風こよみ 6

~はじめのお詫び〜

あれ?……おかしいな。総ちゃん、セイちゃんらぶらぶ話のはずが……まがるまがる。。。。(汗
BGM:GReeeeN 愛唄
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

いくら病間とはいえ、平隊士と土方を並べて寝かせるわけにはいかない。

病間の奥の間に床を用意して、土方にはそこで休んでもらった。梅雨の合間の風邪であるから、他の者も含め咳をしたり長引くようなものではない。熱が高いだけなので、ゆっくり休んで熱を下げればそれまでのことだ。

昨夜は小者に沼尻の世話を頼んで帰ったが、今夜は土方と沼尻の世話はセイが診ている。

夜半、一番隊が巡察に出ている間に、セイは控えの間で書き物をしていた。

それは、セイが戻ってから新しい目で隊の中を見て、気づいたことを書き留めておいたものだ。それを書き直している。

総司が巡察から戻るまではと思い、灯りをつけて書き物に集中していた。

 

かたん。

 

診療室の方から音がする。毎朝診療所の中を掃除するときに気づいたこと。

きっと今夜も現れると思っていた。

そっと足を忍ばせて、眠っている副長のいる部屋から病間を抜けた。そっと診察室を覗くと、紙蜀を手にした影が動いている。

「何をしてるんですか?池田さん」

セイが静かに襖をあけて、後ろ手に閉めると声をかけた。びくっと灯りが震えて、黒い影が振り返った。

「か……みやさん?」

平隊士の隅々まで幹部職以上のものの細かい動向が知れているわけではない。今夜、セイが泊まっていることは知らなかったらしい。驚いた顔をしているのはわかるが、言い訳までは出てこない。

「そこには何もありませんよ?劇薬の類もそこには置いていません」
「……」

呼びかけられた池田は、紙蜀を傍においてあった手燭に火を移すと、紙蜀を放り出して、セイに飛びかかった。押し倒されたセイは、抑え込んでいる池田を見上げた。

「ふん。如心選とかで隊をやめ、沖田の妻になった女が生意気な。何が医者だぁ?お前をヤルか、連れていけば幹部どもが大慌てになるかもしれんな」

ギラギラとした眼で、それまでの陰鬱で物静かな様子とは一変して、獣のような顔をしている。

ふう、と息を吸いこんだセイが腕を動かそうとした瞬間。

背後から低い声がかかった。

「池田」
「ふ、副長!」

夜着のまま現れた土方は腕を組んだまま襖に寄りかかっている。疑わしい行動をとるものの名前は常に上がっている。その中のひとりである池田が行動を起こしているのを見て、さも面倒臭そうにその様子を見ている。

「てめぇ。とうとう尻尾をだしたみたいだけどな。お前が押さえ込んでる奴を分かってんのか?」
「けっ!!新撰組なんざ、お稚児趣味の」
「だぁれがお稚児趣味だっつーの」

原田と永倉が診察室の入口から現れた。土方と違って、二人は抜き身を引っさげている。

さすがに二人の組長の登場に怯えた池田はそれでも、押し倒していたセイの胸倉を掴んで引き起こすと、脇差を抜いてセイの首元にあてた。

「それ以上やると、ただではすまんぞ」

ぼそりと土方が立っている脇から低い声が投げつけられた。斎藤が腕組みをしたまま土方の後ろから入ってきた。

「いい加減にやめておけ、池田」
「う、うるせぇ!俺はこいつを連れて……」
「先生方!!!」

それまで黙って押さえ込まれていた、セイが突然、怒鳴った。

「うぉ……やべぇ」
「だから神谷が怒るっていったじゃん!」

原田と永倉の背後から藤堂が顔を出した。セイは、自分の首にあてられた脇差をものともせずに現れた男たちへ怒りをぶつけはじめた。

「ほっといてくださいっていいましたよね?!だから原田先生の春画本をおまささんに内緒で置いてあげたし、永倉先生の祇園のツケも待ってもらうように交渉してあげたし!!土方さんの風邪も内緒にしていたし、兄上の大好きなお酒だってここに置き場所作ってさしあげたじゃないですか!!!」

「お、おい!!お前、わかってんのか?!この脇差がっ」

男達が、あっ……という顔をしたのはすでに遅く。

「うっせぇんだよ!!!」

叫んだ瞬間、セイの肘が池田の鳩尾に深くはいり、脇差を掴んでいた腕を掴みあげると、捻りあげて膝を突かせる。池田の背後に素早く回り込んだセイは捻りあげた腕を思いきり引き上げて、池田の利き腕の肩をごきっという音とともにあっさりと外した。

「ぎゃあっ!!」
「「「あ~あ……」」」

池田が外された肩の痛みに声を上げるのと同時に、男たちが一斉に天を仰いだ。

その行動とはまったく同期しない勢いで、セイが怒った。

「先生方の嘘つきっ!!」
「「いや、ちょっと待て、神谷!!」」

慌てた男達が、セイを宥めようとしたとき、巡察を終えた一番隊が帰ってきた。今度は、セイがさすがにそれ以上ごたごたと怒っているわけにはいかなくなって、池田を原田達に突き出した。

「これ!!さっさと連れて行ってくださいね!!」
「「わ、わかった……」」

いくら放っておけと言われても、彼等は、彼らなりにセイを心配してのことだとわかっていても。

これはないだろう。

怒りが収まらないセイを宥めるのはどっちだという顔をしながら土方が先に口を開いた。

「あー……神谷」
「なんですかっ」

つっかかるような言い方だとわかってはいても、怒りが収まらなくて。

きっと土方も斎藤も呆れているだろうと思いはしても、素直にありがたいという気持ちにはなれなかった。

そんな土方の横に立っていた斎藤は、黙って部屋から出て行き、おそらく巡察後に来るはずの男に、前もって事情を話にいった。

残された土方は、結局俺かよ、とぶつぶつ零しながら、セイに話しかけた。

「誰もお前を信用してねぇわけじゃねぇよ」
「わかってますっ」
「総司が傍にいない間だけ、あいつらもお前を気遣ってただけだろうが」

わかってる。わかってはいるのだ。

でも、どうしても、一人で立ちたいと思っているのに、この優しすぎる男たちは自分に手を差し出すのだろう。

 

それは、強い輝きを放つ本人にはどうしても理解できないものだったのかもしれない。

土方にしてもそうだった。

日中であれば、誰かの目もあり、屯所内には総司もいるとなれば、放っておいても大丈夫だろう。だが、夜番で総司が不在のなか、いくら屯所内といえど、この診療所に一人置いておくことはできないのだ。

今、こうしてセイを幹部待遇としても、セイに邪心を抱くものからすればいくらでもつけいる隙はあるのだ。まして、池田のように、間者として入り込んでいる輩の場合は、もっとそうである。

セイを害することで自分たちへ打撃を与えることになるということを、すでに自分達が認めているのだから。

守ると決めたからには、自分達はこの娘を必ず守る。

「神谷。こういうことも覚悟のうちだろう?今更引き返すか?」
「そんなんじゃありません。いいんです。わかってますから」

悔しそうに顔を歪めるセイをみて、土方は自分のための寝床に引き上げることにした。どうせ、隊士棟では原田達に総司が噛みついているはずだ。

ふと思いついて、土方は大股でセイに歩み寄ると、ひょいっと抱え上げた。

「え?え?副長?!」

この建物は外側の廊下を使えばどの部屋も通ることなく出入りできるが、奥の小部屋だけは外からの出入りと、病間からの続き部屋を抜けないといけないようになっている。

土方は呆然としたセイを小部屋に連れていくと、さっさと自分は隣の部屋に引き揚げた。

そのうちに、隣の部屋から言い合うような囁き声となだめる声を微かに聞いて、土方は満足したように眠りに落ちた。

 

– 終わり –