。ここまで近藤が自分のことを思ってくれていると知って、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「君ならば、女子の身であっても、新撰組の隊士として勤められると思うんだがどうだろう?もちろん、女子として家に納まることで満足するならばそれでいい。だが、君は剣をもって戦ってきた。その君が女子と知れた後も剣を持ち続けることはさせられない。だが、、ともに戦場で戦うこととは少し違うかもしれないが、医術を収めたものは必要なんだ。これからも一緒に戦ってはくれないだろうか?」

たたみかける近藤の言葉に、セイはもう、すでに顔を覆って泣き出してしまった。嬉しくて、嬉しくて、共に戦場に立てなくても、少しでも関わりの在る場所に身を置いて、その手助けができるということだけでも嬉しい。

「局長……っ!申し訳ありません!ありがとうございます!!」
「よしよし。そう泣くものじゃないよ。これからいくつか条件があるから、よく聞いてくれ」
「はいっ」

– 続く –