甘甘編<長>惑いの時間 2

~はじめの一言~
大人な土方さんをお好みの方へ。
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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忙しいとはいえ、どうしても今日の今日で行わなければならないこともないと思いきった土方は昼餉を済ませると、ごろりと横になった。

「お疲れですか?けほっ、すみません。副長」
「ああ。ちょっと考え事をしたいからお前も休んでていいぞ」
「分かりました」

セイはそう言うと、軽く喉の奥でくすぶっている咳を堪えながら、副長室を出た。土方の小姓であるセイにとって、自室というものはない。
土方が休んでいる間にいる場所もないので、ふらりと散歩に出ることにした。

土手にむかってぶらぶらと歩き、頃合いの場所を選んで座った。日差しも程良く、暑すぎず爽やかな秋風が心地いい。

風邪のせいもあるが、久しぶりに空を見上げてゆっくりした気がした。ぼーっとしていただけで眠っていたわけではないのだが、あっという間に時間が過ぎてそろそろ七つになろうかという時刻になって、セイは陰ってきた陽ざしにそろそろいいか、と立ち上がった。

土方がどのくらい昼寝に費やしてその間の考え事の結果で仕事をしているのかわからないが、夕刻には幹部会が開かれるはずだった。その前には戻っておくべきだろう。

ゆっくりと屯所に戻ったセイは、いくら心地よいとはいえ、一刻も風邪をひいているのに土手で風に吹かれていたことを後悔することになる。

 

七つ半から始まった幹部会は、滞りなく進み、セイも書記として片隅で会の議事をしたためた。幹部会が終わると、皆が去った副長室を整えて、夕餉の支度にかかった。

賄い所から膳の支度とお櫃を運んでくると、茶の支度を整えたところに土方が着流し姿で座った。

「今日は少しはお休みになれましたか?」

無言で給仕をするのも憚られるので、セイは午後の自分がいない間に土方が休めたのかと問い掛けた。しかし、土方はどこか心ここにあらずという在り様でセイの方を見ている。

「副長?どうかされましたか?」

セイが不思議に思って問い返すと、いや、とだけ応えてそのまま夕餉に向かった。いつもは淡々と膳に向かうはずの土方が、何か言いたげに時折セイの方 をみては、膳に戻る、ということを食べ終えるまで繰り返していた。食後のお茶を入れたセイが、お櫃と膳を下げようとするのを土方が止めた。

そのまま立ちあがると、廊下に出て、誰かいないか?と、他の隊士を呼んだ。

「なんでしょう?」
「ああ、すまんが俺の膳を下げて神谷の分を粥にして持ってきてくれるか?」
「神谷、具合悪いんですか?」
「ああ、ちょっとな」

分かりました、といって、平隊士が去って行った。廊下で話をしていたので中にいたセイには聞こえていない。
なぜ、膳を下げることを他の隊士に任せたのかわからないまま、セイは食後の土方が、いつ休んでもいいように、火鉢を動かして床の支度をした。

土方も特に何も言わず、茶を飲みながら文机に向かっていると、しばらくして先ほどの隊士がセイの分の膳を持って戻ってきた。

「失礼します。副長」
「おう。いいぞ」

平隊士が副長室に入って、火鉢の傍にセイの膳を置いた。

「あれっ?」

セイが不思議そうに声を上げると、持ってきてくれた隊士は苦笑いを浮かべた。

「神谷、お前の分だよ。粥にしてもらってきたから食べられるだけ食べろよ」

そういうと、後で下げに来ます、と土方に声をかけて隊士は下がっていった。セイが驚いて土方を振り返ると、文机にむかったまま土方が言った。

「いいからさっさと食え。食ってさっさと薬を飲め。お前今、自分がどんな顔色してるか分かってるのか?」

顔も上げない土方が、とても“らしく”て、セイはくすっと笑いそうになった。冷たく見えて、この男がこうした気遣いをすることはもうわかっている。

「お心遣いありがとうございます。頂きます」

そういって、セイは運ばれてきた膳に向かった。確かに、一刻も土手にいたせいなのか、それとも日が落ちて寒くなってきたからなのか、幹部会が終わる頃から寒気を覚えていた。

全部とはいかなくても食べられる分だけ食べると、セイは手を合わせて御馳走様でした、と呟いた。それを待っていたのか、すっと土方が部屋から出て行った。
セイは、その間に自分の分の布団を用意しようと局長室の襖を開けた。ぞくぞくする寒気はだんだん腰のあたりから背筋に上ってくるようになっていて、さすがに自分でもこれはまずいと思い始めていた。

セイが床を用意している間に、誰かが来てセイの分の膳を下げてくれたらしい。副長室にはすでに膳はなく、セイは行燈の覆いをいつ土方が休んでもいいように準備した。
そこに、大ぶりの湯飲みを持った土方が戻ってきた。

「ほら」

差し出されたものに手を伸ばすと、それは卵酒らしい。熱い湯気を漂わせている。

「副長?」

どうやら土方自らが作ったらしいことに気づいて、セイは驚いて顔を上げた。照れくさいのかそっぽを向いた土方は、セイの顔を見ようとせず文机の上を片づけた。

「ありがとうございます」

そういって、セイは風邪薬と卵酒を口にした。飲んでいるうちにだんだん体が温かくなっていくのを感じて、セイの口からほぅ、とため息が出た。

ふと伸ばされた手がセイの額に触れた。ひんやりした手が気持よくてセイは、目を伏せた。

「やっぱりお前、熱あんじゃねえか。さっさと寝ろ!その分じゃ今夜はもっと熱が出るぞ」
「ご迷惑かけて申し訳ありません」
「良いから寝ろ。そこの襖は開けておけよ」

セイは、素直に頭を下げて先に休ませてもらうことにした。布団にもぐりこむと自分がひどく熱くて、だるくてすぐに眠りの中に落ちて行った。

しばらくして、土方が局長室のセイの様子を伺うと、すでに寝入ったらしいセイが、苦しそうな息をしている。薄暗い部屋の中で、セイの額に手を伸ばした土方は眉をひそめた。

そして、静かに部屋を出ると、幹部棟側の井戸端から水を汲んだ桶を持ってきた。手拭を取り出して冷たい水に浸すと、セイの額にそれを乗せた。
苦しげだった息が、はぁ、と吐き出されて、その冷たさにいくらか呼吸も和らいだようだった。

 

それでは足りないことに気づいた土方は再び部屋を出ると、今度は盆を抱えて戻ってきた。その上には、吸い飲みと水とが乗っている。

セイの枕元にそれを置くと、土方は襖を開けたままにして自分も床に入った。

その夜、土方は頻繁に起きだしてはセイの額の手拭を取り換えてやった。

 

 

– 続く –