いいひと 4

〜はじめのひとこと〜
いい人といい男と。

BGM:BOOWY WORKING MAN
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「あの……」

セイが話しかけようとしても、聞く耳を貸さないとばかりに前を歩いて行く総司に、とぼとぼと後ろをついて歩く。
甘味というのも時間が遅かったために、しばらく歩いてから適当な茶屋へと上がった。

座敷に通されて、しょんぼりとうなだれるセイと無愛想な総司の取り合わせに店の者も話かけづらいのか、案内してくるとそそくさと下がって行く。酒肴の用意を運んでくると、再び二人きりで沈黙が広がった。

酌をしようと徳利にセイが手を伸ばすと、手酌で総司が飲み始めた。あっ、と伸ばした手を引いてセイは再び膝の上に手を置いて、うなだれてしまった。

「……すみません」
「……なにか?」

小さく詫びたセイに、一瞥をくれたそうじがポツリと返す。ぱっと顔を上げたセイは淡々と一人飲んでいる総司にぼそぼそと言った。

「だって……。いい方っていうのがいけなかったんですよね?」
「別に悪くないですよ」
「でも私にはわからないから……。藤堂先生の気持ちも……」

―― 沖田先生の気持ちも

言いかけて最後のところはなんとか口の中にとどめた。二人が同じように機嫌が悪いのかもわからないのに、また余計なことを言うわけにはいかない。

はぁ~、とため息をついた総司は、しょぼくれた顔のセイを見た。

「あのねぇ。神谷さん。いい人っていうことは、もう男として見られていないってことですよ?そんなことを憎からず好意を持っている女子に言われて嬉しい男なんていませんよ」

きょとん、としてからセイは少しだけ悔しそうな顔に変わる。その微妙な変化に総司はしらじらとした顔を向けた。

「ま、貴女には所詮分からないと思いますけど」
「……悔しいです」
「は?」
「その娘さん、一緒に働いてる娘さんとお話されてたって藤堂先生、おっしゃってましたよね。だったら余計に、そうだと思います」
「そう?」

ぐっと口元を引いて真一文字にしたセイが少しずつ噛み締めながら口を開く。

「一緒に働いていた娘さんにからかわれて、恥ずかしくて、でも嬉しくてそんな風に答えたとは思わないんですか?」
「そんなわけ……」
「特に、女子同士なんてお互いからかいあったりするものですし、好意をもってなかったら、毎回藤堂先生がお店に行くときに、出てきたりしないと思います。 それに、誰かのいい人って言い方することもあるじゃないですか。そう言われたつもりになって、一人で嬉しく思っていたかもしれないじゃないですか」

一気にまくしたてたセイに、総司はぽかん、と口をあけて聞いていた。
まさかセイに女子の気持ちを講釈されるとは思ってもみなかったのだろう。呆気にとられた総司は、手酌のつもりがセイに酒を注いだ。

半分怒って、半分泣きそうな顔のセイは、注がれた盃を手にすると一気に飲み干す。

「先生方は勝手にそう言ってらっしゃいますけど、私だって、いい人って言ったら失礼かなって思ったんです。だからいい方って言いましたよ?男として武士として格好いいと思ってるからそう言ったのに……」
「そうなんですか?!」
「だって、藤堂先生。恰好いいじゃないですか」

うっすらと涙目になりかけたセイの顔をみて、総司がぷっと吹き出した。それから、すっかりと解れた顔になって、膳の上に箸を伸ばし始める。

「貴女に女子の気持ちを講釈される日が来るなんて思ってませんでしたよ」
「私だって大人ですって言ったじゃないですか!私だってそういう気持ちはわかりますから」

向きになって言い返したセイを宥めるためだけに、はいはい、と総司は相槌を打った。優しいセイの事だから女子に入れ込むのは当然のことで、それをすっかり失念していた自分たちの方が確かに悪かったのだ。

急に機嫌を直した総司にわけがわからなくて、セイはますます混乱する。憮然として酒を飲んでいたかと思うと、今は機嫌よく膳の上を片付けて行く。

振り回されるだけ振り回されたセイの方が今度は憮然としてしまう。膳の上のものをヤケになって片付けて行くセイに、苦笑いを浮かべた総司は、障子を開けて表の風を入れた。

すっかり日も落ちて、夕方に降った夕立のせいで少し早い夏の空気が湿り気を帯びている。

「きれいなお月さまですよ。神谷さん」

膳の前から立ち上がると、総司は障子の傍に腰をおろして寄りかかりながら月を見上げた。すっかり拗ねて住まったセイは、返事もせずにむっつりとしている。

「来月も晴れるといいですね」
「来月?……どうして来月なんですか?」

ついつられて問い返したセイを総司が手招きして呼んだ。興味には逆らえずに、むっつりとしたままセイも膳をどけて障子の傍までにじり寄った。

「ほら、きれいでしょう?来月もきっと晴れますよ」
「だから、来月って……あっ、七夕?」
「ふふ、やっと気がつきました?きっと今頃原田さんと永倉さんが、来月に合わせて藤堂さんと娘さんを会わせようと企んでますよ」
「ええ?!そうなんですか」
「だから近藤先生が包んでくださってたでしょう?」

そんな意味があったのかとセイが驚いた。ただ、土方が怒って、邪魔だと追い出されたのかと思っていたのだ。ぺたんと腰を下して力が抜ける。

「いつの間に……」
「あはは、それができるのが原田さん達ですよ」
「な…んだ……」

ほ、っとしたセイはえへへと笑った。
総司達は皆、藤堂の心境ばかりに気を取られていたが、セイは相手の娘の気持ちをも考えてしまい、切なさは倍増だったのだ。
それが二人をなんとか会わせてやろうという企みがあるといわれればなんだか嬉しくなってしまった。

「えへへ。そっか。よかったです。私、娘さんの方の気持ちが気になっちゃって」

一拍おいてから、にこっと笑った総司が立ち上がった。

「じゃあ、私達は行きましょうか。そろそろ門限ですからね」
「はい」

総司が先に立って店を出る。灯りを入れてもらった提灯を下げて先を歩く総司について行く。大路を過ぎて人通りが少なくなると、二歩程度先を歩いていた総司が急に歩調を緩めた。
それに気づかず、総司に追いつこうと早足になっていたセイは、急に目の前に差し出された手に驚いて立ち止まった。

「私は」
「はい?」

振り返って、まじまじとセイの顔を見つめた後、ふいっと顔を背けた総司が手を伸ばしたまま呟いた。

「貴女にいい人って言われたくありません」
「えっ?あっ」
「い、一般論ですよっ」

真っ赤になったセイに慌てた総司が大きな手を開いた。後ろ姿だけの総司が緊張しているのが伝わってくる。

「ほらっ、行きますよ」
「……私も。沖田先生はいい男だと思います」

ぎゅっとセイは総司の手に掴って、今度は先に立って歩きだす。つられて総司が後からセイの手を軽くひいて同じ歩調で歩きだした。

「ほぉら、へーすけっ!歩けって」
「だぁって本当にさぁ、本当かなっ?!」
「俺達に任せとけって!!」

屯所の近くまで来ると、酔いすぎて満足に歩けない藤堂を連れて、原田と永倉の三人が屯所に向かっている後ろ姿が見えてくる。総司とセイは顔を見合わせて、くすっと笑いあうと、セイが提灯を持って総司が背後から藤堂を担ぎあげた。

「藤堂さん!ほら、帰りますよ~」
「おっ!総司」

ここぞとばかりに永倉と原田が藤堂を総司へと押し付けた。にこにこと担がれた藤堂はセイに手を振った。

「か~み~やっ。きーてー。あの娘がねぇ」
「わぁっ、藤堂さん。おちるっ」

賑やかな酔っ払い三人と共にちょっとした気まずさと、ちょっとした嬉しさを互いに抱えて、総司とセイは屯所へと帰って行った。

 

– 終わり –