水に映る月 2

〜はじめのつぶやき〜
義父だけどお父さんポイです。オッチャンだもんね

BGM:嵐 Happiness
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「義父上、ご無沙汰しております」
「おうおう、なんだよ。よせよせ。お前にそんなしおらしい妻女ぶった姿なんざ、似合わねぇよ」
「失礼な!ぶってるんじゃありません!」

思わず言い返したセイに、松本も総司も顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「……セイ」
「あっ……」

慌てて口を押えたセイに総司が苦笑いを浮かべた。
無理に妻女ぶった態度など気にしなくていいと思っているのは総司も同じなのだが、ほかのことはさておき、できる事だけでもと思うセイとは見事なまでにそこがずれている。

「お前らしいなぁ」

笑いながら松本が手にしていた大きな風呂敷を置いて腰を下ろした。すぐに立ち上がったセイは、台所に向かい茶の支度を始める。
総司は松本の前に腰を下ろした。

「今回は長い滞在でしたね」
「まあ、な。これと言ってやることもねぇんだが、立場上そうも言ってられねぇしな。それより、どれ。坊主の顔を拝ませてくれや」

ずいっと移動すると、寝かされている寿樹を抱き上げる。眠っている寿樹を膝の間に乗せて、揺すりながら愛おしそうに眺めた。

「この前見た時から随分また顔が変わったなぁ」
「ええ。もう毎日見ていても違いますよ」

義理とはいえ、親子の和やかな対面にセイも微笑を浮かべて二人の傍へとやってきた。盆に載せた茶と、茶菓子を勧めて総司の傍に腰を下ろす。

「んで?お前らは何をもめてたんだ?」
「もめてなんかいませんよ」

やんわりと総司が話を濁すのを微妙な顔で聞いていたセイが、口をへの字に引き結んだ。相変わらず、よく顔に出るセイに、にやりと笑った松本は、寿樹を膝の上から抱き上げる。

「なんだ、言いたいことがあったら言ってみろ。セイ。俺が聞いてやる」

ちらっと総司の顔を見たセイが、迷ったあげくに首を横に振った。いくら義父とはいえ、総司の立場を無視して話をすることはできない。
かわりに、総司がいくらか仏頂面でため息をついた。

「……そろそろ仕事に戻りたいっていうんですよ」

黙っていてもいずれは耳に入るだろう話だ。そう思った総司が口を開いた。松本ならばうまくすれば味方に引き込むこともできると睨んだらしい。

「私は、このまま家にいて寿樹を育ててほしいんですが……」
「私は、ややが生まれたからと言って、私がこれまでしてきた仕事を疎かにしたりしたくないんです」

新選組という場所において、医者の重要性は総司にもよくわかっている。
セイにも隊士達を理解して、対応しているという自負もあるし、それだけのことをこなしてきただけに辞めろと言われてもすぐには頷けないのだ。

「まあなぁ。普通に考えりゃ屯営の中に赤子を抱えた女がいるのはおかしいわな」

味方を得た総司がもっともだと頷く。普段は平和に過ごしていても、屯所だとていつ襲撃されるかもわからない。そういう場所なのだ。

「でも、それも含めて、寿樹には父の働きも、母の働きも見て育ってほしいんです」

そう言いだしたセイの気持ちもわからなくもない。
元より、並の夫婦ではないのだから今更、武家の家らしくしようとしても無理が出る。だったら、この二人らしい子供の育て方があってもいいという気もする。

「わざわざそんな真似をしなくても大丈夫だと思いますよ。親の姿を見て育つというのは」
「そうかもしれませんけど、でも」
「セイ。今この話をしなくてもいいでしょう」

ぴしゃりと遮った総司に、ぐっとセイが口をつぐんだ。二人の会話を眺めていた松本は、内心ほお、とお思いながらその様子を眺めていた。なんだかんだ と言いながらも総司をこれまでのような師としてではなく、家長として立てているセイも、総司の態度もやはり、寿樹が生まれる前とは微妙に違う気がする。

その変化を面白いと見ながらも、義父としての立場で一言投げかけた。

「まあ、俺は正直どっちの話も分かるし、どちらもありだとは思うけどな。それよりもまずは、許されるのかどうか、確かめるのが先じゃねぇのか?セイ が戻るのをあてにして待っているなら、お前さんがどう言おうと、寿樹を連れてでもセイは仕事に戻るべきだろうし、あちらさんが駄目だと言えば駄目だろう」
「あちらさん、って、局長や副長ですか?」
「他に誰がいる?」

本当はそこまで話を持っていく前に止めたかった総司は苦々しい顔をしていたが、セイが問いかけると剃りあげた頭に手を当てた松本が頷いた。

「俺もしばらく顔をだしちゃいねぇからな。屯所の方に近いうち、顔を出すと言っておいてくれ」
「承知しました」

おどけた軽口をたたいているが、松本が顔を出すからにはそんなふざけた話だけでもないのだろう。頷いた総司は手を差し伸べて寿樹を松本から引き受けると、茶を勧めた。

「そうやってる姿も様になって来たじゃねぇか。おっと、そうだそうだ。肝心の土産を忘れるところだったぜ」

そう言うと、傍らに置いていた風呂敷を引き寄せた。大きな風呂敷包みを開くと、山のような荷物が顔を見せる。

「まず、これが恐れ多くも上様から内々にいただいたかすていらだ。これなら母が食べて滋養になるだろうし、とな。ご辞退したんだが、どうしてもとおっしゃってな」

内々に、というからには表立ってのことではないのだろうが、それにしても恐れ多い。大樹公がこの手の甘味が好きなことは有名な話ではあるが、それにしても近藤や土方に話したものかどうか悩ましい土産である。

「う、上様って……」
「いや、まあ、当然お傍にいればややの様子はどうだと聞かれるわけだわな。爺になってどうだとかそして、我も何やら、とおっしゃるのをお止めするだけでも精一杯なんだな、これが」

ありがたいことではあるが、これもまた松本の立場もあり、喜んでいいやらである。
とりあえず、報告はすべきと顔を見合わせた総司とセイは頷き合った。

そのセイの目の前に今度は反物が出てくる。

「これは会津公からだ。それからこれが……」

確かに次から次へと出てくる土産に二人は呆気にとられて顔を見合わせた。

 

– 続く –