腕の白と黒 前編

〜はじめの一言〜
男の色香ってのは~さぁ~。

BGM:moumoon Sunshine Girl
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「はぁ~……」

セイは、洗濯物を干した後、自分の腕をまくりあげて細い腕を掴んだ。

―― しょうがないんだけど

なかなか鍛えても太くはならない腕に、セイは少しばかり悲しい気持ちになる。洗濯物が入っていた、桶を片付けて隊士部屋に戻った。

「なんだよ、神谷。暗いじゃん」

藤堂がしょんぼりと歩くセイを見つけて声をかけた。童顔でどちらかといえば、新撰組の中でも可愛い部類に入る藤堂だが、やはりセイとは違う。

「藤堂先生」
「どしたのさ?」
「藤堂先生、ちょっと、こう、腕をあげてみてもらっていいですか?」

藤堂の右腕を持ち上げて肘から上まで袖をまくり上げた。
そこは、北辰一刀流の目録とりだけはある。逞しい筋肉が肩から肘にかけて、見事なものである。

「な、なにさ?」
「……やっぱり……。藤堂先生格好いい……」
「えっ?!えっ、何さ、急に……」

突然、間近でセイに格好いいと言われれば、いくら藤堂とて動揺する。どぎまぎしながらセイに問いかけた。
掴んでいた藤堂の腕を離すとセイはいいなぁ、と言いながら離れて行く。呆然とした藤堂は、その後姿を見ながら呟いた。

「……どうしちゃったの?一体」

何度目かの検診の際に、セイは南部の手伝いをして皆の姿を見ていた。病の判断と皆の体調管理について、南部から指導されながら手伝っていたセイは、皆の体つきを見ていて、どうしようもない差ではあっても、その筋肉の付き方が羨ましく感じられた。

一番隊にいて、セイもそうそう皆から劣る腕前ではないのに、やはり皆とは違う。腕の立つ者ほど、見事な筋肉でその体つきが男らしく、格好いい。

隊士部屋に戻ったセイは、部屋の前の廊下珍しくぼんやりと皆の姿を眺めていた。いつもはどんな少しの空いた時間も雑用をしていたので、座り込んで何もしていないセイの姿に、一番隊の皆が不思議そうな顔をしている。

「どうしました?神谷さん」

ぼーっとしていると、総司が屈みこんでセイの前でひらひらと手を振った。
セイが見た中で一番に格好いいと思った総司が目の前にいて、セイはぼんやりとその顔を見上げた。

「な、なんですか?神谷さん。私の顔に何かついてますか?」

どぎまぎと、慌てた総司の腕をやおら、むんずと掴んで、セイは藤堂にしたのと同じようにぐいっと袖を捲り上げた。

「な、な、なんですか?」

そもそも、セイがぼーっと座っているのをみて、一番隊だけでなく、周りの隊士たちがその姿をちらちらと伺っていたのだ。突然のセイの行動に皆が釘づけになった。
なにより、袖をまくり上げられた本人が一番動揺してしまう。しかし、まくり上げた方のセイは依然としてぼーっとしたまま、その肩から腕にかけての筋肉をみて、はぁ、と溜息をついた。

「……やっぱり違う……」
「なっ、何を言ってるんですか。いきなり腕なんか見て……」

ぱっとセイが掴んでいた腕を離すと、捲り上げられた袖を元に戻して、薄らと頬を赤くしながら総司はセイの肩を掴んだ。

「だって……、格好いいなぁと思って……」
「か、か、格好いいって私がですかっ?!」

一気に真っ赤になった総司と、聞いている隊士達も同様に赤くなっている。ぼーっとしているセイ本人は意識していないものの、男達には相当刺激が強い。

「はぁ……」

溜息をつくと、セイはふらりと立ちあがってそのまま、とぼとぼとした足取りでどこかへ向かった。

「なん、だったんでしょう……」

後に残されたのは真っ赤になったままの総司と、総司に向けて生暖かい視線を送る隊士達である。セイに掴まれた腕をさすりながら、総司はぽつりと呟いた。

 

 

セイはとぼとぼと屯所を出ると、こっそりと鍛錬するために見つけた屯所の近くの竹藪までやってきた。

「はぁ……。こればっかりは仕方ないんだけど、もっと逞しくなりたいなぁ」

そう呟くと、刀を抜いてひゅうっと振った。

この刀は総司が和泉守に頼んで打ってもらったもので、長さといい、樋が入っていることといい、セイのために作られており、他の皆が持つ刀と比べてもはるかに軽いものだ。それでもセイにはそれなりに、重く感じる。

悔しさを感じながら、セイは刀を構えて、型をつかった。

どれほど鍛えても男と女では筋肉のつき方が違う。鍛えられた腕や胸板にセイが格好いいと思うのは、武士である清三郎と女であるセイの両方がそう思う。憧れと同時に感じる男の魅力に、自分自身との隔たりと感じてしまったのだ。
憧れだけではなく、そこに男の色香とでも言うべきものを感じる自分自身に落ち込んでいたともいえる。

―― 情けない!結局は女子の自分を捨てられていないのと一緒じゃないか!

手を止めて涙の浮かんだ目を拭ったところに、藤堂の姿を見つけた。

「やあ、やっぱりここにいた」
「藤堂先生!」
「総司にも見つけられてないなら、もしかしてここかと思ってさ」

セイが刀を抜いていたのを見て、型を使っていたのかと聞いた。セイはこくっと頷いて、涙目だったことが分からないように目を瞬いた。

「さっきはすみませんでした。先生方がやっぱり凄い腕をしてらっしゃるのを検診の時にみて、つい……」
「ああ!そういうことかぁ!なんだ。そんなの気にすることないじゃん。神谷は神谷だろ?」
「そうなんですけど……、こんな細い腕じゃ……」

言い淀んだ先を、いつものように剣術が未熟だということ、総司を守れないと思っていることだと思った藤堂は、苦笑いを浮かべた。

「そういうけどさ。誰も神谷のすばしこさには敵わないんだよ?」
「素早さだけじゃっ……」

うるっと、潤みかけたセイの眼を見て、藤堂はどきっとした。
藤堂達には逆に、セイの細い腕や、どんなに稽古をしても小さくて柔らかい手に感じるものがあるのだということは本人は分かっていない。

それは男と女の本能故のことだ。今にも泣き出しそうなセイを見て、藤堂は自分の袖口を指先で掴むと、セイのこぼれそうになった涙を拭いてやった。

「こればっかりは男でもいろいろあってさ、総司や俺達みたいなのだけじゃないじゃん。神谷みたいなのもいれば、三木先生みたいな人もいるじゃん?あの人、あれですごく強いしさ」
「それでも、先生方みたいに格好良くなりたいんです~」

刀を収めたセイが、がばっと藤堂に抱きついてきた。普段総司や斎藤にそうしているからなのだろうけど、慣れていない藤堂は、どぎまぎしてそのまま抱き寄せていいのか、肩を抱いてやればいいのか迷ってしまう。
仕方なく軽くセイの背中に腕をまわした。

―― うわっ、なんだろ。この柔らかさっていうか、体の細さというか、腰なんか折れちゃいそう

そこが総司や斎藤とは慣れの差だろう。態度に出ないところが、二人よりははるかに女子慣れしているともいえるが、セイの体の線の細さには驚いてしまった。

 

– 続く –