水に映る月 5

〜はじめのつぶやき〜
どちらも大事だから譲れないんですよねぇ。

BGM:嵐 Happiness
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

実直で、どちらかと言えばまっすぐな近藤は、朝礼の間も妙に機嫌よく、いつも以上に気安げに声をかけていた。

「それじゃあ、諸君、武運を祈る!解散」

これと言った話もなかったために早々に解散を言い渡すと、傍にいた総司を急かして局長室へと戻った。

「そんなに浮かれるようなことかよ」

自分が近藤と同じくらいそわそわと落ち着かないことを悟られたくないのか、呆れた口調で近藤の後をついていく土方は、いつもより不機嫌そうに見えた。羽織の袖口に腕を入れて、仏頂面で歩く土方に、ぷっと近藤は小さく笑った。

「なんだよ」
「お前、自分が思うよりも存外、芝居が下手だって気づいてるか?」
「なっ、俺は芝居なんか!」

ばん、と勢いよく土方の背を近藤の大きな手が叩いた。

「お前がそんな顔をしているときは、機嫌が悪いと皆が思って傍に寄ってこない。だから、余計な雑事も増えずにこれでゆっくり、神谷君と寿樹の顔が見られるな。うん」

訳知り顔で頷く近藤に、かっと耳だけが赤くなった土方は、そそくさと近藤を追い抜いて歩き出す。

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。近藤さん」

―― なんだって俺が女子供に会うのが嬉しいっていうんだ。そんなわけがあるか

自分自身に言い聞かせるように、胸の内で呟いた土方は近藤の笑顔をじろりと振りかえるとバツの悪そうな顔で顎をしゃくった。

「俺の事なんかどうだっていいから早く来いよ。余計な仕事が入る前に、むにゃ……を部屋によばねぇと、ぞろぞろ集まって来るだろ!」
「はは。そうだな」

笑いながら近藤は大股に足を早めた。

近藤に急かされた総司は、一足先に診療所の小部屋を目指していた。目指すと言っても、表からではなく、診療所を回って声をかける。

「沖田先生!お人が悪いなぁ。前もって言ってくださっていればよかったのに」

診療所に足を踏み入れると、小者達が一斉に顔を向けて詰め寄ってきた。だが、その顔は怒っているというより、悔しさと嬉しさの混ざった顔で皆、一様ににこにこと笑っていた。

「あの、皆さんはもうあったんですね」
「もちろんですよ。まだ寿坊が眠たいようなので、神谷さんがあやしている間に眠ってしまいましたけどねぇ」

産後の肥立ちが悪かったセイだが、何とか回復をすると、出産からほとんど限られたものしかセイと寿樹の顔を見たことがないまま、家へと引き移って いったのだ。あれだけの事件の後、ややを産んだセイの事は皆が気にかけていたが、総司の不在に、家を訪ねることも憚られるし、かといって、非番の折では水 入らずを邪魔するということで、この数か月、皆が悶々とじれったい思いで日々を過ごしていたのだ。

「すみません。単なる報告とご挨拶なので、あまり目立つ事はしたくなかったんですよ」

ひょうきんものだが、人の前に立って何かをするより、総司は人やその場を盛り上げることの多い性質である。まして、セイと寿樹を連れてくる事が事前にわかっていれば、何かにつけて酒だ、宴会だと騒ぎたがる輩が多い場所だ。
とんだ大騒ぎになりかねないではないか。

総司の声を聞きつけて、寿樹を腕に抱いたセイが奥から姿を見せた。

「沖田先生。あやしている間に眠ってしまいました」

声を落としたセイがとんとん、と同じ拍子で赤子の背を優しくたたいている。その姿に誰もが一瞬、ほうっと顔を綻ばせた。

「そうでしたか。じゃあ、そっとそのまま起こさない様に行きましょう。荷物は私が持ちます」

向こうですか?と指さした総司に頷いたセイは、小部屋の方へと総司の後に続いた。病間を抜けて小部屋に入ると、セイが懐かしくあちこちを引き開けていたらしい。手近な戸棚が少しだけ開いていて、総司はそばを通りざまに片手でぱしんとそれを閉めた。

大きな風呂敷包みを抱え上げると、部屋を覗いていたセイを振り返る。

「いきましょうか」

こくりとセイが頷くと、総司を先に通し、その後からセイが続いた。診療所の入口からあたりに首を振ると、全体稽古の始まる時間でもあり、皆着替えて、道場へと走っていく。
今なら、誰かに見咎めだれることもないだろうと思った総司は、セイを促して局長室へと向かった。

「入ります」

すでに話してあるため、それだけを短く告げると、待ちきれないとばかりに障子が開いて、急いでセイはその中へと滑り込んだ。

「神谷君!いやぁ、すっかり見違えてしまったよ。髪型が少し古風だが、すっかり見違えたじゃないか」
「ご無沙汰しております。局長、副長」

幾度か様子を見に、近藤や土方、斉藤や原田達は総司の家に来ていたが、改まって挨拶をするのは久しぶりである。
寿樹を抱いたままとはいえ、丁寧にセイが頭を下げた。
家にいる時とも違い、きちんとした姿でセイが姿を見せるのも久しい。

近藤の言うように、髪型こそきちんとしたものに結い上げた訳ではないが、その顔は以前のような元気溌剌というものとも違う、落ち着きを見せていた。

「おかわりございませんか?」
「当たり前だ。かわりがあってるなものか」

尊大な態度でじろりとセイを見た土方だったがその目はいつになく穏やかに見えた。セイとその傍に総司が控えると、改めてセイに抱かれている寿樹に視線が向く。

「すっかり大きくなったなぁ」

すやすやと眠っている寿樹を近藤が覗き込むと、セイが腕を伸ばした。近藤の大きな腕にそうっと寿樹を乗せると、生まれたばかりの頃とは違う様子に目を細める。

「毎日抱いているとそうでもありませんけど、やはり違いますか?」
「いや、全く違うだろう」
「アンタは自分の子供もろくに抱き上げたこともないくせに、何言ってやがる」

ぎこちない仕草で寿樹を抱いていた近藤にちっと舌打ちをした土方が横から腕を伸ばす。無言の仕草で二人の間に戦いが起こり、もうしばらくは仕方がない、と土方が腕を引くと、わざとらしく咳払いをした。

「……で?」
「……はい。えと、義父が大阪から戻って、沢山の頂き物をいたしましたのでご報告にと思いました」

総司が呼吸を合わせるように、風呂敷包みを押し出すと山のような頂物を広げた。その山に近藤と土方もわざわざ報告など、と思っていたが呆気にとられている。

「わざわざご報告に上がりましたのは実は……」

セイが総司を振り返ると、一つ膝をすすめた総司が口を開いた。

 

– 続く –