枯葉が舞うから 2

〜はじめの一言〜
藤堂先生はこの先を考えていたんだろうな

BGM:
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「……すみません」
「いや……。ごめん、俺の方こそ。……なんかさ。嫌だよね、こういうの。奥歯にものがはさまったみたいでさ。別に悪いことしてるわけじゃないのに」

斉藤と総司も顔を会せているわけだし、藤堂も総司と偶然行き会ったりもしている。
互いに、仲違いしろとまで言われているわけでもないので、別に悪いわけではないのだが、相手の様子を探ることになりはしないかと、妙に気を遣ってしまう。

それがとても心苦しかった。

「そうですよね。私なんかが、藤堂先生の何を伺ってもだからと言ってどうということもないですし、私の身の回りのことを聞いたからと言って、隊に影響あるわけじゃないのに、変ですよね!」

勢い込んでそう答えたが、明るくふるまえばふるまうほど、セイの場合はぎこちなくなってしまう。そんなセイの頭にひょいっと藤堂が手を伸ばした。

「俺、神谷に久しぶりに逢えて嬉しいよ」
「私も……、お元気そうな顔が見られてよかったです」
「うん。そうだよね」

目の前の料理をぱくりと一口、口に入れた藤堂はうまい!と笑顔を向ける。
藤堂の顔と言えば、総司以上に、この笑った顔を一番に思い浮かべてしまう。

「斉藤さんも元気だよ。とういか、相変わらずって感じだけど。この前神谷の事も元気かなぁって普通に話してたんだ」

セイと斉藤が気まずい別れをしていることも承知していたが、こうして離れてしまえばそんなことも水に流せたらいいと思いながら、藤堂はにこにこと箸を進める。

「これ、おいしいよ。俺、あんまりひかりものの魚、得意じゃないんだけど、酢でしめたやつって、お酒が欲しくなるよね」

目の前の小鉢をセイにも勧めながら、久しぶりに逢えた顔にほっこりとした気持ちになる。
お悠の事やセイの事を思い出していただけに、それはかさついていた藤堂の心を潤していた。

―― 総司は元気?

それだけは聞かない。
わかっているというのもあるが、今はセイの口からは聞きたくなかった。

「ねぇ。神谷の話を聞かせてよ。もっとしゃべって」

声を聞かせてほしかった。いつまでも忘れずにいられるように。

「藤堂先生?」
「ずっと覚えてるからさ」
「えぇ?!そんな、覚えておかれる様なことしてないですよ!」
「いいの、いいの」

にこにこと頷いた藤堂にむーっと腕を組んで少し考え込んだセイは、賄で最近おいしい献立が増えたこと、稽古にはたまにしかでなくなったこと、少し腕が鈍った気がする、おかげで少し体が重くなった、など、次々と思いつくまま話した。

「ふうん」
「あはは、そうなんだ」
「神谷らしいね」

のんびりとセイが話をするのに合わせて相槌を打ちながら藤堂は穏やかに話を聞き続けた。
耳の奥にセイの声を留めておけるように。

近頃の近藤や土方の行動は、隊を離れてしまえば少しずつ見えなくなるものが多くて、藤堂を不安にさせていた。そんなことはない、大丈夫だと。 どんなに離れても志は同じだと思っていたはずなのに、伊東の言葉を耳にすると少しずつその影響で不安が増していくのだ。
伊東の話は真綿でくるむように少しずつ少しずつ藤堂を不安にさせた。

「神谷」
「はい?」
「このまま一緒にどっかいこうか」

胡坐をかいて、両ひざに腕を乗せていた藤堂が、ゆっくりとセイに語りかけた。おいでとは言えない。
隊を超えての隊士の行き来は禁じられている。それがどういう結果になるか、わからないわけではない。

「……あの」
「俺と一緒にどこか行こうか」

どういう意味なのかくみ取れずに目を見開いたセイに向かって、もう一度藤堂が繰り返した。

「藤堂先生?それって……」

どういう意味なのか問いかけたセイに、寂しそうな笑みを浮かべると藤堂は首を振った。

「いいんだ。神谷は、総司の傍から離れないだろ」

それまで、話をしている間はセイの顔を見たり、あちこちに揺れていた目線が、今だけはぴたりとセイを捕らえている。
目を逸らせないセイは、頭の中でぐるぐると言われた言葉が回ってしまう。

―― 藤堂先生とどこかへ行く?沖田先生から離れない?

どきん、と大きく心臓が鳴って、急に頭の中に渦巻いていた言葉が胸の真ん中に広がった。

「それ……」
「うん。俺、言ったよね?神谷が好きだってさ」
「でも」

好きだと言われてもそれは総司が斉藤に言うように、原田が永倉や藤堂に言うように、日頃の愛情だということだと思っていた。
でも、それは今この瞬間に違うものに変わった。
斉藤に告げられた時とはまた違う衝撃にセイは何度も口を開きかけて結局口をつぐむ。

『総司の傍から離れないだろ?』

それはずっとずっと前からずっと先まで続く約束よりも、もっと当たり前な、朝になれば陽が上ることと同じくらいの事実でしかない。だが、セイは、思いがけないことを言った。

「今、藤堂先生が私にそうしてほしいと思われる理由があるならどこであっても一緒に参ります。それは私が沖田先生から離れないってことに変わりはないんです」

―― だからどこにでも参ります

いつの間にか、姿勢よく座りなおしたセイがまっすぐに藤堂を見返していた。

「うわ……。やばい」

大事なものは何も変わらないからというセイの言葉に、ぼろっと藤堂の目から涙が溢れる。泣いた自分にも藤堂は驚いたが、それよりもセイの言葉が大きく響いていた。武士だから、志を貫いてきた。恩義に報いてきた。

「ほんっと……、神谷ってさ。神谷だよね」

流れる涙を恥とも思わずに、藤堂は笑い出した。

―― そうだよね

「ありがと!俺さ、ちょっと淋しくなってたのかもしんない。ほら、試衛館にいた時も、皆ずっと仲良しで一緒にいたじゃん?伊東先生も皆もよくしてくれるけど、どっかちょっとよそよそしいわけじゃないけど、距離があってさ」
「先生」

セイにもそれはわからないわけではない。
ぐいぐいっと袖口で顔を拭った藤堂は、屈託ない笑みを浮かべると立ち上がった。ぱっとセイに手を差し出す。

「帰ろう。屯所の近くまで送ってくよ。もう、大丈夫」
「藤堂先生」
「また、一緒にご飯食べようね」

よくはわからなかったが、藤堂が迷い、不安に襲われていたらしいことだけはわかる。
その迷いの晴れた顔に自分が何をしたのかはわからなかったが、ほっとしたことだけは確かだ。藤堂の手に掴まって立ち上がったセイは、迷いのない目でまっすぐに言う。

「いつでも呼んでください。いつでも」
「うん。また、ね」
「はい!」

この先、何がどういう風に進むのか、誰もわかりはしない。
それでも、藤堂もセイも自分で選び、心を定めてきた。根付いていたところから新しい場所へ、踏み出したその隙間に入り込んだ淋しさも不安も、こうして根っこが一緒だと思えばどこで何をしていても大丈夫だと思う。

店を出ると、その場でセイは立ち止まった。

「送っていただかなくても結構です」
「そう?じゃあ、みんなによろしく!……っていうのも変か」
「いえ。皆さんによろしく伝えておきます」

片手をあげて藤堂は自分のいる場所へと帰っていく。セイは、懐に入れていた、薬を確かめた。
少しでも総司の体に合うように、少しずつ調合を変えてもらっている。

―― 自分で心を決めて一緒にいる

だから、何があっても大丈夫。
藤堂とは違っても、不安に弱っていたセイも、思いがけない藤堂との出会いによって、再び気力を取り戻す。

「しっかりしなきゃ」

次に藤堂にあった時に、また笑顔で会えるように。

– 終わり –