四海波 5
~はじめのお詫び〜
セイちゃんは覚悟を問われます。まあ、人選的にあってるよねー
BGM:Metis One by One
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「斎藤先生?!」
その日のうちに、荷物を持って屯所を出るように指示されて急いで行李をまとめていると斎藤が現れた。
局長室に現れた斎藤はセイの行李を黙って持ち上げた。セイの顔を見ようともせず、部屋を出ていこうとする。
慌てたセイは、急いで後を追った。転がるように後を追うと、斎藤は後も見ずに先へ進む。斎藤にまで迷惑をかけたのかと、泣きそうな顔で後をついて行くと、途中で一度斎藤は立ち止まった。
「お前は一度、会津藩の藩邸に預かりになる。これからその支度をする」
「斎藤先生!」
縋りつくように振り返りもしない斎藤の羽織の裾をつかんだ。ぱっと振り払ってしまってから、初めて斎藤は振り返った。
「あ……すまん、神谷!」
慌てて、振り払われてしゃがみこんだセイを抱えあげた。半泣きのセイが斎藤を見上げた。
「兄上……」
涙声で見上げたセイの顔をみて、どさっと行李をその手から離すと、斎藤はセイを抱きしめた。ただ、それだけで今のセイには想いは伝わる。
「……ごめんなさい。兄上、大好きです」
泣きだしたセイの細い腕が斎藤の背中にまわされる。強く閉じた目の奥で、斎藤は想いをその手に抱えた。
与える恋がいいと思ったのは自分だったはずだ。想いを断ち切るのではない。想いはきっと続くだろう。
ぽんぽんと、軽くその背を叩いて、腕を緩める。
「すまないな」
「いえ、兄上にもご迷惑を……」
「迷惑なものか。俺はお前の兄だからな。お前が弟でも妹でも」
ようやく、斎藤とセイは互いに笑顔を浮かべた。斎藤は、取り落としたセイの行李を抱え上げる。
その後を、セイが続く。
「松本法眼のところへ行く。そこで荷物を預けたら、身支度をしてそのまま黒谷へ向かう」
歩みを進めて向かうと、松本の所にはお里が待っていた。お里は泣きながらセイのことを抱きしめた。
「お里さん、ごめんね」
「阿呆!何いうてるん!うちは、おセイちゃんが幸せになってくれることが一番なんよ……」
ぎゅうっと抱きしめてくれる人達の優しさが、嬉しい。二人で泣き合って、すっきりすると、二人は笑いあった。
それから、お里の家に預ける荷物と、持っていく荷物に分けたり、武家の侍女様に髪を結いあげたり、用意された女物の着物に着替えたりと、慌ただしかった。
そして、着替えが終わると、松本がセイと向かいあった。斎藤やお里はその後ろに控えている。
「セイ、お前はこれから一月武家の女子として、必要なことを身につけてこい。その上で、二月みっちりと俺と南部のもとで医者としての勉強をしろ」
「はいっ」
「その上で、俺と南部がみて、お前に任せてもいいと思ったら合格だ。いいか」
にっこりと笑ってセイは頷いた。続けて松本が言う。
「お前が今日屯所を出たことも、これからどうするのかも、沖田は一切知らねぇ。そして、それを誰も教えねぇ。三月だ。できるか、セイ」
「大丈夫です」
その問いには、これからの全てを賭けられるかという問いが含まれていた。それに対して、セイは笑顔で応じた。
斎藤に伴われて松本の元から黒谷へ向かった。どうしても離さずに持っていくと言い張った和泉守が打ったセイの刀だけは、刀袋にしまわれてその手にある。
黒谷では、元々、事情を知った藩士達の妻女のいずれかにみっちりと仕込んでもらうはずだった。ところが、肥後守の側室、佐久が自らそれを行うということになり、奥侍女として仕えながら必要なことを身につけることになった。
セイが、神谷清三郎として黒谷を訪れていたころから新撰組を快く思っていない藩士達に対して、素直に接するセイに、徐々に藩士達も打ち解けるようになっていた。
帰るべき家を持たないセイに、故郷の話をすると興味深そうに、楽しげに話を乞う姿が、幾度も見かけられた。当然、京住まいまで同行した妻女たちにも伝わることとなる。
ここで、十五まで、医師の娘として男所帯に育ったセイが不足していることを補おうというのだ。セイを、武家の妻女としても、誰に劣ることのないようにという、セイを取り巻く男達の思いがこめられている。
さすがに奥侍女として城にあがってしまってはどうにも仕様がない。礼を兼ねて、斎藤は夜半にもかかわらず、肥後守の御前に参じた。
「この度はありがとうございました。局長をはじめ、皆からも礼を申しておりました」
「よい、構わぬ。佐久も喜んで引き受けておったぞ」
「は」
平伏すると、思い出したように肥後守が笑いだした。斎藤が怪訝そうな顔をあげると、肥後守が恐ろしいことを口にした。
「神谷は、朕の娘にし損なったが、それはよいことだったようだぞ」
肥後守から今回の一件を耳にした浮乃助こと、一橋慶喜が、面白がって、セイが肥後守の養女というのはおかしい、自分の養女にするので、総司を肥後守の養子として娶せろといいだしたのだ。
さすがに、それはいくらなんでも夢物語すぎる。
そんな親を持った子供たちが新撰組にいるというのもあり得ない話ではないか。
南部と松本が間にはいることで、そんな夢物語も実際にやりかねない殿様たちを抑えることに成功したのだ。すんなりと松本の養女にという話でまとまったわけではないのである。
さすがの斎藤の顔も強張る話である。朗らかに、さても冗談事だと言い切る肥後守とて、養女の話は半分以上本気だったのだ。
「その話は、致し方ないとしても、婚儀の支度は我らにもまだ余地があろうな?」
「それはまだ気が早うございます」
「愚かな。お前たちはあの二人がしくじるとでも思っておるのか?」
そう言われると、まったくそんなことは誰一人として考えていないままに計画が立てられている。斎藤自身も、次にセイを迎えに来た後のことや、総司を見張ることしか頭にない。
「そう言われれば確かにそうでございますな。意外なところで信用に厚い二人でございますれば」
「ふ、まあ、フラレ男の其方には似合いの女子を探しておこうぞ」
「容保様!!」
「あっはっは」
斎藤も己の立場がないと思ったが、こればかりは仕方がない。
いつかこの分も総司を殴る一発に込めさせてもらおう、と思った。
– 続く –