水に映る月 3

〜はじめのつぶやき〜
お土産をもらうのってきっとたくさんだったんじゃないですかねぇ。

BGM:嵐 Happiness
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和やかに話して松本が帰って行ったあと、大きな風呂敷から出てきた土産の山をどうするべきか悩んだ二人は、とにかく一度近藤と土方に報告することにした。

「ただ、頂いたというにはあまりに……ですしね」
「はい。私、後で何をいただいたか記しておきますね」
「お願いします」

部屋の奥へと風呂敷を運んでいくと、ちょうどおしめなのか腹が空いたのか、寿樹が泣き出した。

「総司様、すみません。今、行きます!」

傍にいた総司が寿樹を抱き上げると、手馴れた様子であやし始めた。すっかり抱き上げる姿も様になり、泣き出した様子を見てもそのわけがわかるようになった。
初めはセイがなぜわかるのかさっぱりわからず、慌てるばかりだったのだ。その時も同じように慌てた総司をよそにセイの落ち着いた声が聞こえてくる。

「ああ。おしめが濡れてるみたいですね。はいはい。すぐに取り換えますよ」
「セイ?今、抱き上げる前ですよね?」

台所に立っていたセイが、泣き出した寿樹の声をきいて急いで戻ると、すでに新しいおしめを手にしていたのだ。ただ泣いただけでなぜそれがわかるのか、抱き上げていてもちっともわからなかった総司が目を丸くして驚く。

「え?それ、驚くところですか?」
「驚きますよ。だって、あなた今、台所にたってましたよね?」
「ええ」

困ったような苦笑いを浮かべたセイは、総司の傍まで行くとややの傍に畳んでおいたおくるみのようなものを広げるとすぐ傍におしめを置いて総司から寿樹を抱きうけた。

いつの間にか落ち着いた母としての姿で手早く寿樹の着物を肌蹴ると、濡れてむずがっていたおしめを外して、新しいおしめをつけてやる。泣いてむずがっていた寿樹はおしめを外されたあたりで泣きが弱くなり、乾いたおしめをつけられているあたりでぐずぐずと泣く程度になる。

まじまじと総司が見ている前で寿樹を抱き上げると、片手で濡れたおしめを片付ける。手を洗い、奥で胸元をさっと拭ってきたらしい。

「総司様、ちょっとすみません」
「あ、はい……」

総司があいまいに頷くと、すぐに肩に手拭いを軽く乗せて胸元を覆ったセイが寿樹に乳を与え始めた。

「あの、お腹空いてるんですか?」
「いえ?おしっこした後だし、泣いてましたから喉が渇いたかな、と思って」

んく、んく、と勢いよく飲んでいると思ったら今度は片側へと向きを変えて、乳を含ませている。だが、それもセイの言う通り、腹が空いて泣いた時とは違って、すぐに口で遊ぶようになり、そうなるとセイも胸元を直して寿樹を肩に乗せて軽くその背を叩く。

「げぷ」

飲み込んだ息を吐きだした息子と、これだけ傍にいて、あれだけ不安気な様子だったのにいつの間にかすっかり母になっているセイにまじまじと見とれてしまった。
ぽかんと口を開けている総司に笑いかけたセイがくるりと回って息子を総司の方へと向けた。

「そんなに変な顔されなくても。総司様、後をお願いしてもいいですか?」
「ええ。もちろん」

そっと抱えていた寿樹を総司の腕に託すと、にこっと微笑んだセイが台所へ戻っていく。そんなセイの傍に寿樹を抱いてうろうろとしていた総司だが、今は違う。
さっと抱き上げた息子の様子を見て、手早くおしめを変えると泣いている寿樹を巧みにあやしている。

「すみません。総司様」
「いえ、構いませんよ」

事もなげな総司に、急いで奥から戻ったセイが部屋に入ってくる。
いくらなんでも総司に赤子のおしめを取り換えさせているなど、申し訳ないと思うし、土方などに見られたら大目玉をくらいそうである。総司の傍に膝をついたセイは、総司にあやされて機嫌を直して、見えているのかきょろきょろとセイの顔を見てにこにこと笑っている。

「待っていてくださればいいのに……」
「はは、赤子は待ってくれませんからねぇ」

セイは、寿樹の顔を指先で軽く触れてから総司の横顔を眺めた。

こうしていると、いつでもセイが屯所に戻ってもいいような気もするが、事はそう簡単ではない。すみません、といってセイが片づけをしている間に寿樹 をあやしていた総司は、泣き止んだ寿樹が大人しくなるとそっと寝かせて、庭にむかって大きく開け放っている縁側に腰を下ろした。

ぷちぷちと足の爪を切り始めた総司を見ながら、セイも文机を持ち出していただきものの目録を作り始めた。

「セイ?……聞いてもいいですか?」

庭を向いたまま、背後のセイに向けて話しかけた。これも今までの習慣というか、屯所でのやり取りからくる。セイは、筆を置いて総司の方へと体を向けたが、総司は相変わらず背を向けたまま話し続けた。

「なんですか?総司様」
「どうして、そんなに仕事に戻りたいんです?」

この家の実入りにしても日々の暮らしに困るようなことはない。他の隊士達以上に組長格はそれだけのものをもらっているし、特命や、出張があればその手当がある。あまり派手な贅沢はできなくても、十分なくらいではあるのだ。

「こういってはなんですが、町人でもなくあなたが働かなければ立ち行かないわけでもないわけですし、他で働くよりも大変な屯所にわざわざ戻る必要があるのかどうしてもそれがわからないんです」
「私が我儘を申し上げてるのかもしれないんですけど……」

申し訳なさそうなセイの声に初めて総司が振り返った。責めたいわけではない。ただ、どうしても頷きがたい気持ちがあるのも事実なのだ。

「我儘とは思ってませんよ。ただ……」

―― 私も簡単には譲れないんです

口に出せない想いを抱えた総司がセイの顔から視線を逸らして、再び爪を切るはさみを手にする。そんな総司を見ながらセイは無意識に座りなおしていた。

腰から頭の先までまっすぐに伸びた姿は自然と清三郎の姿に戻っていく。

「必要があるか、ではないんです。私は、今でも隊士のつもりです。総司様に、こうしてお傍に置いていただくようになっても、変わらずに隊士でいたい。先生の傍で、先生の盾になることはもうできないかもしれないけど、やはり……」
「……」

きゅっと、唇を噛み締めたセイは、無意識に『沖田先生』と呼んでいることに気付いてなかった。
例え、何が起きても、どんなことが起こっても、セイにとって、どこかで『沖田先生』であることに変わりはない。そして、長年想い続けてきたとおり、総司を守りたい。総司が本懐を遂げるためなら。

その想いは今も変わらないのだ。我儘だと、それを望むことは贅沢だと思いはしても、願う心は今も一つで。

総司の妻でいられるだけでもありがたいことだと思う。こうして子供にも恵まれて、何不自由なく暮らしていることも。
それでも、胸の内で燻るものがある。
セイは、大きく息を吸い込んで飲み込んだ。

 

– 続く –