腕の白と黒 後編

〜はじめの一言〜
ソソりません?皆さん。

BGM:moumoon Sunshine Girl
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「あの……さ。神谷ってもしかして、本当に女の子?」
「えっ、えぇぇぇぇぇっ!!何をおっしゃるんですか!私は武士です!男ですよ!!」

慌ててセイは、藤堂から離れた。急にそんなことを言われては、一瞬、ばれたのかと慌ててしまう。そんなセイの動揺には気づかずに藤堂は何かを考えている。

「そっかぁ。そうだよね。……あのさ、神谷。ちょっとおいでよ」

そういって、藤堂はセイの手を引くと屯所へ向かった。
まるで悪戯を思いついたように、藤堂の目がくるくると動いている。セイの手を引いて屯所に戻った藤堂は、隊士棟を歩き回って永倉を見つけた。

「永倉さ~ん。ちょっとちょっと」
「なんだ?」
「ちょっとさ、腕見せてよ」

藤堂はそういうと、問答無用で永倉の袖を捲り上げた。肩から三角筋と上腕二等筋の辺りが特に目を引く。藤堂はセイに向かってどうかと聞いた。

「……格好いいです」
「そっか!よし!ありがとう。永倉さん」

そういうと、すたすたとセイの手を引いて藤堂は、次に斉藤の元へ向かった。

「斉藤さんちょっといい?」
「む」
「腕見せて」
「はぁ?!」
「いいから!ほらっ」

斉藤が何を言い出すのだと目を剥いていると、ぐいっと袖を捲り上げた。斉藤の腕は、上腕三等筋と二等筋の按配がまことによく、肘から下の筋肉までが滑らかでとても見事だ。

藤堂が何も言わずにセイを振り返ると、その目がどうかと聞いている。
再び、セイが格好いいです、と頷いた。それを見た藤堂がにこぉっと笑って、次だー、とセイを引き連れて去っていった。
いったい何のことかと思った斉藤は、二人の後を追い始めた。

藤堂は井上、原田、と続き、最後には近藤と土方の下へ向かった。

「近藤さん、いる~?」

ひどく気軽な呼びかけで局長室に向かった藤堂は、ちょうど部屋に揃っていた近藤と土方にそれぞれ、袖をまくり上げさせた。

「なんだ?腕がどうかしたのか?平助」
「藤堂先生っ!!」
「あ、いーの、いーの。どう?神谷」

さすがにこの二人を前にして直接的な表現はしにくい。セイは困った顔をしながら頷くだけは頷いた。

「ありがとう!近藤さん、土方さん!よし。行こう、神谷」

そういうと、説明もせずにすたすたとセイを連れて隊士棟へ戻った。一番隊の隊部屋の前に来ると、大きな声で総司を呼んだ。

「総司~!」
「はい、なんですか?」

部屋の前の廊下で総司を捕まえた藤堂は、満面の笑みを浮かべて総司の袖を捲り上げた。

「なっ、さっきからなんなんですよぅ!」

先ほどのセイの行動を思い出して、今度こそと総司もその訳を知りたがった。まあまあ、と総司を抑えて、藤堂がにやにやしながらセイに向かって聞いた。

「でさ。神谷としては今までで総司が一番格好いいんじゃない?」
「なんで分かるんですか?……確かにそうですけど……」

げらげらと笑い転げる藤堂に、セイは不思議そうに問いかける。
横で聞いていた総司は、格好いいという話が再び出てきて、頬を赤くしながら、だから一体何の話なんですか、と噛み付いた。

「ちょ、ちょっと待ってなよ、総司。うわー、面白い。じゃあさ、二番目は誰?」
「えーっと、意外でしたけど副長かな」
「えぇぇ!そうなんだぁ~。じゃあ、その後は?」

促されて、セイがそれぞれ名前を挙げた。可笑しくて仕方がないという風情の藤堂と、どうやら格好いいのは誰かという話に、土方が出てきて、総司は頬にさしていた赤みが一気にひいた。

「その次は、斉藤先生、藤堂先生と、永倉先生ですね。次が井上先生と原田先生かなぁ。局長はもう別格って感じで……」

藤堂が笑い転げながら、セイの上げる順番にええ!とかそうなんだ!と相槌を打っている。
聞かれて答えた本人も、周りで聞いている方も何がなんだか分からないでいると、藤堂がようやく笑いを納めて目尻に浮かんだ笑い涙を拭いた。

「いやー、すごい分かりやすいね!神谷がさ、この肩から腕の筋肉のつき方が格好いいって言うから皆の腕見せてもらって回ったんだよ」
「はあ、そういうことですか。で?何でそんなに可笑しいんですか?」

ようやく話の筋が見えてきた総司が、憮然として聞いた。
再びにやりと笑った藤堂が、それに答えていいわけ?と、言った。

「だからさ。神谷が格好いいと思う相手なわけじゃん?それって、腕がどうとかじゃなくてその人を格好いいと思ってるから言ってるんだよ。それに、神谷って本当に剣客好きだってのもわかったし」
「ち、違いますよっ!!!そんなことないです!私はっ……」

藤堂の言葉に、ぶわっと一気に赤くなったセイは慌てて否定しようとするが、否定してしまえば、その相手である総司も藤堂のことも格好良く思っていないということになってしまうために、途中から尻すぼみになってしまう。
今一つ、話が見えなかった総司が、飲み込みきれない顔をしていると、可笑しそうにに藤堂は解説した。

「だからさ、神谷がみてそう思う相手ってことだよ。男として格好いいと思ってる番付なんだってば。だから、総司が一番なんじゃん?次が土方さんなの は驚いたけど、その次に斉藤と俺と永倉さんでしょ?普段からよく知ってて、剣術使い三人でしょ。それから源さんと原田さんなのは、神谷の対象から少し外れ てるのが露骨にでてるじゃん?」
「藤堂先生~!!駄目~!!」

途中から、藤堂の口を押さえて黙らせようともがくセイの両腕を掴んでその攻撃から逃れながら、藤堂は最後まで言い切った。耳まで真っ赤になったセイは、顔を下に向けてじたばたともがいている。

かたや、男として一番格好いい、といわれた総司もそれに負けず劣らず真っ赤になっている。その後ろで、それを聞いていた一番隊の面々は羨ましさに涙した。

月夜の決闘以来の仲だと知っていはいても、そのセイから男として一番、格好良いと言われれば、男冥利に尽きる話ではないか。

さっと腕を捲り上げた山口がそこに駆け寄った。

「神谷!俺はどうだ!」
「えぇっ?!そ、そんなの聞かれたって……」
「いやっ!俺のはどうだ!」

そんなのは聞かれても答えられないといいかけたセイの前に、今度は相田が腕を差し出した。それに倣って、次々と腕まくりした隊士達がセイの前に腕を突き出した。

「「「俺のはどうだ!」」」

ずいっと突き出された腕の山に、セイがたじろいでいると、総司が割って入った。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、皆さん。そんなこと言われても神谷さんだって困りますよ」
「何言ってんすか!沖田先生は番付の一番ですから口を出さないでください!」
「そうですよ!俺達の中で誰を神谷が格好いいと思ってるかを聞きたいんすよ!」

割って入った総司に、皆が口をそろえて反論する。セイを中心に取り囲んだ男達は、さらに詰め寄った。

「「「さあ!白黒はっきりしてくれ!!」」」

一斉に差し出された腕の中で藤堂の腕からセイを奪取すると、総司はセイを抱えてその場から逃げ出した。

「「「神谷~!!俺達はどうなんだ~!!」」」

残された藤堂はその場で腹を抱えて笑い転げている。

その場からは逃れたものの、しばらくの間、一番隊とその近辺のセイの信奉者達は、セイを見かけるたびに腕を捲り上げて、セイに格好いいかどうか詰め寄ることになった。
同時に、隊内では密かに、稽古のほかに腕を鍛えることが流行になった事は番付に並んだ面々さえ例外でなく、番付を口にしたセイだけが知らない話だった。

 

「あれ?土方さんどうしたんですか?片腕で木刀なんて持って」
「い、いや。別に」

………

 

– 終わり –

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