濃厚編<長>惑いの時間 4

〜はじめの一言〜
黒総司でございます。
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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布団の中で二人のやり取りを聞いていたセイは、とにかく何とかしなくては、と晒しを元に戻すのに必死だった。もうすっかり目が覚めたセイは、内心で土方に毒づいている。

―― もう、副長の女好きは知ってるけど、なんでなのよ~!衆道嫌いじゃなかったの?!

自覚の乏しいセイは、自分がどれだけそそるような姿だったのかなどはまったく意識にない。客観的に見れば、一方的に土方を責めるのは可哀想なものだが、そんなことに気づいていないセイはひたすら土方を責めていた。なんとか胸元を整えると、そうっと布団から顔を出した。

すぐ傍に座っていた総司がじっとセイを見つめている。ふーっと息を吐くと、総司が口を開いた。

「で?何があったんです?」

ぎくっ。

まさか、土方に襲われかけていましたとは言えない。

「な、何がですか」
「あのねぇ……。貴女は起きているのに布団に潜り込んでるし、土方さんはあんなだし、何かあったと思うのは当然でしょう?」
「何、何って……」
「もう!どうせ帰ってきた土方さんの手伝いでもしようとして怒られたんでしょう?!貴女って人はどうして具合の悪いときくらい大人しく寝てないんでしょうね!」

勝手に誤解して怒っている総司を前にどのみち、説明できないためにすみません、とだけ答えた。総司は枕元に落ちていた手拭いを取り上げると、桶に浸して絞りなおした。
半分だけ顔を出したセイの額に手拭いを乗せる。

「私は土方さんの布団で休みますから、貴女も眠りなさい」

さらりと手拭いを乗せた額から髪をかきあげると、セイの傍から離れて灯りを落とした。

 

布団の中でセイはなかなか寝付くことができなかった。目を閉じると土方の唇の感触や触れられた感覚が蘇るようで、総司が傍にいることがより一層羞恥を感じさせた。
あれがもし、総司だったらと思うと、頬が熱くなって眠れるものではない。

何度も寝返りを打っていると、それに気づいた総司がそっと起き出してセイの隣の畳の上に直に横になった。

「眠れませんか?」
「えっ、わっ、沖田先生、だめですよ。ちゃんとお休みになってください」
「だって、貴女さっきから寝返りばかりで眠れなさそうだから」

だからといって、この状況で傍にいられるとますます眠れるどころではない。

「だ、大丈夫ですっ」
「そんなことないでしょう?土方さんに叱られたんだったら大丈夫ですよ。明日一緒に謝ってあげますから」
「……謝ることなんかありませんけど」
「そうなんですか?まあ、いいですけどね」

ふっと暗がりの中で総司が笑った気配がした。それと同時に布団ごと腕を回されて至近距離に総司の顔が来る。

「やっ、ちょっと、沖田先生!そんなに近づいたら風邪うつっちゃいますよ!」
「このくらいじゃうつりませんよ。土方さんじゃあるまいし。いいからお休みなさい」

ぐっと言葉に詰まる一言を投げかけられて、セイはそれ以上の反論ができなくて黙り込んだ。

 

まさか見ていたわけでもあるまいに。

 

実は巡察から戻った総司は、すでに土方も休んでいるかと静かに部屋の前まで来て、僅かに開けた障子の隙間からセイに覆いかぶさっている姿を目にした。

「やめ、て……くださ……い。……くちょ……」

拒否しながらも甘やかなセイの声に頭に血が上った。
ただ、なぜかそこに踏み込むことができずに、静かにその場を離れると改めて足音を響かせながら部屋に向かったのだ。
務めて平静を装っていたものの、総司もひどく動揺していた。それが土方相手だからなのか、相手が誰であれセイのあんな声を聞いたからなのか、自分自身でも分からなかった。

どう表現していいか分からないもやもやしたものが心の中で暴れていて、平静どおりの態度でいても、うっかり余計な一言を差し挟んでしまった。

―― とにかく、朝になれば。

そう思ったのは、土方だったのか、セイだったのか、総司だったのか。

 

翌朝、一番初めに目を覚ましたのはセイだったが、しっかりと回された総司の腕にそっと抜け出すことができずにじっと天井を眺めていた。
抜け出そうとして体を動かしたところ、ぐっと眠っているはずの総司の腕に力が入って離れかけた体が引き戻されたのだ。
しばらく時間を置いてから再び、体を動かすとぐいっと引き戻される。その腕に手を添えて何とか抜け出そうとすると、眠っていた総司が目を覚ました。

「……おはようございます。早いですね。神谷さん」
「おはようございます。沖田先生。ちょっと離していただけませんか?」
「駄目です」

即答されて、セイはうっと言葉に詰まった。

「どうせ貴女のことだから熱も下がったことだし、普通に動こうとしていたりするでしょう?」

先を読まれて突っ込まれると、セイは言い返せない。それでも、いずれ土方も起きてくるだろうし、このままここで寝ているわけには行かない。

「大人しくしてますから、とにかく起きたいんです。顔を洗ったりとか厠とか行きたいし」
「ああ。じゃあ一緒に行きましょう」
「いやいやいやいやっ、とんでもないですっ」
「まあ、いいからいいから」

そういうと、確かに総司は腕をどけた。しかし、掛け布団を退けるとひょいっとセイを抱き上げた。

「ちょ、ちょっ!!一人で歩けます~!!」
「何言ってるんですか。夕べあんなに熱があったんですよ?」
「それでも大丈夫です~!!」

完全な女子扱いにセイが赤くなるが、総司は逆に寝起きだというのにご機嫌でセイを抱えたまま歩く。厠まで連れてくるとようやくセイを下ろした。

「はい。どうぞ、いってらっしゃい」
「冗談じゃないです~!!向こうに行って下さい!!」

総司の背中をぐいっと廊下のほうへ押しやると、仕方なく総司が廊下の端に立った。一番遠い厠に入るととりあえず用を済ませて、昨日無理やり直した晒を巻きなおした。晒しで隠れる際の辺りに土方が残した赤い跡がぽつんとついている。
そこだけ余計にきつく晒しを締めて、着物を調えると厠から出た。総司の下へ行くと再び抱え上げられそうになって、慌てて身を引いた。

「沖田先生!本当に大丈夫です!もう皆起きてきますし!!」
「じゃあ、まっすぐ部屋に戻ってくれますか?」
「わ、分かりました……」

 

– 続く –