ないしょ、ないしょ 7

〜はじめの一言〜
結局、副長の弱点って、局長となめなめとそれだけだったのかな

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

「……あの野郎」
「だから言ったじゃないですか。あの人はそんなひとじゃありませんって」
「ちっ」

舌打ちをして振り返った土方は、むすっとした顔で、膳に向うと黙々と食べ始めた。総司もにこにこと笑いながら飯を食べ始めた。かっかっと茶碗の音をさせて、あっという間に茶碗を空っぽにした土方は、ぬっと空っぽの茶碗を総司につきだした。

「なんですか?土方さん」

にやにやと笑う総司に向かって箸を握りしめた土方はむきになって怒鳴りつけた。

「おかわりだ!!お前もそのお櫃の中身、残すんじゃねぇぞ」
「はいはい。わかりました。土方さんも素直じゃありませんねぇ」
「それから……」

何かを言いかけた土方は、途中まで言いかけるとまるで夕餉が親の仇とでも言わんばかりに懸命になって、惣菜と共に飯を腹の中へと納めるのに必死になった。

「ごちそう様。おいしかったですよ。神谷さん」

わざわざ賄までお膳とお櫃を下げに来た総司と、ちょうどこちらも夕餉を終えて膳を下げに来ていたセイがばったりと顔を会わせた。

「そうですか。じゃあ、これ」

総司の手に竹の皮に包まれたものをひょいっと渡した。まだほんのり温かい。隙間から覗き込むと豆ごはんでできた握り飯だった。

「もうお腹いっぱい召し上がったと思うんですけど、沖田先生は食べられなかったから……」
「わぁ、ありがとうございます。じゃあ、ありがたく後で頂きますね」

懐に握り飯をしまった総司は、セイが小者から湯をもらいうけているのをみて、首を傾げた。

「神谷さん?」
「なんでしょう」
「それ、なにするんですか?」

手にはじゃらじゃらと音のする袋を手にしているセイが何をするつもりなのかと問いかけた総司に向かってセイが、手にしたものを持ち上げて見せた。

「これですか?」
「ええ。お手玉……じゃないですよね?」
「ええ。違いますよ」

小者に礼を言って、賄を出たセイはすたすたと幹部棟へと向かって歩き出す。その後に続いた総司は、歩きながらセイに話しかけた。

「ねぇ、神谷さん。どうして豆ごはんにしなかったんです?あんなにむきになってた土方さんの弱点がわかったんじゃありませんか」
「そんなの。……本当は、わかってますもん」
「は?」

少しだけセイの歩みが遅くなって、ひどく言い辛そうに抱えた湯と手にしていた袋を交互に見比べる。ちらっと総司を見上げたセイは、への字にした口を尖らせて早口でまくしたてた。

「だって、副長の弱点なんてすっごくわかりやすくて、誰でも知ってるじゃないですか。それより、ほかに変な弱点なんかあって困るのは私達のほうですからっ!」

くすくすと笑いだした総司がセイの顔を覗き込んだ。

「それで?土方さんの弱点ってなんなんですか?」
「決まってるじゃないですか。私達全部です」
「……はい?」

口を“あ”の形にしたまま総司が、眉間に皺を刻む。
その顔を見てセイがひどくいやそうな顔になる。

「なんですか、沖田先生。その左手でかいたような顔」
「ひどいなぁ。だって……、全部って、近藤先生だっていうならわかりますけど?」
「うーん……」

ひとつ唸ってセイは立ち止まりかけた自分に気づいて再び歩き出した。
慌てて総司が後を追う。いつもなら総司の後ろを歩くセイが前を歩き、前を歩くはずの総司がセイの後ろを歩いていく。

灯りのついた隊部屋の前を次々と歩いていき、渡り廊下を渡るところでセイが総司を振り返った。

「もちろん、局長の事も大事に思われてますけど、副長はきっと沖田先生に何かあってもものすごく胸をいためると思います。それが原田先生でも永倉先生でも、藤堂先生でも。……伊東参謀はちょっと、微妙ですけど」
「それを言うならあなただって同じでしょう?」

少しだけ照れくさいと言うより、嫌そうな顔になったセイが渋々頷いた。

「だから、初めから弱点なんかほかにないってわかってたんです」

そう言うとセイは湯が冷める、と言って副長室へ急ぐと、廊下に手を着いて、中にいる素直じゃない部屋の主に向かって呼びかけた。

「副長、入ります」
「お、おう」

長着姿で横になっていた土方が、上体を起こしていきなり入ってきたセイを迎えた。もくもくと、部屋を整えて、床の支度をしたセイがその脇に膝をついた。

「さ、どうぞ」
「あ゛?」
「負けたら副長に按摩でしたよね。さっさと終わらせますから早くしてください」
「お、おう」

横になった土方に向かって、温めた小豆を腰のあたりに置くと、セイは手拭いを使って土方の体を揉み解し始めた。
部屋の前まで来ていた総司は、くすくすと笑いながら廊下に腰を下ろすと、部屋の中のやり取りを聞きながらセイの按摩が終わるのを待った。

「これでおしまいです。では、お休みなさいませ」

セイが後始末を終えて部屋を出ていくとそこには総司の姿はなくて、セイは支度を片付けると隊部屋に戻った。障子を開けると、とっくに部屋中へ布団が敷かれていた。

「あれっ」

一番入口に近いところに敷かれるはずのセイの布団と総司の布団だけがない。もちろん、自分で敷くのは当然ではあったが、わざわざセイと総司の分だけが敷かれていないのは、意地が悪いと思っていると、山口と相田が近づいてきた。

「神谷。沖田先生が今日は幹部棟の部屋で休めってさ」
「そ、副長命令らしいから早く行けよ」
「えぇ?!」

目を白黒させたセイがそれでもとりあえず幹部棟の小部屋に向かう。そこに総司が部屋を暖めて待っていた。

「ご苦労様。神谷さん」
「沖田先生!」
「さ、部屋も暖めておきましたから行きますよ」

そういうと、ずるずるとセイは総司に引きずられて幹部棟の奥へと向かった。

 

– 続く –