蒼天に楽園を描く 後編

~はじめの一言~
昔の邂逅です。分かたれる前の道を。
BGM:FLOW GO!
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
道場へ戻ると、奥の部屋から相馬が現れた。

「お帰りなさい。横山さん」
「ああ、相馬さん。今日の稽古は面白かったなぁ!」

相馬が手振りで盃を持ち上げたので、にこにこと横山は後をついて相馬の部屋へ向かった。相馬は道場主である浅田の高弟で師範代を務めていた。母屋に一間を与えられ、浅田の下に住み込んでいる。
相馬の部屋には大振りな白鳥がすでに用意されており、干物のようなものが肴代わりにおいてあった。

「あの男を追いかけたんですか?」

向かい合って座ると、猪口になみなみと酒を注ぎながら相馬が尋ねた。横山はこれまでにも、門弟ではなく近隣の藩士や浪人など、気に入った相手は追いかけるなりその場で仕合を申し込んでいた。
猪口を手にした横山が頷いた。

「もちろんだよ。若いのに面白いなぁ」

横山はこのとき、歳三より二つほど年上であったが、見た目はそうは見えない。歳三が可愛らしい見目のため、年よりも若く見えるのと反対に、常に笑い顔が思い浮かぶような男ではあるがどうみても5つは上に見える。、
相馬にとっては、6つほど下のこの男が弟のようで非常に可愛がっていた。

「アンタだって若いだろう?横山さん」
「俺はもうこの見た目だからなぁ。相馬さんと一緒にいてもきっと同年だと思われるよ」

ふふ、と笑いあいながら酒を口に運んだ。

「明日、朝の早いうちに道場を借りるよ」
「かまわんが……薬屋があれほどのできるとは思わなかったな」
「まったくだよ!少しは道場での稽古もしたことがあるようだが、どこの流派ということもないな」
「アンタに似ているよ、横山さん」

相馬はそういいながら目を細めて横山を見た。
腕も立つし、人柄もよい。出自を聞けば元は幕臣。幾度も仕官の口を紹介しようといったが、横山は笑って首を縦には振らなかった。

「俺になんか似てたら大変だよ。ろくな行く末になりゃしない」
「アンタとて、仕官の口に乗ればよいだろうに」
「いやいや。宮仕えなど御免だよ。俺は剣術さえあればいい。金も食べていけるだけあればいいのさ」

減七郎にとって、武士であろうがなかろうが、ただ剣を持って戦えればそれでよかった。父の最期を見たときの、その理不尽さや本当は無念だったろう、父の心も年を重ねるごとにかえって色鮮やかになっていく。
父のように尽くしたとしても報われぬ虚しさを抱えて生きるより、父の言い残したように潔く、負ければ散る。そんな風に生きたかった。
ほかに何もいらぬ。

少しでも面白い、強いと感じた相手には仕合ってみたい、戦ってみたい。いつ死んでもいい、と思う横山にはそれで十分なのだった。

「あの男は俺とは違うよ。相馬さん」
「というと?」
「俺の勘さ」

飄々と言ってのけた横山に相馬が笑い出した。

「そりゃあ、あてにならぬな。だが、いよいよもって俺も興味がわいてきた。明日の立会い、俺が見よう」
「本当か?そりゃありがたい」

それから、二人は長いこと少ない肴をあてに飲み続けた。

 

翌朝、明け六つに道場に現れた歳三をすでに見所に相馬、道場の中央に横山が座って待っていた。
遅れてしまったかと焦る歳三に、横山がにこやかに迎え入れた。

「よう!よく来てくれたなぁ。さあ、荷を置いて準備ができたらやろうじゃないか」

そういうと、横山は歳三の荷を下ろしてやり、身繕いするのを待った。防具を渡し、支度ができると、歳三の姿を見てちょうどいい長さの木刀を渡した。

「ではいいか?」
「おう」

構えて向き合うと、かん、かんっ、と打ち合う音が響き、握りしめる手に衝撃が伝わる。

「くっそーぅ!!」
「あっはっは、あんた強いよ!!」

これまで道場稽古に明け暮れる者達と向こうを張って闘えたのは、相手が型にはまった流れからはずれることができない故に、流れからはずれた動きで相手の流れを崩す歳三の方がいくらか有利に働いた。
だが、実は横山も、いずれかの流派をきちんと納めたものではなかった。幼少のころに学んでいたのは、一刀流の道場であったが、元服と同時に出奔したあと は、興味を覚えた流派に次々と出向き食客となって学んだ。それ故に、これまで歳三が有利だった、流れを外した動きと全く同じものでさらにそれぞれの流派に よって磨かれた動きは、まったく無駄がない。

笑いながら歳三と戦う横山は、一枚も二枚も上手だった。

前日、浅野道場で打ち叩かれていたこともあり、歳三は派手に投げ飛ばされて羽目板に叩きつけられた。

「うああっ」

見所で眺めていた相馬は腕を組んで二人の様子を見ていた。ぜいぜいと息をつきながら転がった歳三の傍に放り出された木刀を拾い上げようとした。その隙をついて、歳三が渾身の力を込めて木刀で薙ぎ払った。
瞬間、鋭い一刀が走って、歳三の振った木刀が飛んだ。

今度こそ、木刀を跳ね飛ばされた後、その身に受けた一刀のおかげで気を失った歳三は、気がつくと畳の上に寝かされていた。そこは道場ではなく、食客の横山が借り受けている一間だった。

大の字に転がった歳三の隣に、横山はすとんと腰を下ろして外を眺めていた。穏やかに流れる風が二人の傍らを流れて行く。

「お、目が覚めたか?」
「ここ、は…」
「俺の部屋だ。お前、朝飯まだだろう?大したもんはないが飯を食っていくといい」

起き上がった歳三を置いて、横山は部屋から出て行くとすぐに二人分の朝飯をもって戻ってきた。とん、と二つの膳を並べると、横山は膳についた。

「さあ。食べよう」
「あ、ああ」

共に膳についた二人は、白飯に揚げの入った味噌汁と、たらの切り身の味噌漬けを焼いたものが出た。
熱い味噌汁が腹に沁みる。余計にうまく感じて遠慮なく歳三は平らげた。
食べ終わった後、二人は湯のみを片手に縁側に腰を下ろした。

「お前さん、本当に強いなあ。ただ、お前さん、強くなってどうすんだ?」
「強くなるんだよ……。俺は……な」
「だからさ。何のために強くなるんだ?」

―― 何のために。

そんなことは決まってる。十三の時に勝太に出会って、共に武士になると誓った。
ただ、闇雲に強さを求めた時とは違う。

「俺は強くなるんだ。そう、決めたんだ」
「そうか。お前は……決めたのか。俺はなぁ。父上の姿を見て強くなると決めたのだ」

他愛ない間違いのために、あっさりと命を落とした父のようにはならぬ。強さを得れば、それが己を支える唯一のものとなる。破れれば、潔く散るだけだ。

横山には、父のように家を守ることも、家族のために生きることもない。心にあるのはただ、強さを求める心のみ。

「お前、いつか今よりももっと、ずっと大きくなるだろうな。誰も敵わぬことを、大きなことをするのやもしれん」
「ああ。いつか、……俺は武士になるんだ」

―― 俺の大事な友のために。俺の剣のために

「お前さん、名前をまだ聞いていなかったな」
「土方歳三だ」
「そうか。……お前とはまたいつか立ち合いたいなぁ。さぞや強くなってるだろうなぁ」

遠く、未来を見るように青空を見る。こんな偶然の出会いも、いつか必然になる。
同じように歳三も空を見上げた。いつもなら、強い相手と闘った後は、やりきれない焦燥感に苛まされた。叶わぬことに歯噛みし、どうしても届かぬ友の姿を遠くに見るように。

だが、今は違う。この青空のように先へ進む力と共に、心が澄みきっている。

―― まだまだ、俺は強くなれる。今はどうしようもなくても。

庭先に立ちあがった横山は、振り返って歳三に眼を向けた。

「いつか、またお前とやりたいよ。土方」
「いつか……、お前に勝ってやる」
「楽しみに待ってるよ。いつか……な」

横山の背中を見ながら歳三は、その大きな背中越しの青空に目を向ける。

―― 今頃、勝っちゃん達は、稽古してんだろうな

いつか、俺は、必ず。

 

 

– 終わり –