蒼天に楽園を描く 前編

~はじめの一言~
サイドストーリー的な感じですが。
BGM:FLOW GO!
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「源七郎」

横山家は直参旗本300石で御賄頭を務めていた。下の者の些細なしくじりを元に源七郎の父、横山家当主の惟雅はお役御免となった。
御膳を整えるには、料理の品目、器、順番のすべてに厳しく決められたものがある。

器が違った。重ねて、温かい物を冷ますことなくお毒見へ回してしまった。些細な事と言えば些細な事だ。それが、饗応の宴であったがために、取り返しのつかないことになった。行ったものは即日切腹している。

横山家の一室にて屏風を背に白装束を身に付けた惟雅は、一子、源七郎を目の前にしていた。

「源七郎、よいか。武士とは潔いものでなくてはならぬ。私が承っていたお役は決して目に見える戦ではなかったが、日々、一度一度が戦であるのだ。私はその戦で敗れた。己の始末をつけねばならぬ」
「はい!父上」
「私の最後をよく見ておきなさい。そして肝に銘じろ。お前は強く生きろ」

目の前が血で染まり、幼い源七郎の膝に置いた手の甲に血が飛んだ。惟雅の妻はすでに他界しており、横山家は減七郎が家督を継ぐことなく断絶となる。
親戚の家に引き取られた源七郎は、実子同然によく育てられた。叔父であった惟正は優しく、温かく、本当の父が与えられなかった分も減七郎にと接した。しか し、惟正は強さに己を見出すタイプではなく、実直な働きによって認められた人物で、減七郎の中には父の最後の言葉が強く残っていた。

強く生きること。

もっともわかりやすい形で、減七郎はそれを剣に求めた。幼少時から剣術に励んでいた源七郎は、元服と共に家を出て剣客として生きる道を選んだ。それ がこの泰平の世の中で生きるには日の当たる道だけではないことは重々わかっていたが、父のように正しさを求めても虚しいという思いが強かったのかもしれな い。

 

 

念流、浅田道場に指南を求めて一人の町人が稽古に参加していた。襷をかけまわし、尻っぱしょりで木刀を振るう姿は、ただの薬の行商人とは見えない。

「これで終いかよ。他に相手をして下さる方はいらっしゃらないので?」

頬や腕、腹にも打ち身を抱えながらも、門人衆を叩きのめした男、土方歳三である。頬を拭って、襷を外すと木刀を壁に戻した。
なんのかんのと言いながら、町道場とはいえ、門人たちを打ちたたいたその腕前はなかなかのものだ。我流なのは一目でわかるが、高弟達は良い勉強になるとばかりに、歳三の一手指南をとの申し出を快諾していた。

「う、うう……」

打ちのめされた門人たちの唸り声が道場に響き、苦笑いを浮かべた高弟の一人、相馬四朗がそれまでとばかりに見所から立ちあがった。

「薬屋殿、門人達に秘伝の薬にて介抱してくれるか?支払はよい勉強をさせてもらったから私が出そう」
「へぃ、毎度~」

当然のように笑った歳三は、道場の下働きの男達と共に奥の座敷に門人たちを運んだ歳三は、家伝の石田散薬で治療に当たった。
仕事を終えて、浅田道場を出た歳三の後から、追いかけてくる者がいる。

「おおーい」

歳三は面倒だと思い、足を早めた。叩きのめした道場の者達が追いかけてくることはままある。今日もどうせそうだろう。
しかし、いつもなら振りきれるのに、追いかける声がどんどん近付いてくる。

「おーい」

ぐいっと背中の荷を掴まれた歳三は、背中から倒れそうになった。

「うわぁ、わ、わ」
「おおっと、すまん」

倒れ込みそうになったところを支えられて、なんとか尻をつかずにすんだ。怒りにまかせて歳三は振り返った。

「てめぇ!!何しやがる!!」
「すまんすまん。呼んでも呼んでもどんどんいっちまうからなあ」

子供のような笑顔で呼びとめた男がすまんすまん、と歳三の肩を叩いた。想像していたような、仕返しのために現れた門人ではないらしいので、歳三も仕方なく荷を背負い直して男の方を向いた。

「俺に何か?!」
「いやぁ!薬屋さんよ。あんたいい腕してるよなぁ。剣術は我流みたいだがどうやって修業を積んだんだい?」

男の言葉に歳三がそっぽを向いた。てっきりからかわれていると思ったらしい。声変わりはしたものの、やはりその見目は優男風でとても道場に稽古に来て、ついでに家伝薬を売りつけるようには見えないからだ。
それに気づいた男は豪快に笑い飛ばした。

「なんだ。誤解だ誤解。俺は横山源七郎という。あの浅野道場の食客だ。さっきのアンタをみてて、強ええなぁと思ってついてきたんだ」
「本当か?お前も俺のことを馬鹿にしてるんじゃないのか」

これまでも散々からかわれてきただけに疑り深くなってしまう。横山は再び、ばしばしと歳三の肩を叩いた。

「馬鹿になんかしてないさ!いい腕だったからなぁ。つい、追いかけてきちまったよ」
「けっ。変わった奴だぜ」
「はっはっは。そうだな。俺は変わってるかもしれん。強い奴がいると闘いたくてなぁ」

ざっと背を向けて歩きはじめた歳三に並んで横山は歩きだした。隣を歩く横山に怪訝な目を向けながらも、あまりに胡乱な相手に歳三はすたすたと歩いていく。懐手にした横山は、歳三の隣を歩きながらにこにこと歳三を眺めている。

「なあ、あんた。よかったら俺とちょっとやらないか?」
「ふん。本気か?」

ニヤリと笑った歳三を、嬉しそうに横山は見た。懐から手を抜いて、にっこりと笑う。

「いいなぁ。俺は強い奴とやるのが楽しいんだ」
「アンタ、本当に変わってるな……。俺は町人だぜ?」
「なあに、強けりゃ武士だろうが町人だろうかかまわんさ。さ、どうだ。やらんか?」

呆れた顔で横山を見ていた歳三は、しばらく考えてからどこでやる?と言い返した。横山は嬉しそうに頷くと、明日、朝も早い時刻にもう一度浅田道場に行くことになった。稽古が始まる前の道場を借り受けるのである。

「じゃあ、明日な!きっとだぞ」
「ああ。わかったよ」

ぶっきらぼうに答える歳三に、横山は童子のように大きく手を振りながら見送った。

– 続く –