春待ち草~天にあらば 外伝

〜はじめのつぶやき〜
ついに、ですね。お待たせしました。新シーズン、新しい季節待ちです。
BGM:I Can Do Better   Avril Lavigne
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散々泣いた翌朝、珍しくセイはなかなか起きられなかった。隊士時代からいつも、寝覚めはよかったはずだが、セイにしてはぎりぎりの時間に起き出して、朝餉の支度をしている間もどこかぼんやりしている。

「おはようございます。セイ、大丈夫ですか?」

手に葱を持ったままボーっと壁を見つめていたセイに起きてきた総司が後ろから声をかけた。呼びかけられて驚くわけでもなく、ぼんやりとした顔でセイが振り返った。

「あ、おはようございます。総司様」
「泣きすぎましたね。大丈夫ですか?」
「え?あ、はい。大丈夫……です」

心ここにあらずという風情で、セイは手にしていた葱を刻み始めた。淡々とこなしているがどこか危なっかしい姿に苦笑いを浮かべて、総司は顔を洗って支度を整えた。

あれだけ泣いたのだから仕方がない。

ぼんやりしていたセイにさりげなく次を促してどうにか定刻どおりに屯所に向かった。

「本当に気をつけてくださいよ?」

屯所に来る間に三度も転びそうになったセイに、くどい位念を押しながらも心配で診療所まで送ると総司は隊士棟へと向かった。
セイは小部屋に荷物を置いて部屋の中に座り込む。

どうにも頭の中がぐっしょりと水を吸い込んだ綿のように重くて働かない。

―― 本当に昨日は泣きすぎちゃったからかなぁ?

自分でもよくわからないままにぼんやりとした頭で一日を過ごした。

結局、自分でもよくわからないまま、数日をぼんやりとして過ごしたセイは心配した総司が近藤に零した結果、近藤から松本への文を託されて、仕事の合間に南部の仮寓へ向かった。

「なんだ、おめぇのその面は」

ぼーっとした状態は顔にも表れていて、ネジの二、三本といわず、五、六本はどこかに置き忘れてきたようだ。
いつのも松本の部屋に通されたセイが近藤からの文を手渡して、はぁ、と頷いている。これもいつものセイだったら、何言ってるんですか!と噛み付きそうなところだが、どこか違う。

「で?どうしたんだよ?」
「……」

近藤の文には元気がなさそうでぼんやりしているから様子を見てほしいとしか書かれていないが、そこは松本のことだ。雲居の一件は松本も耳にしているが、それ以外で何か気になることがあるのではと思ったのだ。

セイが何度か口を開きかけては止めるのを繰り返したところで松本は、気を遣って隣の部屋に行っていた南部を呼んだ。

「悪いが一緒にこいつの話をきいてくれるか?」
「私は構いませんよ。神谷さんがよろしければですが?」
「は……あ。構いません」
「これで話せるのか?」

思い切りがついたのか、セイは深く息を吸い込むとようやく口を開いた。

「あのですね……」

 

 

それから二刻近くして、南部の仮寓から屯所に戻ったセイは心配していた近藤の下へ向かった。

「遅くなって申し訳ありません」

そこには、セイの帰りを待っていた総司も顔を出していた。巡察から戻ってずっと隊部屋でもなく局長室でぶつぶつと心配事を零していたのだ。
出かけたときよりは、ぼんやりしていたセイも目の焦点があったような顔をしていた。

「お帰り。君がなかなか戻ってこないものだから、総司が心配しすぎて困っていたところだよ」

穏やかな笑みでセイを迎えた近藤がそういうと、総司が薄っすら頬を赤くして反論した。

「そんなことはありませんよ。久しぶりに近藤先生とお話ができて嬉しくてですね」
「ほお。お前は嬉しいと神谷の話しかしないのか」
「土方さん!!」

土方にまで追い討ちをかけられて、久しぶりに甘えん坊総司の顔が姿を見せた。くすっと笑ったセイが近藤に文を預かってきたといった。

「松本法眼から局長へ返事の文を預かってきたんですが、先に沖田先生と少しだけお話させていただいてもいいですか?」
「いいとも。長くかかるかい?」
「いえ、たぶん、すぐに」

よくわからないまま、すみませんというセイの後をついて、総司は局長室を一旦、出た。
目の前の廊下の少しだけ端に移動すると、セイが総司の肩を引っ張って、何か内緒話をするように耳元で囁いた。

「総司様には色々とご迷惑をおかけすることになると思いますけど……」
「はい?何がです?」
「賑やかになって、お邪魔になることも増えるかもしれません」
「は?迷惑?邪魔?」

要領を得ないセイの言葉に、野暮天王の総司が何かを察するのは難しい。まったく話がわからずにセイの顔をみた総司に苦笑いを浮かべたセイが恥ずかしそうに言った。

「ですから、その、家族が増えることになりそうなので」
「え……?」
「ややが……」
「?!」

徐々に丸々と目を見開いた総司が何も言わないでただ、ただ、驚いた顔をしているのを見てセイの顔が曇った。
子供好きだと思っていたが、いざ、できたとなると、嬉しいより複雑なのだろうかと誤解したセイを、ばふっと大きな腕がいきなり抱え込んだ。

「なんて言えばいいのかわからないくらい嬉しいですっ!!嬉しくて、頭がおかしくなりそうだ」

抱き締めていた腕を離すと、セイの手を引いて局長室に飛び込んだ。

「総司??」
「赤子ができましたっ!!」
「?!」
「ちょ、総司様っ!!」

障子を勢いよく開いて突っ立ったまま叫んだ総司に、近藤と土方が顔を口をあけて見上げている。その直球な言い方に恥ずかしくなったセイが慌てて止めに入るが時すでに遅し。

「お前……」
「総司……」

近藤と土方も目を見開いて滅多に見せない動揺を隠そうともせずに立ち上がった。
まるで、先程の総司とセイのように近藤が総司をがしっと抱き寄せた。その横から、土方の大きな手が総司の頭を掴んでぐしゃぐしゃに掴んだ。

「おめでとう!総司!!」
「お前が親父になる日が来るとはな!!良かったな!」

口には出さないものの、この若夫婦に子供ができないことは、件の事で特に近藤や土方達は心を痛めていたのだ。

どどど……、と隊士棟から雪崩のような音が聞こえてきて、原田や永倉、藤堂だけでなく話が聞こえた隊士達と、その叫びを聞いた隊士達が駆けつけてきた。

「総司っ!お前、赤子ができたって本当か?!」
「はいっ!本当ですっ」

そういうと、恥ずかしくて小さくなっていたセイを振り返った。近藤がにっこりと頭を撫でると、真っ赤な顔で小さく頷く。

一瞬、しーんとなった局長室の周りが割れんばかりの歓声に包まれた。

「めでたいっ!!!」
「宴会だっ!!」
「酒~~!」

勢いのまま再び隊士棟に戻っていく皆が出ていくと、近藤と土方が本当に嬉しそうに二人を眺めた。セイは改めて近藤の前に座ると手をついて頭を下げた。

「局長、おかげさまで赤子ができたことが分かり、色々とご迷惑をかけることもあるかと思いますが、できれば引き続きできる限り仕事は続けさせていただけないでしょうか」
「それは……総司と神谷君がいいというならまあ……」

赤子ができたという嬉しさでほとんど話を聞いていない総司の顔をみて、近藤が心配そうな顔を向けた。だが、土方が笑顔のまま頷いた。

「当たり前だろう。この隊の医者はお前だけだからな。それは変わらねぇよ」
「ありがとうございます!!」
「神谷さん??」

はっとようやく我に返った総司が何の話かときょろきょろしているが、土方は珍しく太鼓判を押してくれた。

「いいんだよ。俺がいいって言ったんだからな。後で四の五の言わせねぇ」
「副長……」
「本当に俺達も嬉しいんだ」

土方の目が微かに潤んだ気がした。
ずっと、近藤や土方だけでなく、原田も子どもがいるし、皆が二人のことを気にかけていた。ふっと気が緩んだセイの目からぽろりと涙がこぼれおちた。
懐に手をあてて、慌てて松本からの文を差し出すと、セイの報告と同じことが書かれており、親馬鹿丸出しで喜びに満ち溢れていた。

読み終えた近藤が土方にそれを渡すと、しみじみと近藤が言った。

「本当に良かったな。とにかく、無事に赤子が生まれまでは慎重に過ごしてくれ。必要なら診療所に産室を作ってもいいからな。いるもの何でも相談に乗るからな」

余りに真剣な近藤の声に、セイは申し訳なくなって遠慮しようとした横から総司が引き取った。
「わかりました。ありがとうございます」
「はぁ?総司様、そんなことできるわけないじゃないですか!」
「だって、私にはわからないんですもん。だから初めにお願いしておこうと思って」
「やりすぎです、そんなの!私は変わりませんからね」

 

新たな夫婦喧嘩の火種も含んでいながらも、新しい未来の家族は、新撰組全員の愛情を受けて育つのだろう。
近藤達も笑っていたが、後は家に帰れと言われて、少し時間早いが帰ろうとする総司にセイが呆れた顔を向けた。

「何をおっしゃってるんですか?巡察は終わられてるんでしょうけど、私はまだ仕事です!」
「え~?!セイ?近藤さんが帰っていいって……」
「これから嫌でも具合が悪くなれば帰らなくちゃ行けない日も出てきます!今日は普通に働けるんですから定刻まできちんと働きますからっ!!」

すっかり子どものようにごねる総司にきっぱりというと、セイは頭を下げて局長室からさっさと出て行った。慌てて総司がその後を追っていく。

ため息をついてその姿を見ていた土方が近藤に文を返した。

「いやはや、だな。あれじゃあ、無事に産れるまで毎日が大騒ぎだぜ」
「それも俺達らしくていいじゃないか。なあ、まるで俺達の家族が増えるようで嬉しくてならんな」

素直に笑う近藤に、土方もぷっと吹き出した。

「違いねぇ。俺なんか嫁もいないのにもう孫ができるような気持ちだ」
「いいな、歳祖父さん」
「何だよ、勇祖父さん」

笑いだした二人は、立ち上がると隊士棟に向かい、賄いの小者達も参加した大宴会へ加わっていった。

 

 

春を待つ、新しい光に。

 

 

– 終わり –