天にあらば 14

〜はじめのつぶやき〜
昔のお家騒動って、家だけじゃ済まないから大変だよねぇ。
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「雲居様は?」

雲居の休む部屋の前に来て、ちょうど部屋から出てきた侍女に声をかけた。昼間茶を運んでいたのは、宮様付きの侍女で、セイが先ほど部屋を後にしたときにいたのは雲居付きの侍女である。そして、今部屋から出てきたのも雲居付きの侍女だ。

「今は、お休みになられております」
「そうですか。では宮様のところへ先にお邪魔しましょうか、副長」
「そうだな……」

心底、心配そうな顔をした侍女に笑顔を見せて、セイと土方は宮様の部屋へ向かおうとした。そのセイの腕を侍女が掴んだ。

「神谷様っ!」
「……はい?」
「少し、お時間よろしいでしょうか」

セイと土方は顔を見合わせた。どちらかと言うと切実な顔で。

土方が頷いたのをみて、セイはにっこりと侍女に向かって話しかけた。

「お話、聞かせていただきましょうか。こちらは新撰組の副長です。一緒で構いませんね?」

こくりと頷くと、セイと土方をたった今出てきたばかりの雲居の部屋へ招き入れた。
雲居は休んでいるために、部屋の片隅で話をすることになる。

部屋の奥で眠っている雲居の様子を気にかけながら、廊下にあまり近づかないように続き部屋の片隅に三人は身を寄せた。

「雲居様のこと、ですか?」
「はい。実は、雲居様のご実家は御正室様のお家とは、あまり懇意ではないお家の方なのです。それだけに、京にとどまることも許されず、ご実家に帰されることになったのです。御正室様他、お傍にいらっしゃる御側室様方も皆様、御正室様におつきになられて、雲居様を……」
「というと、簡単に言ってしまうと、いじめた?ということですか?」

こくり、とセイの言葉に頷く。侍女は、雲居の実家からつき従ってきたものらしいが、もう一人はそうではない。側室の一人の侍女が雲居付きとなって、常に監視の目が光っている。

「雲居様はあの御気性ですから、何でも思われたことは口になさいます。それが余計に事を荒立ててしまって……」

―― まあ、それはそうだろう

土方とセイは渋い顔で互いに顔を見合わせた。侍女が語るには、日に日に状況は悪化し、今ではいじめというかわいい話ではなく、命を狙われることになったというのだ。

侍女との会話はセイが主に行っていて、土方は黙ってそれを聞いている。

「でも、そこまでします?これだけ、……その、えーと……精力的な宮様ですから初めてのことではないでしょうし」
「内密にと言っても、きっとお調べになればすぐに知れることですが」

困惑気味のセイと土方に侍女が明かした、雲居の実家という神社の名前を聞いて流石の土方も絶句してしまった。寺社において、政治向きとは建前上、一線を画し、中立の立場を保つものだが実際はそうではない。屯所のある西本願寺とて、そうなのだ。

名前が挙がった古社は小さいながら格式も高く、どちらかといえば幕府寄りの立場で意見を通すことで知られていた。

「よく……そんなお家の方を……」

黙っていられずに土方が口を開くと、侍女は苦笑いを浮かべて、眠っている雲居の方へ眼を向けた。

「あのようなお方ですから……奔放にお育ちになりまして」
「だとしても、宮様とではあまりにその……」
「ですから、お二方の間に女子ならまだしも、男子がお生まれになってはならないのです」

ただのお家騒動にしては根が深いということを知らされた土方は目眩がしそうだった。内心、こんな仕事を引き受けてきた近藤を罵倒したい欲求でいっぱいになる。

――  だから~!!なんでもかんでも引き受けてくんなっつってんだろうがっ!

「なるほど。それで雲居様はあのように怯えていらっしゃったのですね」
「いいえっ!!」

頭痛を抑えた土方がそういうと、そこだけはなぜか思いきり強気で侍女が否定した。

「違うんですっ!怯えるなんてとんでもない。雲居様は、本当にその、奔放で細かいことに頓着なさらないのはよいことなのですが、御自身についても全く頓着なさらないのですっ!」
「……はぁ?」
「ですから、怯えるということは全くなくて、むしろ楽しんでいらっしゃるというか……。たとえば、食事に何かを入れて差し出されても、あの方はすぐにそれ を感じ取っておしまいになるんです。そしてそれを行ったものを呼んで、無邪気な笑顔でぜひ、一緒に食べましょうと進めてみたり、今日も私がお傍にいない間 に弓で狙われたと聞きましたが、怯えた様子はそう長くなかったはずです」
「あ……そういえば」

確かに、セイが茶を入れて戻る頃には、宮様が侍女を連れて行ってしまったことを怒っていたような気がする。
そんなセイに、侍女が力いっぱい頷いた。

「それは演技ですっ!!お年がはなれている宮様にご執心の雲居様は、それこそ人目も憚らず……っ、あっ!!」

侍女は、途中ではっと現実に戻り、目の前の土方が視線をそらしているのを見て、勢い込んでしゃべりすぎてしまったことに気がついた。真っ赤になったのは、セイも一緒で、今日の輿の中の出来事を思い出してしまった。

「そ、そこだけはその、宮様と非常に気が合うようで、時には……その他の侍女を……」

話がどうにもいけない方向に流れて行っている。土方が仕方なく大げさに咳払いした。

「ごほっ、まあ、その大体の事情は承知致しました。それで、我々もこの神谷は雲居様のお体のこともありますので常にお傍にいるように致しますが、残りの者で、交代しながら宮様と雲居様のお傍でお守りさせていただきましょう」
「は、はいっ!よろしくお願いします」

土方が、どうにか話を取りまとめると、侍女が土方に向かって嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございます。私は、かさね、と申します」

恥じらいを浮かべた侍女は頬を薄らと染めて、土方とセイを頼もしそうに見ている。どうも緊迫した状況だというのに、ズレた反応をするところがあるのは、主として仕えている雲居の影響だろうか。

「……かさね?」
「雲居様、お目覚めになられましたか?お体の具合はいかがですか?」

すぐに立ち上がったかさねと共に、セイも雲居の傍に近づいた。
女性の寝室への配慮もあり、後ろにさがった土方は半分だけ襖を閉めて背を向けると、続きの間で自分が今宵、護衛につくときのことを考え始めた。

目を覚ました雲居は、ゆっくりと起き上がると、セイが荷物を持って部屋に戻ってきたことを喜んだ。

「嬉しいっ!神谷殿、夜も私と一緒にいてくださるのね」
「ゆっくりお休みになりませんと、お疲れがとれませんよ?」
「いいのよ。大丈夫。土方様のお相手はかさねがするのよね」

主である雲居の笑顔にかさねが恥じらいながらも嬉しそうに頷いた。

「……?」

どうにも狙われているというのに、おかしな緊張感のなさが漂っていて調子が狂う。だが、これがまだ序の口だということをセイも土方も知らなかった。

代わりに、その頃、斎藤と総司がたっぷりとおかしな世界に引きずり込まれていた。

 

– 続く –