天にあらば 23

〜はじめのつぶやき〜
ルート換算は適当です。本当はもっと掛かるのかもしれないし、かからないのかもしれません。
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いくらなんでも、共寝の姿でいるわけにはいかず、セイの布団の隣で畳みの上に横になっていた総司はしばらくしてから起きあがった。

すうすうと寝息を立てているセイを置いて、着物を整えなおした総司は一度部屋を出た。そっと廊下を歩いて、土方のいる雲居の隣の部屋に向かった。
静かに廊下側の障子をあけると、部屋の中央に土方が目を閉じて座っていた。

「総司か?」

振り返らなくてもその気配でわかる。密かに声をかけると、部屋の中に入った総司が土方の隣に座った。

「アイツは寝たのか?」
「……ええ」

一瞬、ぎくっとしたものの落ち着いて答えた総司に、土方がくくっと笑った。一拍の間ですべてを悟る兄分に、バツの悪さから開き直った総司が文句を言った。

「なんですよう」
「いや、お前もアイツのおかげで大人になったよな。昔だったら……」

途中まで言って堪え切れない笑いに言葉が途切れてしまった土方を恨めしそうな顔で総司が視線を送った。情けないと自分自身でも思っているのに、追い打ちをかけるように土方にあっさりと見抜かれては、穴があったら入りたくなる。

そんな顔を見た土方が、笑いを抑えるために口元にあてた手を下した。

「なんだよ。俺は悪いなんて言ってねぇぜ?お前もようやく大人になったって言ってんだ。どんな場面でも気を抜かねぇのは大事なことだが、抜くべきとこは抜いとけ」
「私情に惑うなんて、今さら言っても何をと思われるかもしれませんが、それでもやはり情けないです」
「そうか?それでお前の判断が狂ったなら俺もそんな真似はゆるさねぇところだが、そうじゃないんだから構うこたねぇだろ」

そこまで言って、戯言は終わりだとばかりに懐から行程を記した紙を取り出した。行先は奈良の雲居の実家までのはずだった。

「行程を変えるそうだ。明日は金山彦神社までの行程にし、残り二日で目的地を龍田神社にするそうだ」
「ずいぶんと、先程神谷さんが行程を変えないと聞いてきたのとは異なりますね」
「大方、その会談相手の都合なんだろうよ。いくら宮様と相手の雲居様の父親が大物でも、役者が足りなさすぎる。ということは少なくともまだお忍びの登場人物がいるってことだろ」

斎藤の探りを待つまでもなく、行程の変更によってそれを知った土方は、もうたくさんだとばかりにため息をついた。

「何にせよ、俺達の仕事は無事に龍田神社までたどり着くことだ。俺達がこれ以上関われる話じゃない」

どこまでいっても、表向きは雲居を送り届けることなのだ。もしお忍びの登場人物を含めて、深入りしすぎて何かあった場合に、詰め腹を切らせられては堪らない。

そういうことだったのかと、ようやくすべての姿が見えてきた。

土方に次いで、総司にももう一人のお忍びの人物が誰なのかようやくわかった。おそらく、ここしばらくは表向きの顔で忙しくしていた浮之助という人だろう。そうとくれば、ここしばらくセイに稽古をつけていた相手も、セイを巻き込んでの行程になったのかも理解できる。

単に何かあったときのための、詰め腹を切らせるための護衛ならば雲居の話を表向きにしてセイを引っ張り出さなくてもよかったはずだ。だが、浮之助はセイの気性も、近藤や土方、総司の気性もよく知っている。
それゆえに、何事かを許すはずもなく、必ず無事に送り届けると踏んだのだろう。

「政治向きで暗躍されている方の考えは、凡人の私には難解すぎます」
「俺だって近藤さんにまで隠し事されてなけりゃな。お前と斎藤があったっていう宮様もどきや侍女二人ってのはそっちの方からの回し者なんだろうよ。その日によって姿が見えないこともあるだろう?」

確かに、そう多くない隊列だというのに、宮様もどきを日中に見かけることはない。あれ程似ていたのに、背格好さえ分からないとくれば、日中はこの道行とは別に行動しているのかもしれない。
それに今日の昼間は、夏と秋の姿をほとんど見かけなかった。

「私にはわかりませんけど……そういうもんなんですかねぇ?」
「さあな。俺にもわからん。いわゆるお庭番とかそういうのなんじゃねえのか?」

なんにせよ、関わっているのがあの人であれば、面白がっておかしな薬を盛ることもやりかねないし、どこまでが本気でどこからが戯言なのかもわからない。

土方に並んで雲居の部屋のほうを向いて居住いを正した総司が、少し黙ってから口を開いた。

「来る前に、あの人と言い争いをしてしまったんですが、その時の原因になった稽古はあの方が噛んでいたのかもしれませんね。だから、あの人は話してくれなかったのかもしれないです」

浮之助なのか、その手の者たちなのかはわからないが、浮之助がらみなのは間違いないだろう。だから、セイが黙っていたというのも。

土方の脳裏にも紅葉の一件が思い浮かび、セイが黙っていたのもなんとなく頷ける気がしてきた。

 

 

残りの行程は、あと早ければ三日、残されている。

 

 

 

朝方、目が覚めたセイは隣の床の中にいるはずの人の姿がないために、目をこすって起きあがった。夜着の袷は総司が整えてくれていたのだが、布団の中だけにきちんと直していたわけではない。
起きあがって、はっと昨夜の事を思い出して、上掛けを胸元まで引き上げた。

薄暗い部屋の中で、総司の床はあの後使われた気配がないことを確かめると、顔を上げた先に壁に寄り掛かって眠っているらしい、斎藤の姿を見つけた。

腕を組んで目を閉じ、刀を抱えたまま頭が落ちている。一体、いつの間に部屋に戻ってきていたのかもわからないが、セイはそっと布団から這い出して、 足元の方にあった衝立をそうっと広げた。広くはない部屋だが、一応四人分の布団が広げられるだけの広さはあり、部屋を分けるためか、衝立も置かれていた。 それを広げると、急いで乱れた諸々を整えて夜着から着替えた。

着替えをたたみ終えて、荷物に詰め直したところで衝立を再び、戻すと斎藤が目を開けてこちらを見ていた。

「おはようございます。斎藤先生。布団を敷いてお休みになればよろしかったのに」
「いや。敷くのが面倒だっただけだ。まさかあんたの隣の沖田さんの布団で寝るわけにもいかんしな」
「そんな……でも、隊部屋ではそれが当たり前でしたねぇ」
「今はそんなわけがあるか。沖田さんの布団など、気色の悪い。だったらあんたと同禽した方がいい。だがそれでは法度に触れてしまうな」

斎藤なりの冗談なのだろうが、真顔で言われると冗談には聞こえない。しかし、そこは野暮天女王健在でセイはまさか!と笑い飛ばして二人分の布団を片付けた。

――  少しぐらい動揺するくらいの可愛げを求めた俺が馬鹿なのか……

 

こういう場合、概ね下心が透けている方が分が悪いと相場が決まっている。
斎藤は、自分の荷物から手拭を引っ張り出すと、顔を洗ってくると言って部屋から出て行った。セイは慌てて、自分の手拭を手に取ると、斎藤の後を追った。慣れない場所では迷子になってしまう。

―― 私だけ休ませたままで沖田先生は一体……

廊下に出たセイは、雲居の部屋がある方をちらりと振り返った。

 

 

– 続く –