天花 1 喪失

〜はじめのお詫び〜
クラい話がマイブームになっております。 史実バレありかもです。
BGM:悲愴

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その夜、屯所の裏門から荷物を持ったセイが出て行った。

門番も土方のお使いで……という言葉を疑わずに、そのまま気をつけてと送り出した。
それが、新撰組でセイの姿が確認された最後だ。

数日後、土方の部屋に総司が現れた。ここ数日全く見かけなくなった、セイを探しているうちに、数日前の夜、裏門から出て行った話を隊士から聞いたからだ。

またいつかのように特命なのだろうか、と思い副長室に駆け込んだのだ。

「土方さん、神谷さんを何処へやったんです?」

予期されていたのか、土方は総司を見もせずに淡々と答える。

「あいつはもう戻らん」

告げられた言葉に少しの間が空いて、総司が目を見開いた。

「……どういうことです?」
「それはお前が一番良く知っているだろう?総司」

土方や近藤の使いで他行中なのかと思っていた。
巡察やこまごました雑務でたまたま顔を合わせないのかと思っていた。

ところが、静かに流れ始めた屯所内の噂に“神谷がいなくなった”という話を聞いた。

特命でないならなぜ。

土方に投げつけられた言葉に答えられずに理解できないでいると、土方は障子を開けて隊士を呼んで、どこかに斉藤がいたら呼ぶように言いつけた。

「……土方さん?神谷さんは……」

斉藤がくるまでは、もう話す事もないとばかりに土方は文机に戻ってしまった。いくらもしないうちに、副長室の前に斉藤が現れた。

「副長、斉藤です。お呼びと伺いましたが……」
「おう。入れ」

斉藤が副長室に入ると、総司が憮然としたまま顔を背けた。それだけで、斉藤は自分がなぜ呼ばれたのかわかる気がした。
ここ数日、総司と同じことが気がかりでいたのだから。

「……神谷の件でしょうか?」
「斉藤さん?!あなた、神谷さんがいなくなったの、ご存知だったんですか?!」

総司が今度は斉藤に噛み付いた。しかし、斉藤が例によって無表情であるのに、なぜか総司はその中に苛立ちを感じ取った。

「斉藤さん?」
「俺もアンタと同じだ。沖田さん。神谷が何処へ行ったのか聞きに日参している」

それを聞いた土方が、思い切り深いため息を吐いて、二人に向き直った。

「神谷は除隊させた。しばらくは姲のところにいるらしいがその後のことは知らん」
「土方さん?!」
「ここは鬼の住処なんだぞ!総司。……女がいる場所じゃねぇ」

びくっと総司の体に衝撃が走る。

やはりそうか、と斉藤は思った。この土方の不可解な行動からすれば一番考えられるのは、セイが女だとバレた事くらいしか考えられない。

聡いこの男のことだ。徐々に女性らしさを増していく神谷を傍に置いていて、気がついてしまったのだろう。

震える声で総司が尋ねた。

「なぜ……?」
「女にかけちゃ百戦錬磨の俺も騙されたぜ。だがな、あいつが自分から言ってきたんだぞ」

ある夜、土方がセイに女子ではないのか?と疑いの目を向け始めた頃。
セイが土方に申し出たのだ。浮之助、いや一橋慶喜に女子だということを見抜かれて以来、セイはある覚悟を決め始めていた。

例え、どれだけ隠そうとしても、女子のセイは総司を慕うことでより女子へとその身を向わせることは自然なこと。
惚れた男のために体が女で在ろうとすることは。

いずれ、ばれるのが先か、剣を持てなくなるのが先か。

ことに小姓務めが長くなればなるほど、隊務からは外れるために、皮肉にも女性らしさが増していく。
そのときに、自分が女であることを隠して、守ってくれた総司や斉藤に迷惑をかけたくないと思った。

そこで、土方に願い出たのだ。

自分が女であること、総司や斉藤が自分を哀れに思って見てみぬ振りをしてくれていること。この二人には何の咎もないことを必死で土方に説き続けた。

内容が内容である。

まして、連座すべき二人は隊内でもきっての一番隊と三番隊の組長である。
近藤には土方から如心遷が進んだため、隊務に支障をきたすようになったと伝えるということにして、夜更けに神谷を屯所から出した。

近藤はセイを可愛がっていたので、嘆き、慰労金やらその後のことを計ってやると言いだすことはわかっていたので、しばらくは姲のところにいるようにと命じていたのだ。

「しかし、副長。神谷はもう姲のところにはおりません」

初めて土方が口を開いたのだ。
ようやく、と思いながら斉藤は淡々と言葉を返す。斉藤は斉藤なりにセイの行方を捜していたのだ。

「副長。本当にご存知ないのですか?」

眉間によった皺が一層深くなり、盛大な舌打ちが聞こえた。

「……俺達が悪いようにはしないと言っておいたのに、あいつは消えたんだよ」

さすがに誰にでも言える話ではない。

山崎を使い、手周りの荷物だけを持って出て行ったセイとのやり取りを行っていた。先日、ようやく離隊したセイへの慰労金を払い出し、届けさせた直後のことだ。

近藤や土方がいくつかあたり、見合いの話やどうやって暮らしをたてていくかという話をしに、山崎が向ったところ、姲の家からはセイが姿を消したというのだ。

お里が泣き腫らした目で山崎を睨みつけながら、もう二度とこないでくれという言葉と共に語ったのは、本当に着替え一つ持たずに、隊士時代に貯めていた金子も慰労金もすべて置いて、総司から贈られた太刀だけをもって、家を出て行ったということだった。

お里の家に来て、初めの頃はそんなこともあるかもしれないと、自害でもするのではと、常に緊張を強いられてきたが、さすがにこれほど日がたち、落ち着いているセイの様子に、油断してしまったのだ。

月代も伸びて、なんとか女髷が結えるようになってきており、男姿ではなかったのだけは確かだ。

「だから、俺にも行方はわからん。山崎にはそれとなく気を配ってくれるように言ってある。お前達は、本来なら切腹ものだが、神谷の願いに俺は頷いたんだ。だから咎めはねぇ。わかったら下の者にも神谷が辞めたと言っておけ」

話は終わりだ。

言うだけ言って、背を向けたその背中が土方でさえも、後悔を滲ませていることを物語っていた。

だから。

本当なら、咎められようがどうなろうが、叫んでどうして許したのかと問い詰めたかったにも関わらず、それ以上、総司も斉藤も何も言うことが出来なかった。

神谷さんが行ってしまった。自分には何も言わずに。

そのことが総司にはひどく堪えた。いつかはこんな日がくるとは思っていた。隊を辞めて、幸せにお嫁に行くだろうと。
なのに、こんな形で隊をでて、何処に行ったのかさえわからないなんて。

「沖田総司!」

強い声に呼び戻された総司は、がくっと廊下の端で崩れるように膝を付いた。

口元を覆っても、吐き気が込み上げてくる。同じようにセイを想っていたはずの斉藤が冷ややかに言い放った。

「アンタがそんな様だから神谷は黙って出て行ったんじゃないのか」
「斉……!」

同じように、いや、総司とは違う向きからずっとセイを見続けてきた斉藤だ。やっと、斉藤が何に苛立っているのかわかった気がした。

なぜ、もっと早くこんな事態になる前に、辞めさせなかったのか。
自分ではなくてもいい。総司でもいい。

嫁にしてしまえば、こうしていらぬ心配をすることもなく、幸せに過ごしている姿を見かけることだけでよかったのだ。なのに、自分達は目の前に在ることに、あと少し、と甘えてしまった。その結果がこれだ。

自分自身にも総司にも、そしていなくなったセイにさえも苛立ちを感じていたのだ。

「斉藤さんは……かっこいいですね。私には無理です。あの人がいなくなったことさえ、まだ理解できないでいる」

総司には、斎藤のいら立ちさえも羨ましい気がした。なぜなら、セイがいなくなったということ自体を受け入れて怒っているのだから、受け入れることさえ出来ない自分よりはるかにマシだな、と思った。

総司を置いて。

ずっとお傍にいます、と言っていたセイが、約束を違えるなどないと思っていた自分がひどく滑稽に思えた。

―― 自分自身はいつセイを置いて逝くかもわからないのに何をおもっていたのか……

– 続く –