ないしょ、ないしょ 3

〜はじめの一言〜
土方さんたら大人げないわぁ~

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「ええ?!私が負けたら何かしなきゃいけないんですか?」
「当たり前だろうが。俺は何を好き好んでお前に弱点を曝すために仕事を手伝ってやらなきゃならねぇ。そんな無駄をするくらいなら昼寝でもしてた方がましだろうが」

そう言われれば確かにそうともいえる。それならばと、思案したセイは一つの提案を持ち出した。

「今日私の方が負けが多かったら、今日の夕餉の後、お休みになるまで按摩をして差し上げます。その代りに私が勝ったら……。どうしましょう?沖田先生」

土方の弱点を知りたかっただけなので、その報酬となると咄嗟には思いつかない。困ったセイが総司に助けを求めると、総司が天井を仰いでやれやれと呟いた。

「馬鹿なことはおやめなさい。神谷さん」
「いいえ!でしたら、沖田先生と甘味めぐりをする軍資金をだしていただきます!それではいかがですか?」

休みをくれとか、給料を上げろとか、何か融通を聞かせろとか、そういうものを想像していた土方が、豆粒でもぶつけられたような顔になる。ゆっくりと背後に座っていた総司を振り返ってじっとりとした視線を送ると、総司が懸命に顔の前で手を振る。

「まさかっ!私じゃないですよ!」
「……だろうな。まあいい。それでよしとしよう」

勝負の中身が決まったところで、目の前に積み上げた包帯の山を見る。あちこち洗っても落ちない血の染みが点いているもので、本当に山のようにある。

それもこれも、屯所では、外科とまではいかなくても、皆、斬った張ったを繰り返している。手足の軽い傷に始まって、腕や足、太ももや胴体まで本当に体中、皆、怪我が尽きない。
だからこそ、細いものから胴に巻く晒のようなものまで、太さはまちまちなのだ。

長さもばらばらで、太さもばらばらとくれば、洗った後に巻いていく苦労も並ではない。徐々に時間に追われて、こうして山になっていくのだった。

今できている一山も、先日セイが非番の間に、一山片付けた残りの分なのだ。

「神谷さん。それにしてもあなた、これは」
「うるせぇ。総司。こいつが持ってきた勝負に余計な口出しするなよ?」

見届け役としての総司に余計なことは言わせないとばかりに遮った土方は、羽織を脱いで放り出した。

「で?こいつをどれだけ、どっちが早くきれいに巻き取るかってことでいいんだな?」
「もちろんです。仕上がりが汚ければ意味がありませんからね」

ふん、と鼻息も荒いセイに、やれやれと話を聞いていた総司は肩を竦めて見せた。どちらの味方をするつもりもないが、あまりに下らなさすぎる。人の事をとやかく言えた義理ではないが、馬鹿馬鹿しい話だ。

「はいはい。全く土方さんも神谷さんもどうかしてますよ。じゃあ、始めてください」

のんびりとした総司の言葉を合図にぱっと両側から手が伸びて、セイと土方が絡まり合った山の中から包帯を引っ張り出すと次々と巻き始めた。

セイにとってはそれは予想外の事だったと言っていい。総司は当然知っていたが、土方は呉服問屋に木綿屋への奉公の経験があったのだ。

セイが端の飛び出たものから引き当てて、ほぐしながら巻いていくのに対し、ざっと山を眺めて絡まった途中の部分をつまみ上げると、ささっと絡んだところを解いてしまう。そして、手早くきっちりと端から巻き上げていく。

セイがその手さばきに焦れば焦るほど、二人の間はどんどん開いていき、山の三分の一をセイがようやく巻き終わる頃には、土方が残りの包帯をきっちりと大きさごとに選り分けて巻き終わってしまっていた。

セイが最後の一本を悔しさに唇を噛み締めながら、巻いているところをにやにやと眺めていた土方は、俯きがちになってしまったセイの顔をわざわ下から覗き込んだ。
悔しさと、自分から持ち込んだ勝負だと言うのに、大差をつけて負けてしまったことに真っ赤になったセイに向かって、総司が勝負の終いを告げた。

「じゃあ、この勝負は土方さんの勝ちですね」
「くっ、こんなことなんでっ」

土方が生粋の武士ではないことはセイも知ってはいたが、総司のように試衛館の下働きをしていたのとは違って、土方にこんな特技があるとは思いもよらなかった。思わず、口から出てしまった泣き言に総司がポリポリと頭を掻く。

「土方さん。これはあまりに神谷さんがかわいそうだと思いますよ」
「俺はもともと何も言ってねぇ。こいつが勝手に苦手なものを探してやるって息巻いてきたんだろうが」
「それにしたって……。神谷さん。土方さんは若い頃、呉服問屋と木綿屋さんに奉公に出ていたことがあるんですよ。ですからこの手の布を巻く様な仕事は得意なんです」

目先の勝負に気をとられていたセイは先ほど総司が言いかけた何かをようやく知った。あ、と口をあけたまま固まってしまったセイに同情の視線を向けるしかない。

「だからおやめなさいと言ったのに……」

腕を組んで勝ち誇った笑みを浮かべた土方は、総司に茶を入れさせると機嫌よくすすりこんだ。

「まあ、当然と言えば当然だが、それでも勝った時の一杯は旨いな」

ぐぐぐと唸りながらどんどん頭が下がっていくセイをみて、およしなさいよ、と今度は土方の事を総司が諌めている間に、セイは巻き上がった包帯をがっと一息に抱え上げた。

「まだ!これ一つですから!また来ます!!」
「おう。遊んでやるぜ」

かかってこいと言わんばかりの土方にますます闘志を燃やしたセイが足音も高く副長室から出て行った。

 

むぅ、と散々にむくれたセイは医薬方の部屋で怒りをまき散らした。

「いくら副長だと言ってもですよ?大人げないにもほどがあると思いません?!こんなにっ」

いつも持て余す包帯巻をあっという間に終わらせてきたセイに、同情はするものの、副長である土方の弱点を知るために向かっていく者など屯所だけでなく、この京でもそう多くはいないだろう。そう思えばそんなセイの無謀さに呆れこそすれ、慰めようとする者などいなかった。

「まあ、そのですね。相手が相手ですから」
「だ・か・ら!!悔しい~~!!」

セイの絶叫が響き渡り、次の勝負がないかと部屋の中をぎらぎらと見渡しているセイに、苦笑いを浮かべた小者の一人がふと思いつきを口にした。

「じゃあ、あれはどうですか?算盤。神谷さんは勘定方でも敵わないほどよくつかうそうじゃないですか」
「それっ!!」

立ち直りの早さは隊、随一というだけはある。畳にべったりと座り込んでビシバシと、拳で怒りを叩きつけていたセイががばっと顔を上げた。

つい、たった今、悔しさに目を三角にしていたはずのセイの顔が、次の勝負になりそうなものを聞いてころりと変わる。
それを口にした小者の肩を掴むとぶんぶんと勢いよく揺さぶった。

「そうだよ、それ!!ありがとう!!すばらしい!」

叫ぶだけ叫んだセイがぎゅっと最後に小者を抱きしめると、飛び跳ねる様に医薬方を飛び出して行った。

 

– 続く –