天にあらば 5

〜はじめのつぶやき〜
珍道中が始まるまでにはまだまだ間がありますから、いろいろあります。

BGM:AKB48 会いたかった
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セイはほとんど食べられなかったが、とりあえず夕餉をとってからゆっくりと屯所を後にした。

「ゆっくりでいいですからね」

セイの手を引いてのんびりと歩きながら総司が言う。その手にはセイの荷物も刀も握られていて、青白い顔で歩くセイが申し訳なさそうに、少しでも早足になろうとする。

「明日から、ちょうどいいので松本法眼の所に行ったことにして、医学書の勉強をしようと思います」
「そうですね。なんなら使いを出してきてもらったらどうです?家にいる分には構わないんでしょう?貴女の義父上なんですから、たまには甘えてみたらどうでしょうね」

確かに、家にいる分にはいい。そしてそこに松本が来てくれれば、わからないところもあれこれと質問ができる。

「いいんですか?」
「何を言ってるんです。私が義父上を家に呼んだらどうだって言うのがおかしいですか?」

仕事上の関係と夫婦の関係とが入り混じって、いろんな意味で総司にいいのかと聞いたセイに、総司がおかしそうに振り返ってあっさりと言った。日頃、なかなか頻繁に顔を合わせることも少ないところを気遣ったのもある。

「私が、松本法眼の所に行きますよ。たまには私も顔を会わせておかないとね」

―― 私にも義父上ですから

おどけた口調で言う総司に、セイがくすくす笑いだした。総司は松本のことが好きだし尊敬してはいたが、セイが絡むと途端に苦手というか、全く頭が上がらなくなることはセイも分かっている。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんですよ。明日、屯所に行く前に寄ってみます」

ゆったりと歩きながら家に着くと、家のことはすべて総司がやってくれたので、セイは着替えを済ませると言われるままに横になった。

「いつもすみません。総司様」
「はいはい。いいからゆっくりお休みなさい」

セイを寝かしつけると、総司は手短な文を書いた。朝早ければ、松本が起きだしてはいないこともあり得る。その時のために、文を書いたのだ。

書き上げると、眠るセイの隣に早々と横になった。

 

 

翌朝、ちゃんと起きだして朝餉の支度を済ませたセイは、まだ顔色がよくはなかった。自分はさておいて総司の支度だけを済ませると、苦笑いを浮かべた総司がセイの頬をさらりと撫でた。

「可哀そうに。せめても、出張の間に重ならなくてよかったと言うべきですかね」
「こればっかりは仕方ないですから。本当に、出張に重ならなくてよかったです」
「じゃあ、行ってきますから、無理しないでくださいね」

お気をつけて、と総司を送り出したセイは下腹の痛みを堪えながら家の中に入った。

総司は足早に松本の元へ向かうと、運よく南部も松本も起きていた。

「朝早くからすみません。松本法眼」
「おう、なんだ。朝っぱらから」
「義父上にお願いがありまして」

頭を掻いて現れた総司に松本がにやりと笑った。珍しくも総司が『義父上』と呼んでいる。セイに関しての頼みごとなのはすぐに分かった。

「あいつがどうかしたのか?」
「先日、医学書をお借りしたので話は聞いていらっしゃると思いますが、ちょうどセイがその、今日から休みになったので、できるなら家にいらしていただいて三日ほど教えていただくことはできないかと思いまして」

三日ほど休み、といえばすぐに話は伝わる。腕を組んだ松本がなるほどな、と言った。

「俺は構わねぇよ。急ぎがあれば南部が知らせてくれるだろうしな。それより……、なんだ、その、お前らはまだなんということもないのか?」
「は?」
「だからよ、その、お馬なんだろ?あれ以来、その気配もないのかって聞いてんだよ」
「あ。ああ……」

薄らと赤くなった総司は、松本が何を言っていたのかようやく理解した。セイが怪我をして以来、それは総司とセイの間でも口にしない話題になっていた。

「こればかりは仕方ないですからねえ。それに、私はあの人が元気でいてくれればそれでいいので、そんなことで変に気にして欲しくないんです」
「なんだかなぁ。嫁馬鹿っつーか……」
「すみません」
「まあいいけどよ。話は分かった。支度したらお前の家に向かえばいいんだな」
「お願いします」

奥から顔を出した南部にも早朝の訪問を詫びて、総司は屯所に向かった。

 

 

朝餉の済んだ副長室に、呼ばれた斎藤が現れていた。

「先日のお話でしょうか?」
「うむ。どうだ?」
「……土方副長。どうやら断れない話になったようですな」

腕を組んで、渋い顔をしている土方がわざわざ呼びつけて答えを聞いてくるところで斎藤は事態が変化したことを察した。土方は斎藤の物分かりの良さに今度ばかりは感謝したくなる。

「あー……。なんだ、その……いや、面倒だ。これをみろ」

土方は山崎から届いた報告書を斎藤の前に差し出した。目を通しているうちに、斎藤の顔も渋いものになる。

「これ……」
「分かってる」
「土方副長……」
「だからお前が必要なんだ」

問答無用である。
確かにそれはあたっていた。土方も斎藤も、あの二人が、とりわけセイの身に危険が及ぶことは避けたい。

深いため息が聞こえて、斎藤が頷いた。

「半月後、でしたな」
「そうだな。正確にはあと十日だ」
「……たった」

―― たったそれだけの期間で、何をどう考えて、あいつを守れというのか

思わず愚痴を零しそうになったが、何かを言いたいのは土方の方だとわかると、ぐっと飲みこんだ。土方がこういう出方をするということは、すでにセイは目をつけられているのだろう。

「一つ。これを沖田さんは知っているのでしょうか?」
「俺が、これ以上事態を面倒にすると思うのか」
「……なるほど」

つまり総司には秘密のまま、四人で出発し、セイを守りつつ総司には気取られるなということらしい。
確かに他の者ではこの役は難しい。買われたのはありがたいが、相当に難易度の高い技を求められている気がした。

「先に謝っておく。すまん」
「……それは、反則ですよ。副長」

 

– 続く –