天にあらば 3

〜はじめのつぶやき〜
斎藤さんにしたら嫌だろうなぁ。いや、案外いいのかも?

BGM:及川光博 前略、月の上から。

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結局、土方や総司の抵抗があったにせよ、人を派遣しないわけにはいかないのは確かで、散々もめた挙句、山崎は残すことになった。
世情も不安なところで、そんな私用で動く者の情報などたかが知れているということになったからだ。

そして、もう一人。

「はあ……」
「そういうわけで、すまねえが一緒に行ってくれるか」

苦虫をかみつぶしたような土方が、副長室に斎藤を呼んでいた。事情を説明し、特命の出張を言い渡すとやはり斎藤もいい顔をしてはいない。これが他の場合であれば別だろうが、その気持ちは土方も一緒だ。

まして、セイまでも同行するのであればなおさらのことだ。

「出発は?」
「半月後だ」
「半月?」

予想より先の話に驚いた顔を向けた斎藤は、さらに土方が渋い顔を見ることになる。

「だから、その、なんだ。女房殿が移動できるのがその頃なんだそうだ」
「……なるほど。しかし、質問ということは考えさせていただいてよろしいのでしょうか」
「まあ、今回ばかりは強制できる話じゃねぇからな」

総司と土方は動かせないとしても、斎藤ではなくても問題ないといえば問題ない。本当は、斎藤であるべきではあるが、斉藤にとっては辛いであろう任務を強制できるものでもない。

頷いた斎藤は、しばらく時間をくれといって副長室を出た。急ぎで探りを入れているものがあるわけではないが、特命での出張となれば、一応、立場上耳に入れておかなくてはならない場所も色々とある。

 

 

 

その頃、一番隊の隊部屋にセイが現れていた。

「お忙しいところ申し訳ありません。沖田先生」

巡察の合間の暇を見計らって現れたセイに、初めは驚いていた総司が迎えた。

「どうしました?」
「お願いがあってまいりました。半月ほど、共に稽古させていただけないでしょうか」
「はぁ?」

呆れた声を出した総司にセイがにこっと楽しそうに笑った。一番隊の隊士達も何事かと周りを取り囲んでいる。

「今度のお仕事では私も何かあれば動く必要が出てまいります。腕が落ちていることは仕方がないのですが、せめて足手まといにならないよう勘だけでも取り戻しておきたくて……」
「あ、貴女が何もそんなことをする必要はないでしょう!他に誰もいないわけでもあるまいしっ」

夫婦になって一年もたてば、こんな時に総司がどういう反応を示すかも十分わきまえている。まして、暮れに立て続けに三度も襲われるような目に会っていて、総司がいい顔をするわけがない。慌てた総司が冗談ではないと言うのをセイがいかにも寂しそうな顔で少しだけ首を傾けた。

「そう……ですか。そうですよね、私のようなものが一番隊の皆様とつい昔を思い出して稽古をご一緒させていただくなんて、図々しい限りですよね。久しぶりに皆さんと稽古させていただけたら、なんて……」

薄らと上目づかいに見上げられると、こういう姿に弱い総司はぐっと言葉に詰まってしまった。
確かに、今回は要人警護であり、医師としての立場での随行とはいえ、何かあればセイも刀を手にしなければならないことも事実である。斬り合うまではいかなくても、自分や土方達が助けに行くまでの時間稼ぎでもできてもらわないと困る。

「沖田先生!いいじゃないですか!稽古だけなんですから」
「そうですよ!やっぱり日頃から体を動かしていないと勘が鈍るもんですから、体慣らしってことで!」

周りにいた隊士達が次々とセイを擁護する言葉を口々に言い始めた。その魂胆は人妻になったとはいえ、一番隊の面々が心底惚れこんでいたセイと久しぶりに一緒に稽古がしたいがためということはありありとしている。

「ちょっと、皆さん?!あのですね……」

僅かにセイの夫としての気持ちの方が強くなって、隊士達に一言釘を刺そうとした総司に先んじてセイが隊士達を止めた。

「いいんです。ごめんなさい、皆さんにまで気を遣わせてしまって……」

憂いを含んだ表情でセイが微笑むと、ざざっと総司の背後に回った隊士達が、うっすらと頬を染めた。最後に駄目押しとばかりに、総司に向かって頭を下げたセイに負けたのは総司だった。

「……わかりましたっ!もう、仕方がないですね。稽古の際には必ず防具をつけてください。それからついてこれなければすぐにやめていただきます」
「ありがとうございます!!」

ぱぁっとセイの顔が明るくなって、総司をはじめとして隊士達が再びうっと、どよめいた。当然、屯所の中では頻繁に顔を合わせているわけだが、こうして正面から懐かしい姿で満面の笑みを見せられるとくるものがある。

そんな様子にはまったく気にせずにセイは礼を言うと診療所に戻っていった。半分、呆然とした一番隊の隊部屋では、隊士達が口々に総司に礼を言っていた。

「ありがとうございます!沖田先生!」
「そうですよ。俺達もいつどんな相手を敵にするかわかりませんからね!修行になります!!」
「いやー、こういう稽古は特に気合いが入るので非常にいい鍛錬になりますよねっ!!」

表立っては、“稽古”や“修行”だの、“鍛錬”だのと言われれば総司も正面から文句を言うことも悋気をぶつけることもできない。ひきつった笑顔で、まあ、とかええ、とつぶやく総司にこれまた駄目押しとばかりに、隊士達が声を揃えた。

「「「さすが沖田先生!懐が深い!!」」」
「……どうも、ありがとうございます」

 

 

「あーあ。総司ってばすっかり神谷の掌の上だね」

廊下で様子をうかがっていた藤堂がそういうと、原田が立場を同じくする者の正直な感想を口にする。

「そのくらいの方が平和でいいだろ。特にあの二人はな」
「確かに。あいつらは、あのくらいの方がらしくていいさ。でないと夫婦喧嘩するのも派手だから巻き込まれる周りはたまったもんじゃねぇ」

永倉がいつぞやの大騒ぎを思い出したのか、口元がへの字になっている。
セイ達の出張の話は、幹部会でも特に秘するものではなく、そこそこ長期の出張のため話題に上っていた。斎藤以外は確定だということではあるが、その道中を思えば皆、興味深々だった。

「斎藤が行くのは確定だろうけどさ。興味あるよねぇ」
「どういう道中になるんだかなぁ」

この三人だけに、とうの本人達には大変でも面白いネタにしかならないらしい。隊部屋の中で大きなため息をついている総司を見ながら、三人は廊下の片隅で将棋を楽しんでいた。

 

– 続く –

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