天にあらば 15

〜はじめのつぶやき〜
二人が~~!!
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土方とセイが部屋を出て行ってから、総司と斎藤はそれぞれ荷を片付けて、宮様の元へ警護に向かう支度でも始めようとそれぞれが動くところだった。
そこに、土方達と入れ替わるように宮様付きの侍女が現れた。

部屋に斎藤と総司しかいないことを見ると、廊下に手をついたまま問いかけた。

「お疲れのところ申し訳もございません。旅の間は宮様と雲居様には新撰組の皆様がご一緒についてくださると伺っておりましたが、今宵は如何様になさいますか?」
「行き違いになってしまったようですね。先ほど、こちらの土方と神谷という者が宮様と雲居様へご挨拶に伺ったはずですが……。今宵は私とこちらの斎藤が宮様のお傍にお邪魔させていただきます」

あたりの柔らかい総司が口を開くと侍女が頷いた。

「そうでございましたか。これは大変失礼をいたしました。それでは斎藤様に沖田様、宮様が夕餉をご一緒にと申されております。おいで頂けましょうか?」
「それは、ありがたいことですが、私達は警護に参ったものです。お気遣いは無用に願います」
「いいえ、宮様は皆様のお話を伺わせていただくことが何より楽しみにされていたご様子。ご面倒とお思いになられるかもしれませんが、是非とも夕餉をご一緒していただけないでしょうか?」

丁寧な口上のわりに、有無を言わせぬ口調である。総司と斎藤は顔を見合わせたが、そこで逆らうのも面倒なことになりかねない。
斎藤が微かに頷くと、総司が侍女に向かって頷いた。

「承知いたしました。それでは今宵はお言葉に甘えさせていただきます。ですが、明日からはお構い下さいませんよう、宮様にお伝えくださいますか?」
「承知いたしました。ありがとうございます。それでは、用意が整いましたら、またお声をかけさせていただきます」

綺麗な仕草で手をついた侍女は、頭を下げるとすっと立ち上がり、宮様のところへ戻って行った。
その姿を見送りながら、総司は斎藤に向かって振り返った。

「なんだか変な道中になっちゃいましたねぇ。斎藤さん。宮様、というか偉い方々にしてはかわっているというか……」
「うむ。俺もこのようなことをなされるお方は初めてだ」
「へぇ~。斎藤さん、随分身分の高い方のことご存じみたいな口ぶりですねぇ?」

セイに関わらない話なら、いつでも鋭い勘と一言多いのが総司である。にやにやと笑った総司に、斎藤がぎろりと睨みつけた。

「アンタと二人で飯を食うことにならなかっただけましだと思おう」
「わぁ~ん、斎藤さん。冷たい~っ」
「五月蠅い」

ふざけてくる総司をぴしゃりと振りきった斎藤は、とりあえずセイが宮様の傍に行くようなことにはならずに済んだことをほっとしていた。

 

その頃、土方とセイはかさねから雲居について話を聞いていた。
そんなことは知らない斎藤と総司は、再び現れた侍女に伴われて宮様の部屋へ向かった。

「おお、よくきた」
「は……。失礼いたします」

宮様の向い側の少し離れたところにそれぞれ二つの膳が用意されている。

その前にそれぞれ座った総司と斎藤は神妙な顔をしているが、反対に宮様はのほほんとした顔をしている。宮様の傍には給仕についた侍女が酒を注いだ。

斎藤と総司の傍にもそれぞれ侍女が一人ずつつく。

「うん。君達は、新撰組の隊士だったねぇ。何か面白い話でもしてくれないか?」
「面白い話と申されましても、私達のような者の話など面白くもないと思われますが」
「面白いか面白くないかは、君達が判断することじゃないね」

一瞬、宮様の口調が変わって、何の感情もない口調がかえって違和感を感じさせる。しかし、次の瞬間には、侍女達が斎藤と総司に酌をしてにっこりと隣から微笑んでいる。

「じゃあ、君達は、普段どんな暮らしぶりをしてるんだい?」

気にしないで食べるように、という宮様に軽く頭を下げて、斎藤と総司がそれぞれ箸を手に取りながら交代で話し始めた。

「そうですな。起床と同時に各自床を片付けてから朝稽古を行います。稽古が終わったら朝餉を取り、その間に各組長には勤務割や諸注意、連絡事項が通達されます」
「なんと、朝餉の前に稽古を行うのか?稽古の時間はそれだけなのか?」
「いいえ。それは全体の稽古の話です」

斎藤の後を引き取って、総司が続けた。

「それぞれの組ごとに、空いた時間で稽古も組んでいきます。後はそれぞれ隊務をこなした後、非番の者達はそれぞれで過ごします」
「例えば、どのようなことをしてすごすのじゃ?」
「まあ、ほとんどの者達は、島原や祇園に繰り出すか、酒を飲みに行くとかでしょうか。若い者達は甘味所に行ったりもありますねぇ」

さして箸を進めることなく、酒を飲んでいく宮様はいくら飲んでもまったくその面は変わらない。予想以上に酒に強いらしい。さして感情の籠らない

「ふむ。君達は繰り出すほうか?」
「私は酒を飲みに行くことが多いですな」
「私は甘味所に行くことが多いですかねぇ。あんまり酒は飲まないので」

 

「では、今宵はその者達を相手にしてよいぞ」

 

さらりと言った宮様の言葉に、斎藤も総司も杯と箸を持つ手が止まった。

「「……は?」」

「何を驚く?この者達は我を守ってくれる君達に礼がしたいのだそうだ」
「な、何をおっしゃってるんですかっ。夕餉だけと伺って……」
「心ゆくまで楽しむがよい。我は向こうの寝室で休む」

まるで頃合いを図ったかのように、宮家からついてきた警護の従者が現れて、宮様と侍女を連れて部屋から出て行った。呆気にとられた斎藤と総司が顔を見合わせている間に、それぞれの侍女たちは非常に積極的に二人に迫ってきた。

「斎藤様。私は夏と申します」
「沖田様、私は秋と申します」

「「退屈はさせませぬ」」

「ちょ、ちょっと待ってください!私には妻がいますから!!」
「まあ、そのようなことをおっしゃらなくてもよいではありませんか?無粋な。ただ、沖田様は歓迎を受けただけでございましょう?」

みっともなくも、逃げ腰になって後ずさりする総司に秋がにこやかな笑みを浮かべてにじり寄って行く。
表情を変えずに盃を口に運ぶ斎藤には夏がべったりと寄り添って、斎藤が手にした盃に酒を注いでいく。

「斎藤様はお酒にお強いのでございますね?女子にもお強いのでしょうか……」
「……ふむ。試してみるか?」
「さ、斎藤さん?!」

斎藤の懐に手を滑り込ませていく夏に、杯を持ったままの斎藤が淡々と返事をすると、それを聞いていた総司が裏返った声で叫んだ。

まさか、原田や永倉ならまだしも斎藤がこんな据膳を美味しくいただくようには見えなかったので、夏の誘いにのるかのような発言に総司はますます動揺してしまった。
そんな総司に斎藤は、首だけで振り返って見せた。

「なんだ?沖田さん。試してみる、と言っただけだろう?」

斎藤が振り返った先には真っ赤な顔で後の襖まで追い詰められた総司の顔があった。嫌そうな顔をした斎藤は、軽く舌打ちをした。

「分かっているくせに、いちいち面倒なことをするな」

 

– 続く –