男羽織 後編

〜はじめの一言〜
ありゃー・・・以下略www突貫ですが、土方さんの大人の魅力~な風味です。

BGM:The Emotions ベスト・オブ・マイ・ラヴ
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恐縮しつつも、そのままにしておいても結局捨てられるだけだといわれれば、こんな高そうな店の食事だけに目を楽しませることも素晴らしく、セイは運ばれてくる食事を堪能した。

「すっごい美味しいです。やっぱりいいお店は違いますね」
「まあな。俺は酒が余り好きじゃない分、こういう店のほうが助かるがな」
「そういえば、副長はこういうお店ではお酒、飲まれるんですね」

先程来、他の酒豪達に比べれば上品な飲みっぷりとは言え、酒を飲んでいる土方を見て、セイが問いかけた。セイも少しだけ口にはしていたが、料理を楽しむ方が先だった。

「そりゃ、お前下戸の振りしても仕方ないだろう。飲めないわけでもないしな」

酌はいいと断られていたが、それでも時々手を伸ばして土方の盃に酒を注いでいた。逆に、セイもいくら温かくなってきたといっても、まだ肌寒い時期に冷たい水をかぶって、着替えたといっても浴衣姿である。
温まるから飲め、と言われて顔が桜色になるくらいは飲んでいた。

食事のシメに水菓子が出てくると、熱い茶がでて、ごゆっくり、と女中が下がっていった。酒と茶の支度が両方されているのが、気が利いている。

満腹とともに、人心地つくと、徐々に体が冷えてきて時折、セイは自分の腕をさするような仕草を始めた。一度、厠に立って、濡れたさらしも取り替えていたのだが、やはりまだ寒い。
無意識に動いていたセイに、土方は盃を膳に置いた。

「久しぶりにゆっくり昼を食ったな」
「そうなんですか?お食事の時くらいはゆっくりされた方がよろしいですよ」
「まったくだ」

言いながら立ちあがった土方は、セイの傍に来ると腕を掴んでセイを立たせた。

「副長っ?!」
「昼寝するから付き合え」

引きずられるままに隣の部屋に連れ込まれたセイは襟首を掴まれて、あっさりと羽織を脱がされた。
土方が布団の中にセイを押し込むと、自分もさっさと袴を脱いでもぐりこんだ。

動揺して布団の中で身動きもできずに固まっていたセイは、隣りに滑り込んできた土方にますます慌てふためいて、邪魔にならないようにと自分に言い訳して布団の端に移動しかけた。

「おい」
「は、はいっ!!」

ぐいっと腰のあたりを掬い上げるように力強い腕が回ってセイの体を引き寄せた。頭まで布団の中に隠れているセイは、顔が見えていたら耳まで真っ赤になっているところだった。

「風邪引かれたら困るって言ってるだろうが。こんなに冷えてるならさっさと言え」

ぴったりと懐に抱え込まれて、冷えたつま先は土方の足の間に挟み込まれてしまい、それ以上全く身動きができなくなってしまった。

「あ……の、大丈夫ですからっ!!」
「うるせぇ。俺は昼寝するんだ。お前も付き合え。命令だ」

―― そんな命令あるか!!

内心ではそう言い返したかったが、しっかりと抱きこまれた状態で下手なことを言ってばれては困る。セイは指一本動かすこともできずに冷や汗をかきながらぴったりと土方に寄り添って時間が過ぎるのを待った。

しばらくすると、日頃の疲れもあるのか、先に土方のほうが寝息を立て始めた。
このところ、伊東の襲来に神経をすり減らしていた土方にとっては、屯所ではない場所だというのに、安心して眠れるのは無意識のうちにセイが傍にいるからであった。

目を閉じていると、いつもの姿に疲労の色が濃く浮き出ている土方の顔を見上げて、セイはそうっとその腕から離れようと体を動かした。

「……ぅ」
「……!」

無意識のうちに、縋るように腕の中の温かさを求めた土方が離れかけたセイの体を再び引き寄せた。今度はその胸にセイが手をあてる格好になってしまうと、まるで女子が寄り添って眠っているようでさらに安心したのか、再び土方が眠りに戻っていった。

―― こんな風に、体に変調をきたしかねないほど疲れきって、神経をすり減らした副長なんて初めて見た

セイはそう思うと、離れるに離れられなくなって土方の腕を枕にしたまま、間近でその顔をまじまじと眺める羽目になってしまった。

セイには、伊東の襲来はいつものことで、それがとりたてて急に土方がこうして伊東を避けるほどに疲れていくには他に理由があるのでは、と思っていた。

そういえば、近藤にこんな姿を見せないのはまだしも、その他では唯一気を許しているはずの総司にさえ、最近では近くに寄らせないほど警戒していた。

そんな土方が無防備に眠っている姿に、セイは初めて総司が土方の事を脆い人だといい、可愛い人だと言っている事が身に染みてわかった気がした。本来 は、細やかで優しいからこそ、時に冷徹にもなれるし、その懐に入れた者に対してはとことんまで、愛情を示すこともわかっている。
ひどく不器用で、歪んでていても間違うことなくまっすぐ伝わってくるのは土方の本質なのだろう。

セイは、間近で見ると伊東にも引けを取らないくらい、長いまつげと整った顔立ちを眺めながら、温まって来た体にうとうとと瞼が落ち始めた。

夢に落ちかけながら、確かにこんな人が相手では、どんな女子も惹かれ、そして時に我儘を聞き、手に入らないと思っていても、食事だけでもと願うよう な女子も出てくるんだろうなぁ、とセイは思っていた。その中にはもちろん、自分は含まれてはいないつもりになっていたが、共感できるようになっているだけ でも、とうに惹かれていることには目をつぶった。

互いの体温に温められて二刻近く、深い眠りに落ちていた土方はひとりでに眠りの中から浮き上がるように、目を覚まして隣に眠る塊に一瞬、目を見張った。反射的に腕を振り払わなかったのは相手がセイだとすぐに認識していたからだ。

それから眠りに落ちる前の出来事を思い出して、そうっと腕を外すとセイを起こさないように床から抜け出した。

立ち上がって首を回すと、これまでの疲れが一気に噴き出したようにゴリゴリとひどい音がしたが、寝起きの割にすっきりと頭が軽くなっていることに気づいて、満足そうにまだ眠っているセイの姿を見降ろした。

 

女子とも武士ともいえる不思議な存在に。

 

誰も見ていないからこそ、不意にふわっととても優しい笑みを浮かべた土方が、セイの髪を柔らかく撫でて、梳かしてやった。
それから一人、袴をつけると静かに部屋を抜け出して階下へ降りて行った。

 

 

「失礼いたします」

部屋に来た女将の声ではっと目を覚ましたセイは、部屋に入って来た女将が乱れ箱にきちんと洗って火熨斗をかけられた着物をさしだしてくれたことで、 寝惚けていた頭がすぐに正気に戻った。頭を下げて、隅の方で着替えると女将は隣の部屋で茶を飲んでいた土方に熱い茶を入れ替えて待っていてくれた。

「私の手で申し訳ありませんが、御髪を整えないと……」
「ありがとうございます。お手を煩わせてしまって……」

いいえ、と涼やかに笑った女将が自分の髪から櫛を引き抜いて懐の手拭で軽く拭いをかけると、セイの髪を梳いて手早く元結いを結んでくれた。

「拭いましたけど、すこおし、女子の髪油のにおいがついてしまいましたら申し訳ありません」
「いえ、かまいませんよ。私のようなものでも、たまにはそんな粋なことがあってもいいですよね」

少しだけセイがおどけて答えると、茶を飲んでいた土方が振り返りもせずに一言を投げつけた。

「馬鹿野郎。お前のような小童には人の残り香を楽しむなんざ百年早いんだよ」
「はいはい。副長のように年中たしなまれていらっしゃる方には足元にも及びませんよ」

二人のやりとりに女将がくすくすと笑いながら、聞いている。セイの身支度が整ったところで、呼吸を合わせたように土方が立ち上がった。

「さあ、行くぞ。お前のせいで無駄に時間を過ごしちまった」
「まあまあ、土方様。そんなことをおっしゃらずに、またおいでになってくださいまし」

女将の後に続いて土方とセイは部屋を出ると、セイが支払いは屯所に回してくれるように頼み、二人は揚屋を後にした。予定より遅れて屯所に戻った土方 は、すぐに近藤のところへとむかった。経緯を離して、誤解のもとに娘が帰っていったことを離すと少しばかり残念そうな顔で近藤が笑った。

「なんだ、近藤さん。俺がその娘に手を出せばいいと思ってたのか?」
「思っちゃいないが、もし気にいればお前にもいい嫁がと思ってはいたさ」

向かい合った土方は、ここしばらくぶりに落ち着いた笑顔を見せた。

「嫁なんか俺はいらねぇよ。今は残り香を楽しむので十分さ」
「なんだよ。娘は帰ったんだろう?そんな艶っぽい話か?」
「さあな」

状況はさておき、このところの土方の様子に心配していた近藤は、穏やかな表情の土方にほっと胸を撫でおろした。

土方の黒羽織には、いつもセイが身につけている匂い袋の香のにおいが色濃く残っている。直接肌につけていたような状態に、移ってしまったのだろう。他人にはわからなくても内側に付いた香りが着ている本人には程よく香っていた。

 

残り香を楽しむのは男の羽織だけの艶めいた特権だと、土方が密かに微笑んだ。

 

– 終わり –