風のしるべ 26

〜はじめの一言〜
BGM:Believe in love
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頭ではなく、胸の中が温かくてざわざわする。

楽しい。
懐かしい。

未生と話をしていると頭ではなく、胸の奥から眠っていたものが呼び起こされる。今の奏の感情と重なって、その感覚に動きを止めた。

「沖田さん?」

未生を見たまま、動きを止めた奏の目の前でひらひらと預かった携帯を振った。勝手に余計なことをしたので、怒ったのかと思ったのだ。目の前に舞った黒い携帯を受けとると、何事もなかったように携帯をしまう。

「短期集中講座って言ってましたよね。また遅くなって、夕飯の相手がいるときはメールでもくれたら付き合いますよ」

にこりと笑って、片手をくるくるとパスタを巻き取る様に回して見せた。まだ、未生が食べ損ねたパスタを食べさせていないのもある。あれだけおいしそうに食べてくれるならまた連れて行きたいと思うのだ。
くすぐったいような嬉しさに、未生がにこっと笑う。

「じゃあ、今度!必ず」

踊る様に足が軽くなる未生に、若いなーと思わず呟く。きっちり締めていたネクタイを少しだけ緩めた。
仕事の達成感以外では久しぶりの感覚である。

マンションの前までついたところで、未生は丁寧に頭を下げた。

「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ、引き留めてすみません。じゃあ……。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

軽く手を挙げて歩き出した奏を見送っていた未生は、自分でもわからなかった。
ただ、このまま奏の背中を見送りたくない。

自分でそう思ったことに気づいたのは、そうが先の街灯まで歩いていく姿を見ていられなくて、駆け出した後だった。

「富永さん?」

背後から駆け寄って、奏の上着の裾を掴んだ未生は、奏が驚いて振り返ったところで初めて我に返る。慌てて手を離した未生は、俯いて両手を見せた。

「ご、ごめんなさい。つい、その、あの、駅まで送ります!」
「は?……」

一拍、間が開いて、ぶぶっと吹き出した総司は、腹をよじって笑い出した。

「あ、あははは。富永さん、あなた、おかしいですね。もう、あなたが私を駅まで送ったら、また私があなたを送らなくちゃいけないじゃないですか」
「そうですよね!そうでした!すみません!」
「子供は、早く帰って寝なさい」

ぽんぽん、と頭を軽く叩く仕草に未生は俯いてしまった。すみません、と呟くと、くるっと身をひるがえして全力でマンションへと走っていく。

今度は奏の方が未生の後姿を見送ることになる。

心地よい疲労に、家に戻った奏は着替えを済ませるとそのままベッドに倒れこんだ。自分の中でなぞる感覚が余計にだるさを引き起こす。
そして眠った奏は夢の中で、奏は総司の記憶をなぞっていた。

「本当においしそうに食べますねぇ、神谷さんは」
「だって、本当においしいじゃないですか。このおうどん」

新しくできたばかりのうどん屋にセイを連れて行った総司は、自分が食べるよりもセイが嬉しそうに食べる姿をみてにこにこと笑っていた。

「そりゃあ、おいしいですよ。だから神谷さんをつれてきたかったんですから」

ちゅるっと細めなのにしっかりとした腰の強いうどんがセイの口元に消える。動く分セイは、ほかの隊士達に負けないくらいよく食べる。あっという間にどんぶりの中身が空になってしまった。

「これも食べますか?」

ずいっとどんぶりを押し出した総司に、一瞬セイの目が輝いたがすぐに身を引く。

「駄目ですよ。それは先生のですし」
「私ならもう一つ頼めばいいので、伸びちゃう前にどうぞ」
「それは伸びる前に先生が召し上がってください!……それから、もう一つずつおかわりを頼むのはどうですか?」

は、と口を開けた総司が吹き出した。

おかしくてたまらないという風情で笑う総司にセイは頬を膨らませる。

「ぶあっはっはっは」
「そこまで笑わなくったって!もう!」
「は、はは。すみません。だって、神谷さん、可愛いんですもん」

そいうと、押し出していたどんぶりを引き寄せて店の小女にうどんの追加を頼んだ。

「はぁ~。おつゆもおいしい」

うどんの無くなったどんぶりを両手でもつと、残った汁を飲む。上方風というにはだしがしっかりきいているのに、しょうゆも使われている。かといって江戸風のように、濃い色の汁でもない。

いくらでも飲めそうな気がする。

おかしそうにセイを見ながら、総司も箸を動かした。表にでたついでに立ち寄ったこの店には、初め総司も驚いた。そしてどうしてもセイにも食べさせたくて、連れてきたのだ。

「おまちどおさま」

お変わりのうどんが運ばれてくると、セイが嬉しそうにアツアツのうどんに飛びつく。

―― まったく、素直で可愛いんだから

子供のように喜ぶセイが可愛くて仕方がない。この顔が見たくて連れてきたのだ。

「神谷さん」
「はい?」
「また来ましょうね」
「えぇ~?食べてる最中に次の約束ですか?」

そういいながらも嬉しそうにセイが頷く。甘味なら総司の方が勝つのに、それ以外はからきし、セイに勝てない総司ではあったが、それが嬉しくて、楽しくてつい誘ってしまうのだ。

―― こんなことをしていたら、神谷さんが大好きだって知れてしまうかもしれませんねぇ

五つも年下のセイが可愛いなんて、当の本人に知られることもほかの誰に知られることもできるはずがない。いい年をして、一番隊組長がと思うがそれでもこの時間が愛おしかった。

– 続く –