天花 2 焦燥
〜はじめのお詫び〜
クラい話がマイブームになっております。 史実バレありかもです。
BGM:悲愴
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それから、斉藤は何事もなかったように隊務を勤め、飲みにいくと称して時間がある限りセイを捜し歩いた。
金も持たずに早々、女の身で自由になることなどたかが知れているからだ。
遠い地に行けるわけでもなく、いるとすればそれほど離れはしない。
そんな確信にも近い思いがあって、京の町だけでなく大阪にさえ機会ができれば足を運んだ。
総司の方は、隊務は通常通りこなすし、土方や近藤への態度も変わらない。
しかし、一切笑わなくなった。
これまで、どんなときにも笑顔で悲しみも痛みも、笑って自分自身に封じ込めてきたのに。
一切笑うことなく、冗談も言わなくなり、誰かの話でも笑うことがなくなった。
心配した一番隊の隊士たちが甘味を土産に差し入れても、近藤がもらい物だと菓子をくれても一切手を触れることなく、笑顔の絶えたその顔には、何も浮かばなくなっていった。
一日、二日。
ひと月、ふた月。時間がたつごとに少しずつ何かの距離がひらいていき、取り返しのつかない所へと運ばれていく。
そして、斉藤がセイを捜し歩くのに対し、総司は私用では一切外出をしなくなった。
そんな二人の様子を知っている土方も、重く圧し掛かったものに苛まされている。もっと自分が上手くしていれば、と思えてならないのだ。
もちろん、今の新撰組がそんな一隊士のことで揺れるような事態になってはならない状況だということもある。着々と、増えていく伊東一派とその動きにも注意が必要だったのだ。
しかし……。
傍から見ていれば衆道をあれほど疑ったくらい、慕いあっていた総司とセイをどんな形であれ、一緒にしてやることだって出来たはずだ。
「何処にいやがるんだ、お前は……」
そういうと、目の前の手紙に目を落とした。
ご存知より、と艶文を装って、届けられたそれは見慣れたもので、あくまで差出人は書かれていないが、長州の動きや、不貞浪士達の動きなど、監察方が調べてくるものより、もっと詳細に書かれている。
こんな真似をさせるためにやめさせたわけではないのだ。
―― なぜそれがわからない!神谷!!
土方自身も、セイの思いがわからないわけでもないだけに、余計胸苦しさが募るばかりだった。
それからも、不定期に届けられる文から、とりあえずはセイが生きていることを伝えてくれる唯一の方法となっていった。山崎たちを使い、届けられる文にも常に気を配ったが、伊達に隊にいたわけではないセイのことだ。
決して足取りを捕ませるような真似はしなかった。
―― 神谷さん……
笑顔をなくした総司の心を徐々に闇が蝕み始めた。
斉藤のように、探し歩くくらいならまだマシだったろう。それが出来ない一番隊組長の変わりに、一番隊だけでなく、セイを知る隊士たちが、非番のたびに、セイを探し歩くようになっても、総司は屯所からは必要がなければに外出しなかった。
皆、意地を張っているのかと初めは思っていたが、そのうち声をかけることも躊躇うようになった。
ぼんやりと彷徨う目の先には、其処此処に小柄な面影が浮かぶ。
総司は、自分の中の記憶からセイを探していた。
稽古をする姿、忙しく立ち働く姿、笑顔、膨れっ面、きらきらと瞳を輝かせて見せる真摯な顔、そして泣き顔。
屯所内にいれば、あちこちで思い出されるその姿に総司は縋るようになっていた。
神谷さん。元気でいますか。
今、何をしていますか?
無茶はしていませんか?
幸せですか。
虚ろな目には明るく笑いながら走りまわる姿が浮かんでいる。
そのほんのひと時だけはうっすらと幸せそうな笑みが浮かんでいることを本人も気づいていなかった。
心を蝕む闇は、ひっそりとその身にも手を伸ばしていることさえ気づかないままに。
– 続く –