草原のむこうがわ

〜はじめの一言〜
初登場かな?主役クラスで。

BGM:moumoon Sunshine Girl
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「あれぇ?神谷、何やってんのさ」

藤堂がセイを見つけたのは屯所の近くの竹藪にさしかかるところだ。普段は通りすぎるだけの竹藪の奥からひょこっとセイが現れた。
外出から戻るところだった藤堂は、誰もいないと思って道に出てきたセイに驚いて目を丸くした。

「あっ!!藤堂先生っ……」

驚いたセイは、道に出る直前で思いきり足を滑らせて、転びそうになったところを駆け寄った藤堂が支えた。

―― うわぁ、神谷ってば本当に女の子みたい

片腕で軽々と支えた藤堂は、心の中で驚いたことを表に出しはしない。ずるっと落ちかけた体を支えてやって、道まで引っ張り上げた。

「……す、すません。藤堂先生」
「いいよ。大丈夫?」
「はい……。ご、ごめんなさい、着物汚しませんでしたか?」

何をしていたのか、セイは随分着物が汚れていた。助けてくれた藤堂の腕から立ち上がると自分より、藤堂の着物を払った。

「大丈夫だって。俺も今日は遠出だったからどのみち埃っぽくなっちゃったしさ。それよりどうしたの?こんなところで」

藤堂はいつものように爽やかな顔を向けてセイに笑いかけた。

「え……。実はこっそり稽古してました」
「なんでこっそりさ?」
「え、と……」

二人は話しながら屯所に向けて歩きだした。
セイが稽古をするのはわかるが、こっそりというところが藤堂には不思議に思えた。セイが稽古をするなら、総司がつきっきりで教えるだろうし、一番隊が巡察に出ているとしたら、斎藤をはじめ、原田も永倉も井上さえいくらでも教えるだろう。

「先日、斎藤先生に無外流の型を教えていただいたんです。……って、あっと、一段目の十一手だけなんですけど」
「へぇ」

セイが恥ずかしそうに言うのは、一段目しか教えてもらえない自分の未熟さのためだろう。
藤堂は全くそんなことには構わずに、セイを見て先を促した。

「教えていただいたばかりなので、それをやってみたかったんですが、なかなか屯所ではやりにくいので……」
「なんだ。いいじゃん、屯所でも。誰かがみてくれるでしょ?」
「あ、ええ、そうなんですけど……」

歯切れの悪いセイをみて、藤堂は屯所に向かっていた道から少しセイの手を取って、脇道にそれた。

「藤堂先生?」

素直に手を引かれて後について行きながらセイがどこに行くのかと尋ねた。藤堂は、セイがそのまま帰っては話し難そうとみたのだった。たまには斎藤や総司の真似をしてみたくなったのもある。
近くの川に下りるあたりでセイを伴って、斜面に腰をおろした。

「うわ~、いい風だね。稽古してたんなら余計気持ちいいだろ?」
「はいっ。でも、藤堂先生、早くお帰りにならなくていいんですか?」
「いいじゃん、ちょっとくらい。たまには神谷とゆっくり話したいじゃん?いつもは総司がべったりだしさぁ」

藤堂が最後に付け加えたことに、セイがぱぱっと赤くなった。

―― 本当に、女の子みたいで可愛い

藤堂がくすくす笑った。セイが、照れくさそうに頭を掻いて、えへへ、と笑った。

「で?なんで屯所じゃやりにくいのさ?」
「あの、先生方は皆さん、それぞれ流派が違っていらっしゃるじゃないですか。それぞれ皆さん気にせずにいろんなことを教えてくださるのでとてもありがたいのですが、やっぱり、他の先生に教わったものを練習するのって失礼かなって思って……」

セイはセイなりに気を使ったのだろう。
総司の愛弟子であるセイが、他の流派の型を目の前で練習していても総司は全く気にしない。ともすれば教えてもらえてよかったですねぇ、くらいは言うかもしれないのに。

だが、機嫌が悪ければ普段の稽古もまだまだなのに、他の型を覚える時間があるのかと怒られるかもしれない。それに、他の流派のものならばいい顔をしない者もいるかもしれないのは確かにある。

「ふうん、そういうこともあるか。でも、総司にはちゃんと言っておきなよ?」
「はい、ありがとうございます」

セイは、素直に頭を下げた。それでもどこか嬉しそうに見える。

「それでもよかったね。斎藤さんに教えてもらえてさ」
「ええ。藤堂先生、私、教えていただいて思うんです。聞いていただけますか?」

藤堂は、このセイの素直さと優しい心配りに皆に愛される理由ってこれなんだよなぁ、と心の中で微笑ましく思った。斎藤に型を教えてもらったことより、本当の嬉しい理由をセイは話し始めた。

「沖田先生に教えていただいてると、ついて行くのが精一杯なときがあるんですけど、斎藤先生に型を教えていただいて、今まで教えていただいていたことが逆によくわかるようになったんですよ」

違う流派の型だから、よけいにそれぞれの良いところがよくわかる。どちらにも良いところがあって、セイにとっては自分に向いているところをうまく取り入れることができれば、もっと上達できるかもしれない。

「そう思ったら、覚えることが大事なんじゃなくて、覚えてから自分でどう取り込んでいけるかなんだなぁって。生意気かもしれないんですけど、教えていただくことが嬉しくて……」
「そっかぁ。そうかもしれないね」

藤堂はセイの話を聞きながら、青い空を見上げた。
藤堂は玄武館で師匠もいたが、やはり自分の先輩である山南が自分にとっては師と思える人だった。かつて、セイのように山南に何度も稽古をつけてもらった。 試衛館に行ってからは、同年の総司に天然理心流を教えてもらったが、藤堂の根底にあるのは山南と共に稽古した北辰一刀流だろう。

「そうだなぁ。俺も北辰一刀流だけど、天然理心流も混ざってるからね。きっとどっかで俺流になってるところがあるのかもしれないなぁ」

セイは、話している藤堂を見ているうちに、藤堂が誰を思い出しながら話しているのかがわかった。二人とも口には出さないが、山南の面影を思い出していた。

「あ。そうだ、神谷」
「はい?」
「今度、北辰一刀流の型、やってみない?」
「教えてくださるんですか?!」

セイは藤堂の羽織を掴んだ。教えてもらえるならこんな嬉しいことはない。
まるで子犬がじゃれついているようなセイの姿に、藤堂が何を思ったのかはわからないが、自分の羽織を掴んでいるセイの手をきゅっと握った。

「いいよ。今度教えてあげるよ」

天然理心流と違って、北辰一刀流は伊東をはじめとする伊東一派の納めている流派でもあり、教え手に困ることはないと思ったが、藤堂は自分が教えることで、山南のことも、セイに受け継いでいけるような気がした。

「不思議だね。剣術ってさ、受け継ぐのは技だけじゃないんだよね。本当は人や心も受け継ぐのかもしれない」
「そうですね。私も、全部をちゃんと受け継げるかどうか自信ないんですけど、ちゃんと受け取れるように頑張りますから絶対教えてくださいね!!」

きらきらと眼を輝かせていうセイをみていると、本当に可愛くて、藤堂は笑いながらセイをぎゅっと抱えて立ち上がった。

「わわ、藤堂先生、下ろしてくださいよ~」

セイを抱きあげるようにして立たせた藤堂は、手を引いて土手を上がり始めた。

「藤堂さん、神谷さん、何してるんですよぅ!」

道の上から総司が顔をのぞかせて、二人が手をつないでいるのを目ざとく見つけると、一瞬、眉をひそめた。藤堂はそれを見逃さなかった。

―― なるほどね。永倉さんや原田さんが神谷をからかうのって総司の悋気もあるのかも

くすっと笑った藤堂は、どこかでそれも面白いと思ってしまった。わざとセイの手を引っ張って引き上げてやると、さらに総司が不機嫌そうになる。
それに気がつかないセイは、急に現れた総司に目を丸くした。

「あれぇ?沖田先生、どうしたんですか?」
「どうしたじゃないでしょう」

ぱっと手を伸ばしてセイのあいた手を掴もうとした総司の先手を打って、藤堂はセイの手を引っ張って走りだした。

「わっ、藤堂先生っ」

手を繋がれたまま急に走り出した藤堂に、セイが慌てた声をあげながら転ばないように走り出す。置いて行かれた総司が慌てて、後をついて走り出した。

屯所の門をくぐると藤堂がセイの手を離す。そう距離があったわけでもないので、そんなに息が上がるわけでもない。

「藤堂さん!」
「なんだ、総司、ちゃんとついてきちゃったんだ」
「う、意地悪いわないでください!」

遅れずについてきた総司をみて面白くなさそうに藤堂がからかった。総司はそれがわざとかどうかより、先ほどの不愉快を引きずっているようだった。それが面白かったのか、藤堂は総司の傍によってこっそりと囁いた。

「俺が神谷もらっちゃおうかなぁ」
「えっ」
「なーんてね。神谷、じゃあ今度約束だよ!総司には秘密だからね」
「あ、はい」

藤堂の囁きに驚いた総司をおいて、藤堂はセイに笑いかけると屯所の中に入っていく。秘密、と言われて素直に頷いたセイは、その後、総司に一刻以上、張り付かれることになる。

「神谷さ~ん、秘密ってなんですか~」
「だ、だって、藤堂先生が秘密っておっしゃったので、私は言えませんよ!」
「神谷さ~ん!!藤堂さ~ん」

一番隊組長の情けない声は一刻どころか、延々と屯所中に響き渡ったのだった。

 

– 終わり –