比翼の鳥<拍手お礼文 挑発1>

BGM:Dream Come True  LOVE LOVE LOVE
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セイに診療所から追い出された総司が、ようやく帰り支度をしたセイとともに家に帰ってきて、所在無げに台所の片隅に座っていた。
夕餉の支度をするというのをセイに断られ、それでも傍から離れずにいた。

「ねぇ?セイ。なんでそんなに落ち着いていられるんですか?私なんて、とてもこう……どきどきしてきて、全然落ち着かないんですけど」

情けない顔でセイに話しかけた総司に、セイが微笑んで手をとめた。

「本当は、もう少し前から月のものが遅れているなって思ってたんです。その前の時がなんだかちょっと違ってて、気にはしていたんですけど、たまにそんなこともあるし」
「具合が悪かったんですか?」

焦る総司に、慌ててセイが言いなおした。そこは女子出なければわからない具合の悪さというのもあるものだ。

「あ、そういうことじゃないんです。まあ……それで、もしかしたらとは思っていたんですが、まだはっきりしたわけじゃないし、もし違ってたら大変なのでもう少し様子を見ようと思っていたんです」

セイの話を聞こうと総司はもう少しだけ傍に移動する。セイは再び手にしていた野菜を洗うために背を向けた。

「そんな時に雲居様のお話を伺って……よく分からなくなってしまったんです」

 

雲居は赤子を産み出すことなく儚くなった。

セイはこれまで清三郎だった頃、誰かの命をその手にかけたこともある。

 

これまで総司の子どもが欲しいと思ってはいた。だが、いざできたと思ったときに迷いが生まれた。

―― 雲居の代わりに
―― かさねの分も
―― 今まで斬った人の代わりに

総司のために?

 

そう思ったらどうしていいのか分からなくなった。

喜べばいいのか、責任を全うすればいいのか。一度だめかもしれないと思った命を。

 

背を向けたままのセイが静かに語る背後に総司が近付いた。

「馬鹿みたいですけど……」
「そんなことありませんよ。話してくれればと思いますけど、それが貴女ですから」

背後からセイの体に腕をまわして、大きな手がまだまったくわからないセイの腹部に回った。野菜を洗っているはずのセイの手は、ただ繰り返し同じ動きをしているだけでいつまでたっても野菜が洗い終わることがない。

「それでも、話してくれてありがとう」

セイの手から野菜を取り上げた総司は代わりに洗い終えると夕餉の支度を始めた。水桶に向かったままのセイの手に、ぽつ、ぽつ、と大粒の涙が零れ落ちた。

 

喜びよりも、喜んでいいのか。
不安で、色々なことが頭をよぎって。

 

「松本法眼と何部医師のところに伺う時に、局長の文の使いとはいえ、診ていただくことになればはっきりするでしょう?どうしてもまっすぐに行けなくて、いつもの川原を歩いていたんです。そうしたら……」

言葉を切ったセイに、手を止めて総司が振り返った。

 

とても天気が良かった。
穏やかな日で、春先にしては温かな風が吹いていた。
足元の草を穏やかに揺らす風は、いつかセイがあこがれた風のままで、光を跳ね返す川面もいつものように。

時に穏やかで、時に大きな石をよけて、荒々しい飛沫をあげて流れていく。

セイはただ、それを静かに眺めていた。

 

「セイ?」

手を拭いて、苦笑いを浮かべた総司がセイに両手を差し出した。ゆっくりと足をうごかして、その手の間にゆっくりと収まったセイの涙に光る眼がまっすぐに総司を見詰める。

「誰かのためとか、お家のこととかじゃなくて、ただ本当に、自然のことで当たり前なんじゃないかと思えてきたんです。私なんかが母親になるなんてとか、そんなことはもう関係なくて、風が吹くように、日がさすように」

わかってもらえますか?と問いかけるセイに、総司がふわりと笑った。

「わかりますよ。だって、貴女は私のお日様ですから。貴女のいない世界なんて考えられないのと同じです。授かっても授からなくても、それはどち らも当たり前のことで、明日どうなっているかわからない私達だからこそ、普通に、当たり前のことをして当たり前に生きて、普通に生まれてくる子供を可愛が る。それでいいんじゃないでしょうか」
「こんな……私でもいいのでしょうか」
「さあ……私にはいいも悪いも言えませんよ」

これまでの自分を振り返ったところで、不安しか出てこないセイに、総司は正直に答えた。本当はセイが望む言葉はわかっている。でも、それを言っても本当にセイが不安から解放されるかもわからないし、それがいいことだとも思えなかった。

「でも、これだけは言えますよ」
「……はい?」
「ありがとう、セイ。これからもずっと大好きですよ」

うるっと再び涙がこぼれたセイは、ぎゅっと総司に抱きついた。

「ほらほら。赤子もそんなに母上が泣き虫じゃ心配しちゃいますよ」

ふるふると総司の胸で頭を振ったセイが、くぐもった声を上げた。

「私こそ……私を新しい私にしてくださるのはいつも総司様なんです。これからも」
「そうですよ。だから、私にも少しずつでいいので、教えてくださいね?楽しみも、きっと苦しい時もあるんでしょうし、無理せずに、私達の時間でやっていきましょう」
「はい」

本当は、不安で、心配で、考え始めるとたくさんのことが頭を占めて、当たり前のことだと思った後も、深く考えないようにするので精いっぱいだった。
普段通りに振る舞うことしかできなくて。

だから、今日、松本の文を近藤に渡す前にはどうしても総司に伝えなければならないと思ったが、それから後は、皆の喜ぶ顔を見て、いたたまれなかった。
それを悟られないように、普段通りに仕事を終わらせて帰ってきて、ようやく息を吸った気がした。そんなことを考えている自分が、総司に対して申し訳なくて。

「セイ。私達は、互いに初めてのことばかりを乗り越えてきたじゃないですか。初めてでもそうでなくても、一緒ならきっと大丈夫です」

こくこくと頷くセイをいつもより、少しだけ力をかけないように優しく抱きしめた総司は先程まで自分が座っていた場所へとセイを座らせた。

「とにかく、今日は私が夕餉を作りますよ。嬉しくて仕方がないんですもん。じっとしていられないんです」
「ふ、ふふ。総司様ったら……」

泣き笑いのセイに、総司が悪戯っぽく笑った。

「だって、私だけが舞い上がってるのかな、とか不安なのかなと心配でもあったんですよ?そうじゃないことが分かったことも嬉しいんです」
「総司様、……不安ですか?」
「ええ。だって、貴女ってばいっつも一人で悩んで黙ってるから、今度は具合が悪くなっても言ってくれないんじゃないか、とか、他にも色々考えてしまうと、私は貴女を幸せにできているかなと思ってしまうじゃないですか」

一瞬、何を言われたのかわからなかったセイは、目をぱちくりとさせてから今度は嬉しそうに笑った。

「すごく幸せですよ。赤子まで授かって、皆にも今からもう祝ってもらって。これで幸せじゃなかったら罰があたりますよ」
「じゃあ、今から美味しい夕餉でもっと幸せにしてあげますから少しだけ待っていてくださいね」

そこにいて、話をしながらという総司にセイは頷いた。

ごく普通に当たり前の営みを続けることのむずかしさを知っている二人だからこそ。

春を待つ間には、急に冷える日も、強い風が吹く日もあるように、それでも確実に前に進んでいくのだ。

晴れた日も雨の日も。

 

– 終 –