ないしょ、ないしょ 4
〜はじめの一言〜
豆ごはん好きなんです。いつでもできる枝豆でやるのが好き。
BGM:
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勘定方に立ち寄ったセイは、算盤を二つ借り受けると、使い終わった台帳を一冊借りられないかと申し出た。
「そんなものどうするんです?」
勘定方の隊士にそう問いかけられるとセイは人の悪そうな笑みを浮かべた。手にした算盤がじゃらっと音をさせる。
「ふふ。それは秘密ですけどね。私が勝ったら後でこっそり教えてあげますよ」
セイの笑いがいつになく不気味で、逆らうのも恐ろしくなった隊士達は、もうだいぶ前の台帳を取り出すとセイに差し出した。
何度もめくったために、柔らかくなった表紙を手にしたセイが目を輝かせて、じゃあね、と言って監察方の部屋を出ていく。
ばしん、と閉めた障子には許可なき者の立ち入りを禁ず、の文字がひらりとはがれかけていた。
―― これなら負けないもんね
浮かれたセイが足取りも軽く幹部棟に向かうと、仕事をしている土方の後ろで総司が茶を飲んでいた。開け放たれたままの障子に、うっと、セイが足を止める。
「やれやれ。ほんとにまた来たんですね」
「きましたよ。そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。沖田先生」
手にしていた湯呑に、ふーっと息を吹いた総司にむかって、セイがむっとして言い返す。
先程も、土方が得意だと言う事を知っていて教えてくれなかった総司に対して、少しだけ意地悪だと思っていたセイは、算盤と台帳を背中に隠したまま、開いたままの障子の前に膝をついた。
「あなたがまた暴れながら来るかもしれないからって開けたままにしておいたんですよ。さっさと入ってきたらどうです?」
そういいながら、総司にはセイが次に何を持ってきそうかなど夕餉の献立を当てるよりも容易い。まさに自爆しに来たとしか言いようのないわけだから、言い方もつっけんどんになる。
そして、こちらはそれを見越したうえで面白がる傾向が非常に強い男、土方は少し待て、と言って、キリのいいところまで筆を走らせた。
「ところで神谷。まさかと思うが次に持ってきたのは算盤とかいわねぇよな?」
「な、なんでですかっ!?」
「さっきは不公平だのなんのと言いやがったから、一応教えておくけどな。薬の行商なんてのは行く先々で計算しなきゃならねぇ。携帯用の算盤も持ち歩いていたし、土方の家はもともと名主だ。当然、算盤仕事も山のようにあったからな」
―― やれやれ。土方さんも意地が悪いなりに、少しは優しいところもあるんですねぇ
黙って話を聞いていた総司は、密かにそんなことを思いながら、お茶のおかわりを入れる。試衛館においても、道場のやりくりには総司も土方と一緒に算盤をはじいていたことがある。いくら、貧乏道場とはいえ、毎月の入りと出くらいはちゃんとつけていたのだ。
ひく、と顔をひきつらせたセイが、頬をひくひくとさせながらじりじりと障子の影へと移動していく。かろうじて、背中に算盤を隠していたのが幸いなのか、それとも、そんなことさえ土方は知ったうえでわざと言ったのかはわからない。
「……出直してきますっ!!」
完全に障子の影に隠れたセイはぱっと立ち上がると、だだだ、と勢いよく駆け出して行った。
「ぶあっはっはっは」
「……土方さんって」
「みたか?総司。あの馬鹿、本当に俺に向かって算盤で勝負する気だったらしいぞ」
―― 気に入った相手はとことんまで苛めるんですよねぇ
小さく呟いた総司の一言は、土方の耳には入らなかったらしい。高らかに笑った土方の姿に、やれやれと思う。
「今頃、算盤にでも噛り付いて怒ってますよ?あの人」
さもありなん、と土方はますます高笑いを響かせた。
「くっそ~~!!あんのクソ鬼副長の意地悪!!」
勘定方の部屋に駆け戻ったセイは、部屋に入るなり、隅の方へとずかずか進んで、バシッと算盤を畳にたたきつけた。
先程からの出入りの様子にしても、何事かと思った勘定方の隊士達が集まってくる。悔し涙に暮れたセイが、悔しさに、叩きつけた算盤を握りしめた。
「えぇ~~?!副長の弱点ですか?」
「そうだよっ!!別に、それをネタにどうこうするわけじゃないけどっ!なんでも完璧にこなしすぎるのって、どうなのよっ」
人間一つくらいは弱いところがあってもおかしくない。そう言いたかったセイは、総司の予想通り、算盤の枠に噛り付いたセイは、意地になって何が何でも弱点を見つけてやろうという気になった。
「いや、神谷さん。それはいくらなんでも無謀ってものですよ」
「そうだよ。神谷、だいたいあの人が弱いところなんて思いつくか?衆道嫌い以外に思いつかねぇぞ?」
ううう、と唸りながら隊士達の止めようとする話を聞いたセイは、ぶんぶんと首を振った。
「そんなわけないっ!絶対にあるはずだもん!」
拳を固めたセイが、決意を新たにすると、止めようとする隊士達に、ありがとう、と言って勘定方の部屋を出て行った。
廊下に出たセイは、腕を組んで真剣に悩み始める。
包帯巻があれだけ上手いなら掃除や洗濯なども下手をすれば負けそうになることも考えられる。他にあるものといって、セイが張り合えそうなものというと悩んでしまう。
「うう~ん……」
「こんなところで、何を唸ってるんですか」
「沖田先生!」
唐突に声をかけられたセイは、はっと顔を上げた。
背中を丸めた姿で、いつになくだるそうに現れた総司は、大きく息を吐くとセイの頭に手を置いた。
「一体何を意地張ってるんです?土方さんの苦手なら知らないわけじゃないでしょう」
土方の苦手と言えば、酒と衆道、そして、なめくじである。それをあえて持ち出さないのには理由があった。
むぅ、と眉間に皺を寄せたセイは、少しの間考え込んでから口を開いた。
「それは、知ってることもあるんですけど……。でも、お酒の合うあわないは体質だってありますし、衆道だってなめくじだって、生理的に受けつけ ないものは仕方がないじゃないですか。私が知りたいのは、そういう事じゃなくて、こう、努力したら誰でも上手くなりそうなことなのに、意外と不器用でへた くそ、とかそういうのなんです」
妙なところで正々堂々というか、真面目なところがセイらしい。
―― まったく、この子は……
すり、とわずかに月代を撫でた総司は、渋々とセイに助け船を出すことにした。
「そういえば、今日は賄方が豆ごはんにするって言ってましたよ」
「豆ごはん?」
―― 沢山の豆をむくのは大変だろうなぁ
しらばっくれた総司がそう言い残すと、頭の後ろに手を組んでふらふらと歩いていく。その後ろ姿を見たセイは、大きなことで叫んだ。
「ああっ!」
これだ、と思ったセイは、今度は賄方へと走り出した。
– 続く –