天にあらば 16

〜はじめのつぶやき〜
ま、このお二人のことですから。
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斎藤がたん、と盃を膳の上に置いた。
するに任せていた斎藤の袷を押し開きはじめた夏の手を斎藤が掴んだ。

呼吸を合わせたように総司が左の手で秋の着物の裾の上に手を置いた。同時に二人の声がかかった。

 

「「はぁっ」」

 

斎藤が掴んだ手をひねり上げて、立ち上がりざまに横座りしていた夏の足元を思いきり蹴り払った。

逃げられないように着物の裾の上に手を置いた総司が秋の腕を引いてうつ伏せに抑えこんだ。

 

どちらも、そのはずだった。
夏の足元を蹴り払ったはずの斎藤は、手応えのなさに掴んだ腕は放さないものの片膝をつくようにして構えている。

「流石でございますね。斎藤様」
「本当ですね。沖田様」

うつ伏せに抑え込まれているはずが、抑え込まれた着物だけを残して秋は見事に総司の腕から抜け出し、斎藤と総司の間に座っていた。

「貴女方は、あまり京の言葉は使われていませんよね。それに、先ほどの宮様もどきも」
「……沖田さん、いくらなんでも“もどき”はないだろう」
「えぇ~、だめですか?じゃあ、宮様風?とか」

どこまで行っても斎藤と総司の会話には緊張感がない。
夏と秋もにこにこと笑っている。

「お二方とも本当に流石でございます」
「貴女方は、護衛の方々ですか?」

斎藤が夏の手を緩めると、にっこりと会釈して夏が離れた。秋の隣に手をついて二人は改めて斎藤達に向き合った。

「私達はさるところから宮様の周囲に遣わされております。先ほど、沖田様が宮様もどきとおっしゃられた者も同様にございます」
「では、宮様ご本人はどちらに?」

総司の問いかけには微笑をもって秋が答えにかえてくる。
斎藤がきちんとその場に座りなおして、まっすにぐ問いかける。

「我々は試された、ということだろうか?」
「そうです、ともいえますし、そうではないともいえます」
「謎かけのようですな」

斎藤と総司がそれぞれ交代で問いかけるのと同じように夏と秋が話し始めた。
「皆様がどのような方々なのか、私達は存じません。そのためどこまで、何を考えて動かれる方々なのか私達は知りたかったのです」
「宮様も雲居様もお立場は非常に難しい立場にいらっしゃいます。このような私的な旅は本来ありえないものなのです」

「お二人のことはよくわかりました」

皆様方ということは、斎藤や総司だけでなく、土方やセイも試されているということだろう。夏が二人のことはよく分かったというが、急にあの二人が何をどう試されているのか心配になってきた。

夏と秋は、それぞれ改めて斎藤と総司の傍に近づいた。

「夜はまだ始まったばかりでございますよ?」
「お二方がどのような方々かわかりませんでしたが、お酒に少しだけ仕込ませていただきました。どうぞお気になさらずお楽しみくださいませ?」

「「……」」

見透かされたような物言いに、今度こそ本気で斎藤も総司も閉口してしまった。膳を前に酒を口にしたあたりから、妙に感覚が鋭くなって、何か盛られたことはすぐに分かった。それでも、特にしびれたり動けなくなるような支障があるわけではない。

共に、精神力の強い斎藤と総司だけに、自分自身の感覚を黙殺することもわけないことだったが、身勝手反応する自分までは止められない。

「俺は、そういう趣味はないが……」
「そんなつれないことはおっしゃらずに」

ため息をついた斎藤が立ち上がると夏がまとわりついたまま総司の後ろの襖を開けた。
そこには予想通り、ぴたりと並べられた布団が二組敷かれていた。すたすたと奥に入って行く斎藤に総司が困った声を上げた。

「さ、斎藤さぁ~ん」

ふふ、と耳元で笑った秋の吐息がかかって、自分の意志とは切り離されたところで、自分自身が反応してしまう。目の前で閉じられた襖に、情けなさそうにこちらもため息をついた総司は仕方なく、目の前の膳を押しのけた。

てっきり応じてくるものだと嬉しそうな顔で総司の首に両腕を回した秋は、呆気なくあて落とされて立ち上がった総司の足元に崩れ落ちた。

「私は女性には手を挙げない主義なんですけどねぇ」

いやだなぁ、と呟きながら総司は秋をきちんと横にならせて着物を整えた。それを見計らったように、襖が開いて斎藤が現れる。袷をきちんと整えた斎藤は、くいっと顎をひくとその奥には同じように倒れて床に寝かされた夏の姿があった。
総司は秋を抱え上げると斎藤の横を抜けて、夏の隣に秋を寝かせて布団を掛けた。

頷き合って、自分達の部屋に戻ると、今度は総司が賄いに立って自分で用意した茶を持って戻ってきた。

「とりあえず、お茶でも飲みましょうか。斎藤さん」
「ああ」

しかし。

なんと面倒な旅になったことか。
そして、今頃土方とセイの身に何が起こっているのかが非常に気になる二人だった。

 

 

斎藤と総司が気になっている雲居の部屋ではその頃、夕餉の膳を前に和やかな時間を過ごしていた。

「まあっ!!ほ、本当にそんなことあるの~」
「男ばかりが集まっていますから、まあいろいろあるものですよ」

セイが面白可笑しく屯所での出来事を語ると、雲居が身をよじって笑いながら次を強請る。時には土方も知らなかった話が飛び出して来て、ついつい土方までもその会話に参加してしまった。

「俺はその話は知らんぞ?」
「そりゃそうですよ。副長に知られたら大目玉だってみんなで裏工作してましたから」
「裏工作っ!!そんなことで鬼と言われる武士の皆様がっ。あはははははは。も、だめ、可笑しすぎ」
「あ~い~つ~ら~」

笑いながら和やかなひと時に、雲居も気持ちがほぐれたのか、膳をすべて平らげた。

「や、もう、可笑しくて笑ってたら騙されて全部食べちゃった」
「それはようございました。お腹のやや様のためにも、食べられるときは食べてくださったほうがよろしいですよ」

セイがにっこりと笑うと、かさねが皆に食後の茶を入れた。

「斎藤様と沖田様は宮様が夕餉をお誘いでしたのであちらはあちらでごゆっくりされていることでしょう」
「そうでしたか。お気遣いいただいたようで申し訳ない。私は神谷と共に宿直をさせていただきましょう。隣の間に居りますので、お気遣いは無用です」
「ありがとう」

夕餉の膳をさげたかさねは隣の部屋を整えてきたようだ。隣にも火鉢と行燈を入れて部屋を暖めている。
こちらも妖しい夜が始まった。

 

– 続く –