雛に願いを

〜はじめの一言〜
表の拍手に春ごろにのせていたものです。懐かしい~
BGM:
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「あっ!そうか」

市中を歩いていた平助はたまたま目に触れた華やいだものに思わず手を打った。
男で、しかも平助が日頃身を置く環境には無縁の代物だったが、近ごろ一人で歩くことが多くなっていたからこそ、目に入ったのだ。

―― だからって何でもないんだけどさ

滅多なことでは顔を見ることもできなくなったセイと、“これ”を理由に会えるはずなどないのに。
やはり、どこかで会いたいと願ってしまうのは、会えない今が寂しいからだろうか。

忙しさはさほどでもなく、今は稽古ももちろんやってはいるが、隊にいた時の様な荒っぽい稽古は少なくなった。せいぜい、斉藤に相手をしてもらうくらいで、後は市中の見回りもない。

小間物屋や、小商いの店先から離れると、それがどこかで引っかかっていた平助は、屯所に帰る道の途中で、今度こそ足を止めた。
駄目もとでもいい。
そう思った平助は、ひらりと暖簾をくぐって店に入った。

このくらいならと思った平助は店に入ると、店先で思いがけないものを見つけて、それを嬉々として買い求めた。

「おおきに」

送り出す声もあまり聞かずに店を後にした平助は、懐に入れるのももったいない気がして、手の上で存在を確かめる。

―― 会えたらいいな

「何かあったのか?」
「斉藤さん!」

屯所の門をくぐろうと言う場所で、斉藤とばったり顔を会わせた平助は、その嬉しそうな顔のまま斉藤に近づいた。

「あのさ!斉藤さん、神谷に会いたかったらどうしたらいいかな?!」

きらきらとした平助の目に、うっとひるんだ斉藤はむ~っと唸る。
会いたいのは俺も同じだと言いそうになるが、この天真爛漫な子犬のような目を見ると、まるでセイを見ているようで手を貸してやりたくなる。

まして、平助はずっと大人数のところにいる方が向いているはずなのに、こうして彼らと離れた場所で寂しい思いを抱えている羽目になっていることもよくわかっていた。

「……差し支えなければ用向きを聞いてもいいか?」
「それはもちろん……」

言いかけた平助がぴたりと動きを止めると、笑顔が浮かんだまま凍りついた。
見る見るうちに、照れたのか赤くなった平助が、ゆっくりと顔を下げていく。

「……言えないよ」

―― いえないんかい!

ボケと突っ込みなら間違いなく突っ込んだところだが、この際仕方がない。あ、の顔のまま口を開けた斉藤は、平助の体の脇を抜けて屯所に足を踏み入れた。

「……神谷なら、よく、夕刻の定飛脚が出る頃に合わせて文を出しに出ていたな」
「本当?!」

ありがと!と叫んだ平助は、そのまま屯所の前を通り過ぎて駆け出して行った。
がり、と頭を掻いた斉藤は、思わぬ伏兵に塩を送ったような気がしたが、今日くらいは仕方がないと思い直した。

飛脚問屋の前まで走っていくと、笠を外して文を預けるセイの姿が見えて、平助は思わずあたりも構わずに呼び止めそうになった。

「か、……」

一拍、間を置くとぎりぎりで足を止めた。セイが用を済ませて問屋を出てきたところに、すれ違うように前に出た平助はセイの腕を掴むと、すぐそばの路地に引き込んだ。

「なっ……!藤堂先生?!」
「しーっ!よかったぁ。斉藤さんによく神谷が文を預けに問屋にくるっていうのを聞いて走ってきたんだよ。定飛脚の時間だしさぁ」
「えっ?どうかされたんですか?」

何かあったのかと顔色を変えたセイに、明るい顔で平助は片手を振った。

「違う違う。俺が神谷に会いたかっただけ」
「……は?」

まったく状況がつかめないセイは、平助の勢いに巻き込まれて呆気にとられている。
そんなセイに平助は手にしていた包みを差し出した。

「これ。あげたかったんだ。どーしても今日ね」

何が何だかわからないまま差し出された包みを受け取ったセイは、勢いに押されて手にした包みをまじまじと眺める。
どうやら紙の小箱らしいものだが、首を捻ったセイは目の前でわくわくして開けてくれという顔で待っている平助にまけて包みを開いた。

三段になった紙の小さな小箱の一段目の引き出しを開けた。

「あっ」
「えっへっへ。いいだろー」

次々と引き出しを開けると、一番上に男雛と女雛の形の飴が入っていて、その次の段には三人官女、その次の段に右大臣、左大臣が入っていた。

飴細工だけになんとなく、というものではあったが、それが何かわかる程度にはなっている。

「これ……っ」
「いいだろ?お雛様じゃん?それに、飴だから食べちゃえば証拠隠滅だよ」
「これのために……?」
「そっ」

にこっと笑った平助は、久しぶりに見たセイの長い睫毛と、軽く伏せた顔にじっと見入ってしまう。

―― いいんだ。会えただけで嬉しいから

気にかけてくれていたことが嬉しい、という気持ちと、それがお雛様ということはセイを女としてみているということで、どう反応していいのかわからなくなる。
セイがどうしようかと困っていると、平助の手がセイの頭にポン、と乗せられた。

「久々に会えたし、これ、渡せてよかったよ。あんまりゆっくりもしてられないだろ?」

じゃあ、また、と言ってあっさりとセイから離れた平助は、胸の内にある、ぽっと灯った小さな雪洞の様な想いに足取りも軽くなる。ほんの一瞬と言えるくらいの逢瀬だったが、それでも多くを望みはしない。

―― 明日があるなんて思ってないけど

想う相手にだけは明日も笑っていてほしい。

―― できれば自分の隣がいいけどね

ふっと、浮かんだ想いに自分で笑ってしまった平助は、つかの間の癒しを得て再び屯所へと戻っていった。

– 終 –