風のしるべ 25

〜はじめの一言〜
BGM:Believe in love
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―― 懐かしい

「あの、払いますから!ちゃんと自分の分ですから」

支払いの前で財布を出した未生に、店を出てから、と先に出した。階段を出たところで待っていた未生は財布を出して待っていた。

「あのね。高校生に払わせるようなことできません」
「そんなこと駄目です。私も、お仕事でかかわりのある方に、奢っていただくなんてできません。それに、母にも言われてますから」

千円札を二枚ぐいっと奏に押し付けると、困った顔で渋々それを受け取った。

「仕方ない。これは預かっておきます」

明らかにほっとした顔を見ると、それも困ったものだと思うが、今はとりあえず上着の内ポケットに金をしまった。そっと未生の肩に触れる。

「いきましょうか」
「はい」

駅までだと思い込んだ未生は、もうあと少しで楽しい時間が終わってしまうことを寂しく思いながらも歩き出す。

「こんな平日に付き合ってくださってありがとうございました」
「いえいえ。大人には言うほど遅くないですけどね。残業していればもっと遅い日もありますし」
「そうなんですか?」

時計は22時を回っている。
優等生というわけではなくても、あまり遊ぶ方ではない未生にとっては、予備校がなければ滅多に表にいる時間ではないのだ。

「ハードな時は徹夜になることもありますよ」
「大変……、あ!ここでいいです!ありがとうございました!」

平然と改札を抜けようとする奏を慌てて押しとどめる。後ろから流れてきた人が迷惑そうにすり抜けていく。

「ああ。気にしなくても大丈夫ですよ。楽しいご飯のお礼ですから」
「駄目ですっ。なんでわざわざ家の近くにいるのに!」
「駄目って言われても、高校生をこんな時間に一人で返す気にはなれませんよ」

今どきは、22時どころかもっと遅い時間でも遊んでいる高校生がいるというのに、なんて固いことを、と思う。素直な未生の顔にそれが浮かんだのか、ぽん、と頭の上に大きな手が乗った。

「見ず知らずなら別にどうってことありませんし、何とも思いませんけどね。富永さんはもう立派な知り合いですから」

『一人で夜道は危ないですよ!』

懐かしい。

そんな想いに誰かの声が重なる。ひどく聞き覚えがあって、腹立たしい。

頭の中で何かが掠めたのが気に入らない。せっかく、未生と共に楽しい時間を過ごしたばかりなのに、それを邪魔されるのが嫌だった。

「いきましょう。もう富永さんの家は覚えてますから」

促されるともう断るわけにいかなくなって、素直に従うことにした。電車2駅分の道のりは、言っても十数分の距離だ。
下る電車も乗客はそこそこ多い。

「沖田さんは、飲みに行かれたりするんですか?」
「そんなにはいきませんよ。原田さん達と行くか、たまに友人と行くくらいですね」
「ふうん。お酒、おいしいですか?」

先ほどから質問ばかりをぶつけてくる未生に怪訝な顔になった奏は、どうしてかと頭半分下に見える未生の長いまつ毛にふと目を向けた。

こうしてみると、やはり化粧気のない顔なのに、きりっと気が強そうできれいだと思う。

―― やっぱり、似てる……

がくん、と揺れて遅くなった電車に我に返る。

「なんでしたっけ……」

ふっと会話の継ぎ目がわからなくなって、小さく呟いた奏に向かって未生が顔を上げた。

「どうかしました?」
「あ、いえ。次ですね」
「はい。ほんとに家、覚えちゃったんですか?」

また繰り返される質問に口元に手を当てた。

「本当に、さっきから質問ばかりですね?」

名残が惜しくて、少しでも奏のことを知りたくて、質問を繰り返していたことは自分でもわかっている。だが、どうせばれているならと開き直った。

「沖田さんも質問してもいいですよ?」

妙な強気は意味もない自信の産物で、まだ若い未生だからできる。

―― とても同じ真似はできないというか……

そんな意地っ張りが見抜けるほど自分が大人だということも妙に気恥ずかしくて、ちょうどホームに滑り込んで開いた電車のドアから未生を連れて下りる。

おかしそうに奏の頬が歪んでいるのが未生には悔しかった。

「もう、また笑ってますね?!」
「そりゃあ、まあねぇ……」

言いながら改札を抜けると、未生の家に向かって歩き出しながら奏はふっと笑った。

「質問、ね。じゃあ、富永未生さん?」
「はい?」
「携帯、教えてください」
「えっ?!」

驚いて、奏を振り返った未生は、動揺して一度はぶつかった視線を彷徨わせた。

「そんな、だって、沖田さん達は、連絡先としてご存知なんじゃ……」
「まあ、会社に行けばわかることはわかりますけど、ちゃんとご本人の許可をもらってから本人に教えていただきたいですねぇ」

おかしそうに笑う奏は、ポケットから自分の携帯を取り出した。ぴっ、と何かを操作すると、未生に向かって差し出す。そこには新しいアドレス帳が開いてあった。

「……!携帯、受け取っちゃったら、これ打つしかないじゃないですか」
「大人はずるいものですから」

してやったりという顔の奏に、むぅ、としながら未生は自分の電話と、メールアドレスと入れて、勝手に奏の携帯からからメールを送る。

「私も!いただきましたから」

鞄の中で携帯の着信がなっている。奏は、こんなに年下の女の子なのに、やはり楽しいと思ってしまった。

– 続く –