甘甘編<長>惑いの時間 3

〜はじめの一言〜
大人路線でございます。
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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夢の中で何度も額の手拭を替えてくれる土方に、セイは半分眠りながら何度も礼を口にした。

「すみません……、ありがとう……ございます」
「いいから寝ろ。水は飲めるか?」

時折、吸い飲みで水を飲ませてもらい、夢現の状態のままで一晩を過ごした。

 

翌朝、起床時間になってもセイは起き上がれなかった。

「おはようございます。土方さん」

朝一番で総司が副長室に現れた。昨日、セイの顔色がひどく悪いことに気づいていた総司は心配で現れたのだった。

「おう、総司か。ちょうど良い。ちょっと手伝え」
「はい?」

土方はすでに着替えて自分の床も片付けていた。その部屋に総司を呼んだ。

「総司、お前そっちから布団を引っ張ってこい」

総司が言われたとおり、襖の開いた局長室の方へ行くと、セイがぐったりと眠っていた。
まるで土方のように眉をひそめて、総司はセイの眠る布団を引っ張って副長室へ移動させた。

「いつからですか?」

土方を振り返って総司が聞いた。土方は桶に張った水を取り替えていた。

「昨日の夕方からだ」
「医者は?」
「診てもらって薬はもらってるみてぇだがな」

総司はセイのすぐそばに座って、土方が持ってきた桶に手拭を浸すと絞りあげた。その手でセイの頬に触れると、とても熱い。

「土方さん、私は今日は非番なんです。神谷さんについていたいんですが」
「好きにしろ」

土方は、そういうとさっさと部屋を出て行った。

 

総司がセイの傍で手拭いを替えていると南部が現れた。

「南部先生」
「おはようございます。沖田先生。土方さんから急ぎの文をいただきましてね」

そういうと、総司が場所をあけたところに南部が座った。

―― いつの間に。

総司はそう思った。居なくなったと思ったら、南部を呼びに行っていたのか。
セイの脈をとって、首筋に手を当てる。往診用の薬籠から聴診器をだしたところで、南部が手を止めた。

「申し訳ありませんが、沖田先生」
「あっ!ああ、そうですね。すみません。終わったら呼んでください。部屋の前にいますから」

そういうと、総司は急いで部屋を出た。障子を閉めてその前に座る。
普段、元気なセイだけにこんなひどい風邪は今までになかった。苦しそうな姿が脳裏に浮かぶ。

―― あんなに苦しそうだったのは初めて見た。

総司は瞑目したまま、南部の診察が終わるのを待った。

 

 

「沖田先生。お待たせしました」

内側から障子が開いて、南部が顔を覗かせた。立ちあがった総司は、南部について部屋に入った。

「どうですか?」
「うーん、だいぶひどいですね。風邪をこじらせてしまっているようです。これ以上熱が高いと……」
「高いとどうなんですか?」
「他に影響が出る場合があります。とにかく、神谷さんの熱を下げるのが先ですね。お渡ししていた薬ではなくて、こちらを飲ませてください」

南部が熱を下げる薬を総司に渡した。そこに土方が姿をみせる。

「南部先生、お手数をおかけしてます」
「土方副長」

部屋に入った土方は、南部に向かって頭を下げた。南部もそれに応じて、先ほど総司にしたものと同じ説明を繰り返す。
土方は頷くと、総司にそのままついているように言って、南部を伴って局長室へ移動した。

 

総司は、そっとセイを揺り起こした。

「神谷さん、神谷さん」
「お……きた……せんせ……」
「ええ。少しだけ頑張ってこのお薬を飲んでください。そうしたら熱が下がって楽になりますよ」

総司がそういうと、セイが少しだけ口を開いた。総司はその口に南部からもらった丸薬を入れた。すぐに吸い飲みをあてがうと、こく、とセイの喉が鳴った。
はあ、と苦しそうにセイが息をついた。

「喉が渇いたでしょう?もっと飲みますか?」

そういうと、セイが微かに首を振った。

「ずっと……副長が……」
「土方さんが?」

こくりと、セイが頷いた。総司が目を見開いた。

「ずっと……ついていてくださって、手拭いを替えてくださって………おみ…ず……飲ませてくださいました」

あの土方ならするだろう、という思いと、他のものに委ねずに自分が面倒を見るなんて、そこまでセイを大事に思っていたのかという驚きがあった。

「そう……ですか」

総司は、セイの額の手拭を取り替えて、再びその頬に触れた。

「沖……田先生……、隊務……」
「私、今日は非番なんです。だからずっと傍についていますよ」

嬉しそうにセイは笑うと、再び目を閉じた。
その寝顔を見ながら、総司は心の中で複雑なものを感じていた。あの土方がそこまでしたのかという思いが、もやもやと燻っている。

―― これは……私の土方さんへの悋気だ

総司はきつく唇をかみしめた。

 

 

– 続く –