天にあらば 17

〜はじめのつぶやき〜
きゃーーー。カオスッ。ちょっと自主規制したほうがよかったかなー
BGM:
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着替えもあるため先に土方が隣の部屋に引き取った。

「それでは雲居様、夜着に御召し替えいただきます」

かさねが雲居の着替えを手伝っている間に、セイは脇差を手に後に控えた。
夜着に着替え終わった雲居が床の上に正座すると、かさねは明朝、お声をかけに参ります、といって土方のいる隣の部屋へ移って行った。

「こちらへきてくれる?」
「雲居様?お体の具合でも悪いですか?」

雲居に呼ばれてセイはすぐ脇差を手にしたまま、声を落として雲居の傍に近づいた。灯りを落とした部屋の中で白い夜着の雲居だけが薄闇の中でよく見える。
隣に近寄ったセイは、雲居が具合が悪いのかと様子を見ようとしたその手をやわらかな白い手が掴んだ。

「神谷様、隣に来て下さる?」
「はい……?」

訝しげな顔で雲居の隣に座ったセイの手は雲居に掴まれたままで、雲居はセイの手を両方の手でなぞった。

「硬い手なのね。殿方のように手の平が硬くなっていらっしゃるわ」
「雲居……様?」
「ねぇ?神谷様は死ぬのが怖い?」

雲居の白い手がセイの肘のあたりまで指先でなぞって行く。その感覚に背中のほうがぞくっとしたものの、相手は女性であり、セイに疑いは全くない。

「私は……、死ぬこと自体には怖れはありませんが、それが誰かの足手まといになったり、誰かを守れなかった結果だったりしたら嫌だなと思います」
「そう……。私はね。それがなんであれ、怖くないわ。遅いか早いかだけでしょ?怖いのはいろんなことを知らないこと」

つつっと滑らせた手をセイの八口から滑りこませておいて、大きく突き出たお腹をセイの方へむけてぺろりとセイの頬を舐めた。

「ひゃっ」
「ふふ、夫君がいらっしゃるのにその初々しい反応は可愛らしいですわ」
「雲居様っ?!」
「しぃ……。お隣の土方様に聞かれてしまいますわ」

まさか、と何度も打ち消しても雲居がセイに襲いかかっているのはやっぱりどう考えても明らかで振り払おうにも、お腹の大きい雲居にうっかりと本気を出すわけにもいかず、セイは慌てふためいて雲居の手を放そうとした。

「あ、の、だめですっ、何をっ」
「大丈夫。ほんの少しだけお酒に混ぜておいたから」

―― 混ぜたって何を!!

すっかり動転してしまったセイが雲居の両方の手を押さえ込んだところで有り得ないことがさらに重なった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

隣の部屋から土方の叫び声が上がった。セイは、パッと雲居にかけ布団を掛けて覆いかぶさった。離れた部屋から総司と斎藤が駆けつけてくるはずだ。

「しっ、雲居様、静かに」

セイは声を落として隣の様子を窺った。

「……?」

その後に訪れるはずの騒ぎがない。セイはそろり、と身を起して隣の部屋を覗き込んだ。

そこには。

 

「おっ、お前っ、男か?!」

 

かさねに迫られて、警護中だと振り払っても振り払っても迫ってくるかさねに仕方なく、片腕だけでいなしてやるつもりでいた土方は、強引に重ねてきた唇を振り払おうとして、女好きの勘が告げた。

何かが違う。

ばっ、とかさねの胸元を押し開いたところ、そこにはあるはずの膨らみはなく、頬を染めたかさねがにじり寄った時に自分に向かって引き寄せた土方の手に何かが触れた。

あまりにも知りつくしたそれと同じものに、土方の全身は鳥肌と共にぶつぶつと湿疹が吹きだした。

かさねから飛び上がるようにして離れた土方が部屋の隅まで離れている。

 

「……副長?」

恐る恐る覗きこんだ光景にセイがぽつりと呟いたのとほぼ同時に、セイが覗きこんだのと反対側の障子が開いた。駆け付けた総司と斎藤が、セイと同じようにその光景をみて、なんとも言えない微妙な顔でそのまま凍りついてしまった。

「お、あ、う……」

何かを言わねばと思ったのか、かろうじて口を動かすが、まったく言葉にならない。
かさねが悲しそうな顔で土方ににじり寄って行く。

「土方様……」

うるっと涙ぐんだ姿が扇情的に見えるはずだが、この場合はだけた胸元の平かさが余計に目を引き付ける。
斎藤がとりあえず、事態の収集を図ろうとかさねを土方から離そうと土方の前に進み出ると、怯えた土方がその足に縋りついた。

「……副長、それでは何もできませんが」

斎藤がげんなりした顔で振り返るが、青ざめた土方には何も耳に入らない状態らしい。今度は総司が斎藤の前に出て、かさねの傍に膝をついて、袷を整えてやった。

「仕方ないですねぇ。……失礼ですが、うちの土方から少し離れていただけますか?」
「私がお嫌いでしょうか……」
「いえ、そのような理由ではないのですよ。うちの土方はその、女性が大好きな人なので申し訳ありません」
「でも……。雲居様も太鼓判を押してくださるのに。私、女子に見えませんでしょうか」
「いえ、その、女性に見えるか否かでいえば、確かに見えるんですけど」
「では何がいけないでしょうか」

うるうると見上げてしなだれかかってくるかさねに、総司は冷静に手を取ってぽんぽんと、あやす様に叩いた。

「いいえ、貴女は大変可愛らしいですよ。でも、抵抗がある者にはどうしようもないことなのです。貴女の可愛らしさには罪はありませんよ」

この状況でこんなセリフをさらりといえるところが、土方の弟分というか新撰組というところだろうか。
呆れているのか、なんなのか、薄暗い部屋では判別し難いが、セイがそこに割って入る。雲居の傍に戻ってセイは掛け布団を普通に掛け直した。

「雲居様、申し訳ありませんが、私と土方が隣室にて控えさせていただきます。かさね様をこちらへ」
「……つまんないの」
「そうおっしゃらないでくださいませ。明日もご一緒に同行させていただきますので」
「仕方ないわね」
「ありがとうございます」

礼を言うとセイはだんだん可笑しくなってきて、笑いを噛み殺しながら頭を下げると、隣の部屋に入ってかさねと入れ替わる。かさねが涙目のまま、雲居の部屋へ入り、襖を閉めた。

すぐには動揺が収まらない土方を一旦、斎藤が与えられた部屋に連れて行くといい、総司とセイが部屋に残ることになった。

 

– 続く –