たしなみ 1

〜はじめのお詫び〜
シリーズもの続きですみません(汗
BGM:sweetbox EVERYTHING’S GONNA BE ALRIGHT
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「ご招待……ですか」

外出から戻った近藤が総司を呼んだ。

黒谷へ行っていた近藤は、会津藩で用談の後、他愛も無い四方山話になり、その矛先は新婚の総司とセイに向いた。会津藩邸の方々には、散々世話になった。落ち着いてから近藤が総司を伴ってお礼を持参したのはまだ最近のことだ。
しかし、セイはさすがに女子の身なので、気軽に世話になった方々への礼というわけにも行かず、会津公の側室である佐久や特に親しくしてもらった方々へ文は送っていても、顔を合わせる機会などはなかった。

それは他の方々も同様で、特に公用方の方々には、奥方だけでなく文使いとして黒谷を訪れていた頃から、セイは随分可愛がられていた。

そこで、会津藩で総司やセイと対面していた方々が、内々の祝いをかねて久しぶりに宴席を設けるという話であった。
殿様方とは別なので、気楽に祝いといっても堅苦しくないというのだが……。

「申し訳ありませんが、お断りさせてください」

総司は、近藤に向って手をついた。隣で聞いていた土方が、口を開いた。

「別に呼ばれてくればいいじゃねえか。俺達幹部も是非にといってらっしゃることだし、お前達の祝いというより、ざっくばらんに親交を深めるってことじゃ駄目なのか?」
「すみません」
「総司……」

一旦言い出すと、頑ななのは十分に分かっているものの、別に危ない話でもないし、めでたいことをなぜ総司が断るのかが分からない。

困惑顔の近藤が再び総司に尋ねた。

「理由があるんだろう?それを言ってくれなければ俺もトシも断りようがないじゃないか」

手を上げた総司は、しばらく視線を彷徨わせた後、ようやく口を開いた。
「呼ばれるのが私だけならば……」
「神谷君は駄目だというのかい?」
「少なくとも私は同席させたくありません」

近藤と土方はてっきり総司が快く快諾すると思っていただけに怪訝そうな顔をしている。別に今更、宴席に同席するべきではない、などと言 い出しているわけではないことはもちろんだが、何処にその理由があるのかわからなくて、土方が焦点をはっきりさせるためにわざと話を捻じ曲げた。

「神谷が行く気になったらどうすんだ?」
「行かせません」
「おい、総司……」
「とにかく、この話はお断りさせていただきます。どうしてもということであれば、私だけが伺います」

そういうと、総司はさっさと局長室を出て行った。
残された近藤と土方は顔を見合せて、あの二人に何事かがあったのかと思い始めた。

「神谷はいるか?」

のっそりと斉藤が診療所に現れた。診察室には姿が無かったために、奥の小部屋に顔をのぞかせる。 そこには永倉と原田が茶をすすっていた。

「おう、斉藤」
「なんだ、お前も暇つぶし組か」
「うむ。少しばかり菓子のもらい物があったので神谷にと思ってな。神谷は?」

二人が茶を飲んでいるところからも、部屋の主は先程まではいたはずである。

「総司が連れて行った」
「何処へ?」
「さあな。話があるつって連れ出したからすぐに戻るとは思うが……」

二人の気がかりは、総司があまり機嫌がよくなさそうだったことだ。外を回ってこの部屋に来た総司は、原田と永倉が茶をすすっていたことに一瞬、眉間に皺を寄せていた。
セイにまとわり付く男達にははっきりとした態度をとってはいたものの、永倉や原田については、そうでもなかったはずなのに、今日に限ってはその場にいて欲しくないかのようだった。

セイが気を利かせて、ちょっと外に、といって二人が出て行ったのは四半時前くらいだろうか。

「ふむ」

話を聞いた斉藤も、眉間に皺をよせた。

ほどなくして、セイが外から部屋に戻ってきた。一人で戻ったセイは何処となく、元気がないように見えたが、斉藤が来ていたことに恐縮して、新しい茶を用意した。

「すみません。斉藤先生。いらしていただいていたのにお待たせしてしまって」
「いや、なに、たまたま時間が空いたのでな。それより、お前は大丈夫か?」

斉藤だけでなく、原田と永倉の分の茶も新しく入れなおしたセイは、一瞬はっきりと顔が曇ったが、なんでもないです、といってそれ以上は口にしなかった。

永倉たちは顔を見合わせると、後を斉藤に任せて小部屋から去っていった。

「神谷」

何か考え事をしているセイに、懐から出した菓子を差し出した。

「もらい物だ。沖田さんに渡してもよかったんだが、俺は男を甘やかす趣味は無いからな」

斎藤らしい言い方に、セイはくすっと笑って、いただきます、と手を伸ばした。

「本当に大丈夫か?」

どこか、心ここにあらずという風情のセイに、斉藤は重ねて問いかけた。
この弟分扱いの娘は、ちょっとやそっとの事では自分の悩みを口に出さないところがある。それを限界が来る前に聞きだしてやるのは、今でも総司より斉藤のほうが上手いのかもしれない。

「兄上……本当に大丈夫ですから」

しかしこの日は、それもうまくいかなかった。
困ったような笑みを浮かべて、セイはそれ以上何も言おうとしなかったのだ。

 

しばらくして、斉藤の姿は副長室にあった。

「駄目か」
「ええ。神谷からは何も聞き出せませんでしたが、様子は明らかに普段と違うようでしたので沖田さんから何か言われたのかもしれませんな」
「つってもなぁ……別に神谷が何かしたって訳でもない話だろうが……」

がり、と頭を掻きながら、土方も困惑を隠せない。

もちろん、丁重に誘いを断ることはできなくもない話だが、そこまで目くじらを立てるような話ではないだけに、とにかく理由を聞き出そうと斉藤に頼んだのだ。
つまらないことではあるが、弟分とその嫁に何かあるなら放ってはおけないのがこの兄分たちの性分である。

「仕方ありませんな。沖田さんにあたってみますか」
「面倒をかけるが、頼めるか?」
「あれは、私にとってもおと……妹分ですから」

そういうと、斉藤は副長室を後にした。

「帰りますよ、セイ」

夕方になって、仕事の終わった総司が診療所に現れた。セイは一瞬、その呼ばれ方に目を見開いたが、何も言わずに帰り支度を始めた。

日頃、屯所では総司はセイのことを“神谷さん”と呼び、セイも“沖田先生”と呼んでいる。なるべく、仕事以外の姿を皆の前で出すことのないように気をつけているのだ。

しかし、無意識なのか、今日の総司はいつもと違っていた。
その様子にセイは急いで支度を済ませると、いつものように、総司に刀袋を渡さずに、自分の荷物を抱えて総司と共に屯所を後にした。

いつもなら、何かと話をしながら帰るのだが、その日は二人とも何も言わずにそのまま家に帰りついた。
何も言わずに総司が家に上がり、着替えをするのを黙って手伝ったセイは、夕餉の支度にかかろうとしたところに、屯所から夕餉が届けられた。

「私が頼んでおいたんです」

背後から総司が現れてそれを受け取ると、セイを促して部屋に上がった。

「話は後にして、頂いてしまいましょう」

セイは、何か言いたげだったが、ぐっと堪えて頷くと、二人は黙ってそのまま夕餉を取った。
食べ終わると、膳を下げて総司のためにお茶を入れてきたセイが総司の前に座ると、すうっと総司の目が細められた。

「あの、総司様」
「なんといわれても変わりません」
「どうしても聞いてくださらないのですか?」

 

これより幾日か前。
総司の非番に合わせるようにしているといっても、仕事の中身がまったく違うために、平時で怪我人や病人もいない時は、セイだけ休みをもらうことがあった。

そんな休みにたまたま、お里と外出していた姿を総司に見られてしまったのだ。髪を結い上げ、小袖姿で歩くところを。

セイは、こういう休みの間に、お里に頼んでいたのだ。先笄に髪を結い武家の妻女らしく、小袖姿になり、お里のツテで箏の琴を習っていたのである。

この時代、琴は専門職が弾くものであったが、武家の子女としては、たしなみとして習いつけている者が多かった。
高尚なものであるため、よほどの家格でなければその必要性は無いかもしれない。

武士として取立てになった場合、総司は一番隊の組長であり、局長の親衛隊長である。局長や副長とともに、幕府や、藩のお偉方との席も少なくは無い。
そんな場にセイが同席することなど、通常はまず無いかもしれないが、セイの場合は普通の場合と違い、隊の医師としての立場がある。

絶対 無いとは言い切れない。
そんな時、ただでさえ女としてのたしなみに乏しいセイのことだ。総司に恥をかかせることのないようにしたかったのだ。
急場しのぎに会津藩邸で叩き込まれた事を忘れないためにも、普段、結うことのない髪形にしても、小袖での振舞いにしても、セイにとっては必要な時間だったのだ。

しかし、総司は自分に黙ってそんなことをしていたセイに、怒った総司はする必要は無いと言い渡したのだ。

「聞く必要はないでしょう」
「総司様に黙っていたことは謝ります。でも」
「何を聞いても変わりません」

全く目を合わせない総司をみて、その怒りが深いことを感じる。
セイが怒ることはよくあるが、こうして総司が怒るときは静かに深いだけに手に負えないのだ。

セイは、話を聞いてさえもらえずにただ、黙りこむしかなかった。

– 続く –