ないしょ、ないしょ 2

〜はじめの一言〜
いじっぱりというか、負けず嫌いを先生にたたきこんだのはこの人じゃなかろうか

BGM:
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「ほーお。面白い」
「土方さん……」

セイの宣言を面白がった土方がにやにやとその話に頷いた。どうにか止めようと思っていた総司をよそに、ぎりぎりと土方を見返したセイがびしっと蜜柑を握りしめて土方に向けて突き出す。

「絶対に教えていただきます!」
「お前が見つけられたらな」
「それまで逃げないでくださいね!」

誤魔化しも、嘘もなしでと約束を取り付けたセイは、手にした蜜柑を器用にくるりとむいて、半分にするとぱくっとそれを口に放り込んだ。
頬がむくれているときのように膨らんで、それを見ていた総司があまりの無謀さに呆れた顔になる。

「逃げるわけないだろ。お前こそ自分の未熟さに泣き入れんじゃねぇぞ」
「そんなことしません!絶対に見つけて見せます」
「だったら、期限をきるか。その間は時間が許す限りどんなことでも付き合ってやる」

どうせわかるはずがないという、余裕からくだらない遊びにめずらしく土方が乗ってきた。それなりに、男前だとか褒められたことに変わりはない し、苦手なものがセイにわからなければそれはそれで満足なのだろう。だが、さすがに付き合いの長い総司は、顔を曇らせて本格的に止めに入った。

「土方さんも神谷さんも。そんなことおよしなさいよ」
「うるせぇ。いい加減、こいつに俺の事をわからせてやる」

尊敬というよりも、鬼副長として渋々従っているように見えるセイに、わからせてやろうということは面白い。仕事での鬱屈を晴らす、恰好の遊び相手に思えた。

「そう言う事は馴染みの女性とでもですね」
「総司。うるせぇんだよ。妓とこんな真似して何が面白い」

そこだけは意見がぴたりとあう、セイが隣で思い切り頷いた。
威張り倒し、我儘もおおい土方の苦手を知れば、無茶なことも少しは言わなくなるかもしれない。そう考えたセイは、残りの蜜柑を手にしたまま、立ち上がった。

「そうですよ。沖田先生。そんなこと、私達が知らないところでされたって面白くもなんともないです。それより、時間が許す限りどんなことでも、っておっしゃいましたからね?武士に二言はありませんね?」
「ああ。掃除だろうが飯炊きだろうが、何でもやってやる。俺に敵わないことをお前が身に染みるようにな」

ふん、と鼻で笑った土方に向かって、確認を取り付けるとセイは失礼します!といって幹部棟から足早に消えて行った。
残された総司は、はぁ~、と深いため息をついてセイが残して行った蜜柑の皮に、自分がむいた二つ分の皮をいれてくるりと一つの形に戻した。

「もう、土方さんたら……。あの人がいくつ下だかわかってますよね?年下で遊ぶのも大概にしてくださいよ」
「それこそ余計な心配だ。俺は相手がどんなガキでも手を抜くことはない」
「それが大人げないって言ってるんですよ」

ここまでくれば何を言っても止めようがないことくらい総司にもわかっている。ポリポリと頬を掻いた総司は、肩を竦めて茶をすすった。

―― 全く困った人たちですねぇ

 

 
どすどすと歩きながら、セイは残った蜜柑をぽいっと口に入れた。

「あ」

―― せっかく沖田先生が持ってきてくださったんだった

粗雑な食べ方をしてしまった蜜柑の最後の一房をがっかりした顔で眺めたセイはそれでもぽいっと口に入れた。
あれこれと考えをめぐらせたセイはどこから手を付けようかと、思いつくことを数え始めた。とにかく書かれた文を見る限り達筆であることに変わりはない。妓にもてることも隊で一、二を争うことは誰もが認めるだろう。

「さて、そのほかっていうと……」

剣の腕前は、一、二を争うと言うことではなくても、腕が立つのはかわりないし、句作は他にやるものが多いわけではない上に、好みもわかれる。まして、うまい下手を判断できるようなものが屯所にはいないのだ。

「となると、残りは……」

あくまで日常の中で土方の苦手なものを探しているのだ。あり得ないようなものでは苦手とは言いきれない。あれこれと算段していたセイは、一つ思いついた事が思いのほか自分には有利なことでこれ以上ないと満足げに支度にかかった。

茶を飲んだ後、副長室へ戻った土方と、セイがいなくなったことで、総司が代わりに土方の仕事を手伝っていた。幼い時から土方の事を知っている総司は、そういえばと思い返す。

「ところで、本当のところ、土方さんの苦手なことってなんでしたっけ」
「教えねぇ」
「えぇ~」
「お前に教えたら神谷に教えてさっさと終わらせようとするだろ?」

絶対にばれない自信があるのか、にやっと不敵な笑みを浮かべている。セイが子供じみたことをするのは今に始まったことではないが、それにここまで土方が乗ってくるのも珍しい。総司にはそれが妙に気になっていた。

「そんなことはしませんけども、どうしたんです?土方さんらしくもない」
「さて、な」
「嫌だなぁ。意味ありげで妬けるじゃないですか」

総司の言いようにぞくっと背筋に寒気が走った土方が、心底嫌そうな顔で総司を振り返った。

「……お前。聞くのも恐ろしいが、その妬けるってのは」
「失礼しますっ!!」

土方が口を開いていたところに、勢いよく障子が開かれて、返答を待つ前だと言うのにセイが飛び込んできた。腕にたくさん抱えたセイが、目を輝かせている。

「副長!今日はそれほど忙しくないっておっしゃってましたよね?!早速、これを!」

どっさりとセイが運んできたのは、洗ったまま山になっている包帯だった。それを部屋の真ん中にどさっと下ろすと、その山を指さす。

「この包帯を巻いて片付けるんですけど、この通り、沢山ありまして、暇を見ては少しずつ巻いているんですが、どうにも追いつかないんです。せっかくですから、包帯を巻きとるのを比べると言うのはどうでしょうか!」

それがよくあることなのか、日常的なのかということはさておきにして、手先が器用でなければきれいに巻き取ることは当然できない。まして、屯所で使う包帯は太さも細いものから太いもの、晒状の太ももや胴体に巻きつけるためのものまでさまざまな種類がある。

それを絡まり合った山の中から解して、綺麗に巻いていくのはなかなか面倒で、かつ手先の器用さだけでなく、丁寧さも求められる。

これならどうだ、と自信満々のセイに向かって土方が手にしていた筆を置いて振り返った。

「神谷。そりゃ、お前の仕事だろうが。それを俺に手伝わせようってのか?」
「そうじゃありません。ただ、手先の器用さも必要ですし、それで一つ隊の仕事が片付いたらいいじゃないですか」

だからこそ、洗ってそのまま積み上げて行ったためにどんどん絡まっていき、いちいち使うたびに面倒になっていたそれを抱えてきたのだ。
傍で話を聞いていた総司が、眉を顰めて手にしていた書類を置いた。

「神谷さん。それはあなた……」
「止めるな。総司。いいだろう。やってやるよ。その代り、俺の方が上手かったらどうするんだ?」

総司が何かを口にしかけたところを強引に遮った土方がにやにやと腕を組んでセイを見る。こちらも全く負ける気などない土方の態度に、かちん、としながらもセイは強気に答えた。

 

– 続く –