天にあらば 27

〜はじめのつぶやき〜
厳しいなー。
BGM:T.M.Revolution  CHASE THE THRILL
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「宮様もお変りはありませんか」

駕籠の外から土方が声をかけると、駕籠の小窓を開けた宮様が顔を見せた。

「大事ない。ほかにも支障がないなら早々に出発せよ」

思いのほか冷静な宮様の声に土方のほうが鼻白んだ。しかし、すぐに頷いて先頭を行く従者達に頷いた。

「待て」
「なんでしょう」
「雲居に障りはないか」
「ご無事です」
「ならよい。急げ」

閉められた小窓からすぐ土方は離れた。斎藤と総司の傍に行くと、一言二言会話すると、総司は再び雲居の駕籠についた。セイは、かさねが駕籠の傍に置いて行った自分の荷物に手を伸ばすと、眉をひそめながらそれを背負った。

宮家の従者達はやはり、警護といっても実際にこのような襲撃になどは出会ったことがない。皆がおびえながら山道を急いだ。

 

 

昼もそこそこにほとんど休憩も取らずに山道を急いで、夕刻には宿に辿りついた。
雲居のことは一瞥もせずに宮様は宿に入った。宮様もどきと夏、秋がぴったりとその傍に付いて中に入っていく。

セイは、駕籠の傍に膝をついて駕籠を開いた。

「雲居様?!」

そこには苦しげに、短い呼吸を繰り返して、あぶら汗を滲ませた雲居がいた。真っ青な顔で少しでも楽になろうとしたのか、体を斜めにしている。セイの驚きの声に総司が駕籠を回って近づいてきた。

「誰か!」
「神谷さん?」
「沖田先生!雲居様を急いで運んでください!」

セイの後ろから駕籠を覗きこむと、総司は雲居の様子を見てすぐセイを退かせた。

「雲居様。少しのご辛抱を」

片膝をついて雲居の体を抱き上げると、急いで宿の中に入った。ついてきた者達もその様子に驚きながらも、外にいることが恐ろしいのか、慌ただしく宿の中に入っていく。

雲居の部屋に通されると、すぐに雲居を寝かせた。セイが侍女の手が必要だというと、総司は土方のところへ急いだ。

「土方副長。信頼のおける侍女の手が必要だそうです」
「宿の者ではだめなのか?」
「わかりませんが……。夏さんか秋さんを頼んでいただけませんか?」
「仕方ないな」

雲居の部屋の外に控えていた土方と斎藤が難しい顔のまま総司の話を聞いて、土方だけが動いた。斎藤はセイと総司の荷物を預かると、控えの間に荷物を片付けに向かった。斎藤が傍にいてもこんな時には何も役には立たない。

「神……、どう、なるのかしら」
「大丈夫ですよ。昼間のことで少し、お辛くなったんでしょう。ゆっくり息を吸ってください」

浅い呼吸で辛さを逃がしながら、雲居はセイに着物を緩められるままにその身を預けた。宿の女将が気を利かせて医者を手配してくれた。
駆けつけた医者とともに、セイも懸命に手を尽くした。

部屋に近寄ることもできずに、土方達は控えの間で休むしかできなかった。

 

運ばれた夕餉が終わっても、セイは戻ってこなかった。
とにかく、体だけは横にして休めておくようにということで、床を延べて三人が横になっていた夜半。
静かに廊下に現れた気配にむくっと起き上がった総司は、床を出ると廊下への障子を開けた。小さく背を丸めた姿が廊下に座っていた。

「お疲れ様です。どうですか?落ち着かれましたか?」
「なんとか……。でも明日は移動なんて無理です」
「まあ、入って」

促されて、セイは立ち上がると部屋に入った。俯いたまま、部屋の隅へと座ったセイに土方と斎藤が起きあがった。

「どうなんだ、神谷」
「なんとか。お医者様のおかげで持ちこたえました。明日の移動は無理です」
「無理かどうかじゃないだろ」

俯いて唇を噛みしめたセイの肩を総司が優しく抱いた。

「さ、まずは着替えた方がいいですよ。一息入れるべきです」

答えられないセイを引き起こして衝立を開いた。立ち上がりかけたセイがずるりと沈み込んだ。下を向いたまま、膝の上に両手を握りしめたセイが絞り出すように言った。

「……わかってるんです。でも、助けたいと願うことはいけないのでしょうか。守りたいと願うことも。守ることが仕事なのに、守れないなんておかしいっ」
「じゃあ、お前はどうやって守るつもりだ?」

あっ、とセイは声をあげそうになった。がばっと顔を上げたセイは、土方の顔を見た。しばらく、セイの眼の中で何かが逡巡していく。気遣わしげに総司は隣で待った。

「……守って、いいですか?」
「できるのか?」
「許可していただければ」

見る見るうちにセイの表情が変わっていく。強く力の宿った眼に斎藤が土方の顔を見た。
斎藤を見て、総司の顔を見ると、二人ともが頷いた。

―― まったく、こいつらは本当に神谷に甘い。

ともすれば自分が一番甘い時があることは棚に上がって、渋々と土方は頷いた。頷いたセイは立ち上がった。

「着替えて……。それから力を貸してください!」

荷物を掴むとセイはすぐに衝立の蔭に回った。肩をすくめた総司は苦笑いを浮かべて、両手を開いた。ばさっと急いでずっと着続けてきた旅装を着替えると、セイはすぐ動き出そうとして目の前に立った総司に止められた。

「?!」
「はい。ちょっと待って。行動を起こすにしても順番がありますよ」
「まったくだ」

いつの間にか、控えの間の灯りは元通り明るくなり、土方達は床から出て座っていた。斎藤がセイの分として取ってあった握り飯と漬物を差し出した。そして火鉢の火を掻き起こして鉄瓶を乗せている。

「まずは飯だ。食え」
「斎藤先生?!」
「お前が何をしたいと思ったにしても、今は夜中だ。行動を起こすにしても限られている」

二つに畳まれた床の間に車座に座ると、その端っこでセイは握り飯に手を伸ばした。まだぬるい湯で一息に飲めるように総司が茶をいれて、にこにことセイの前に置いた。

落ち込んでいるセイより、こうして無茶でも動く方がセイらしい。

「食べながらで、すみません。明日の行程を教えてもらえますか?副長」
「わかった」

 

– 続く –